第5話『猪肉のカレー』②

 美味しい。


 何もかもが全部美味し過ぎて。


 田城たしろ真衣まいは初体験の波に揉まれてしまいそうだった。


 同期で友人でもある湖沼こぬま美兎みうの彼氏である、猫のような人のような不思議な妖怪らしい火坑かきょうと言う料理人。


 彼が手がけたもの全てが、人間の場で食べるもしくはそれ以上の美味揃いだったのだ。


 今食べている猪を使ったカレーも。何度か行ったことがあるインドやネパール専門のカレー店とは一線を画していた。


 日本人好みのカレー。しかも、ジビエを使った異色のカレー。


 なのに、味わいは口の中で蕩けるようで。角煮同様にいくらでも食べれそうだ。


 この合間に飲む、これまた自家製らしい梅酒のお湯割りもいい。度数がキツいはずなのに、ごくごくと飲めてしまいそうだった。



「美味し! もう、全部美味しいです!」

「ふふ、お粗末様です」



 猫の顔なのに、実に人間らしい表情をする不思議な妖怪。


 だから、美兎は彼に惚れたのだろうか。会社で美兎を狙う男達が知ったらどうなるか。真衣は美兎の友人なので、そんな馬鹿なことはしない。


 何せ、真衣の彼氏になってくれた、火車かしゃ風吹ふぶきとの仲を取り持ってくれたのだから。むしろ、恩人に近い。


 彼は、ここに来るのだろうか。



「ねぇ、美兎っち」

「んー?」

不動ふどうさんってここ来るの?」

「うーん? 一度相談持ちかけられた時だけかな?」

「相談?」

「えっと……三田みたさんって清掃員のおじさんわかるよね?」

「うんうん」

「あのおじさんがサンタクロースさんで。相談に乗ってくれないかって頼まれたの」

「へ? サンタ??」

「実在してたのね?」

「ああ、あの御大おんたいかい? 本当だとも。日本にはまだいるようだが」



 世間は狭い、狭過ぎる。


 まさか、妖怪だけでなくサンタクロースまで実在しているだなんて。


 頭の容量が越えてしまいそうだったが、まだ話は終わってないので続きを聞くことにした。



「で。真衣ちゃんに……ある意味一目惚れだったんだって」

「! ふふ……んふふ。そっかあ」

「幸せ者ねえ?」



 風吹も一目惚れ。


 真衣も一目惚れ。


 こんな素敵な縁があっていいだろうか。


 残ってたカレーを平らげていると、美兎が火坑の前に両手を差し出していたのだ。



「さて、今日はどうしましょうか?」



 何を、と思っていると。


 肉球のない手を美兎の手の上でぽんぽんと軽く叩き。


 一瞬光ったかと思えば、何もなかった美兎の手に袋詰めの焼きそばのような麺が出てきた。



「な、なにそれ!?」



 思わず立ち上がってしまったが、先輩の沓木くつきは平常心でいた。



「ここの。特に人間の代金の支払い方法らしいわ。妖怪の栄養分になる、魂の欠片。文字通り、『心の欠片』だそうよ」

「……栄養分?」

「あなたも、妖怪とかが視えるようになったから、出来るんじゃない?」

「……食べ物がお代?」

「こちらでの換金法もきちんとありますので、赤字ではないんですよ?」



 試しに、と真衣も同じようにしたら。


 真衣の手の中に、何故か可愛らしいシャーペンが出てきて。もう一度叩かれると、小さめの半玉キャベツが出てきた。


 あとで、沓木もすると。そちらはネギだった。



「……出てきた」



 まさか、本当に出てくるとは思わなかった。


 ちょっと触ってみると、たしかに本物の食材。


 これをどうするかと思うと、なんと料理してくれるのだそうだ。



「そうですね……米を召し上がっていただきましたが。オム焼きそばとスッポンのスープでラーメン。どちらがよろしいでしょう?」

「悩みます!」

「いいねえ?」

「むー、どっちも濃いけど」

「ん〜〜……」



 全員が悩みに悩んで。


 結局、オム焼きそばになったのだった。

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