第10話 僕は毒味師じゃない!?

 ラディアさんとの待ち合わせ時間にはまだ余裕がある。僕は、足早に道具屋のおじさんから教えてもらった場所に向かった。


 街の中心から少し西に向かったところ。工場が幾つか並ぶそのひとつ、ライフポーションを製造している工場『オリカフト』だ。僕は、工場の入口を勢いよく開けた。


 工場で働く人々が、一斉に僕の方を向く。


「ごめん、くださ〜ぃ……」


 最初の勢いはどこへやら。作業員の人達の視線を浴びた途端に、僕の声は小さくなってしまった。僕のこういうところ、早く直しといた方がいいよなぁ……。


「何かご用ですか?」


 作業員のひとりが、僕の所へやってきた。僕は視線を逸らし、指をいじり出す。


「あ、あの、ですね。えと、代表の方は、おりますでしょう、か……」


 僕は何とか勇気を振り絞って、要件を伝えた。とはいえ、こんなしどろもどろに話してたら絶対怪しまれるだろう。


 僕はチラリと作業員の顔を窺う。案の定、仏頂面で僕を睨みつけていた。ひいっ、ごめんなさい!


「ちょっと待ってて下さい」


 作業員はそう言って、事務室らしき所へと入っていった。しかし、すぐに顔を出して僕を手招きする。


「入っていいそうです。一応、こちらに名前だけ書いてください」

「あ、ありがとうございます」


 僕は作業員からペンとボードを受け取り、来場記録へ名前を書いた。ハルガードっと。


「どうぞ」


 作業員へボードを渡すと、そのまま事務室へ通された。あまり質の良くない応接用ソファーと、小汚いテーブルが置かれた部屋だ。よく言えば年季が入っている。


「私は、この工場の責任者を務めておりますフィークと申します」


 男性がデスクから立ち上がり、僕に挨拶した。色白で金髪の、優男という印象だ。切れ長の目を僕に向けている。


「ぼ、僕はハルガードと言います! あの、この度は大変よいお日柄で!」

「はぁ……」


 何を言ってるんだ僕は。早速、戸惑っちゃってるよ、フィークさん。


「まあ、立ち話もなんですから。どうぞそちらにおかけ下さい。ああ、君。お茶を持ってきてくれ」


 フィークさんは僕を応接用ソファーへ座らせると、事務員のお姉さんへ指示を飛ばした。


「それで、ハルガードさん。本日はどういったご要件でしょうか」


 フィークさんはおもむろに対面のソファーへと腰掛ける。僕は、意を決して用件を伝えた。


「あの……今製造している『ライフポーション』の製造をやめることは出来ませんか?」


 フィークさんの目付きが鋭くなる。てか、当たり前だよね。見ず知らずの人に、いきなり仕事やめろなんて言われたら。うん、言葉を間違えた気がする。


 あわてて、僕は補足を入れた。


「あの、すみません……僕が言いたいのは『ライフポーション』の代替品をやめて、正規の『ライフポーション』だけをきちんと流通させることは出来ないのかというお願いをしに来たんです」


 僕の言葉に、フィークさんは困惑の表情を見せる。


「仰ることの意味がよく分かりません。私共は、ずっと同じ商品を作っているのですが」


 半分嘘だ。ここ最近はずっと『ライフポーション』の代替品を作ってるって事だろう。昔からの『ライフポーション』を作っているとは言ってない。


「実は、僕は固有スキルの【薬識】を持っています。そちらで流通させているのは『ライフポーションS』というアイテムで、材料には『青包蘭』ではなく、代わりに『青喉草』を使ってらっしゃいますね?」


 フィークさんの眉尻がピクリと跳ねた。


「よくご存知ですね。その話は、誰から聞いたのでしょうか」

「いえ、僕がスキルで発見しました。僕にはアイテムの正誤だけでなく、成分や製法まで分かります」

「ほう……なら、ひとつよろしいでしょうか?」


 そう言うと、フィークさんは立ち上がった。背後にある棚の鍵をあけて瓶をひとつ選ぶと、そのまま僕の前に置く。


「こちらの青い薬品は、『ライフポーション』ですか? それともハルガードさんの言う『ライフポーションS』ですか? 当ててみせてください」


 フィークさんが、笑顔でのたまう。僕を試すなんて、意地の悪い人だな。とはいえ、そんなすぐには信用出来ないよね。当然か。


「仕方ないですね。分かりました」


 僕はひとつため息をつくと、置かれた薬瓶を見る。


【ブルーポイズン】

効能:下痢を引き起こす。

材料:大瑠璃頭

製法:大瑠璃頭という植物の花弁に水を加えて浸す。花弁から青い色素が抜けたら花弁を取り除き、加熱して水を飛ばす。残った結晶を水に溶かして濃度を調整する。

副作用:呼吸麻痺、大量摂取で致死的

レアリティ:★★


 これは酷い。そもそも『ライフポーション』ですらないじゃないか。僕はフィークさんを睨みつけた。


「これは、『ブルーポイズン』という毒薬です。こんなの、話にならないですよ。どういうつもりですか?」


 フィークさんは、面食らったように目を丸くすると、ポリポリと頭をかいた。


「これは驚きました。まさか、本当に【薬識】をお持ちとは。大変失礼いたしました。この品を出したのには、それほど深い意味はありません」

「意味もなく毒薬を見せるなんて、どうかしてます」

「それもそうですね」


 言って、フィークさんはすぐに『ブルーポイズン』を持ち上げると、棚に戻した。棚に鍵をかけて、再びソファーに座る。なんか、掴みどころのない人だなぁ。これは手強そうだぞ。


「実は、あれは現在の『ライフポーション』を作る過程で出た失敗作なのです。青い花を使えばと思って作ってみたのですが。毒薬が出来てしまいました」


 フィークさんは肩を竦めて、おどけてみせる。


「しかし、アレが毒薬だと見抜けるとは。大したものです。【鑑定眼】では、そうはいきません。何故なら、あれは未公表の薬品ですから」


 なるほど。どうやら、【鑑定眼】というスキルの場合は、名前とか大雑把な種類くらいしか分からないのだろう。それが何であるかは分かっても、どんな物かまでは分からないんだ。だから、ある程度知識を蓄えてないといけない。それが未公表の物質なら、未知の物質ということくらいしか分からないんだ。その点、【薬識】なら効能まで見抜ける。


 それを測るためにわざわざあんな物を取り出したんだな。とんだキレ者だぞ、このフィークさんって人は。


「そんなに怖い目で見ないで下さいよ。こうして、非礼をお詫びしてるじゃあありませんか」


 フィークさんが困ったような顔で言う。いまいち信用出来ないんだよなー、この人。絶対、根っからの悪人だよ。


 僕はお茶を持ってきてくれた事務員さんにお礼を言うと、湯呑みを手に取る。さすがに、毒は入ってないようだ。


「大丈夫ですよ。毒は入っていませんから」

「わかってますよ、それくらい」


 フィークさんの言葉は冗談なのかも分からない。僕はぶっきらぼうに返した。正直、僕の心象は最悪だよ。


「それにしても、【薬識】って凄いんですね。毒を飲まずに毒を見れるとは。いい毒見師になれますよ、ハルガードさん」


 それ褒めてんのかな?

 それに、僕は冒険者になりたいの。


 どうして皆、冒険者以外の職を勧めてくるかなぁ……。

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