第10話『愛媛のジューシーみかん』

 あれから、美作みまさかのスマホにも連絡が来ないので。


 ひょっとしたら、と美兎みうは考えてしまうが。どうなったかもわからないのに、先を考えてはいけないだろう。


 美作と界隈をくぐって、火坑かきょうが営む楽庵らくあん訪れたが。


 結構食べてきたので、いつもの梅酒のお湯割りで温まってはきたのに。どうも、田城たしろ達のことが気になってしまうのだ。



「ふふ。美兎さん、難しい顔をされてますね?」



 カウンター越しだから、顔が見えて当然。


 隣にいた美作も、それぞれの守護になってくれてるかまいたち三兄弟や座敷童子の真穂まほにも苦笑いされてしまった。



「なーに、美兎? 風吹ふぶき達がそんなに心配?」

「だって……どっちにも相談されたし。あんな帰り方させたんだもん。気になるよ」

「まあねぇ? けど、妖だからって風吹も男よ? 男なんだから、やる時はやるわよ?」

「真穂ちゃんの言う通り! あいつもなんだかんだ男だから、ケジメつける時はつけると思うよ?」

「で」

「やん」

「す!」

「そうですけど……」



 自分とは違う、妖と人間との恋。


 いくらポジティブ人間の田城でも、そこを受け入れられるかどうか。


 悩んでいても仕方がないと思うと、火坑が何かを出してくれた。



「まあまあ。ずっと悩まれる美兎さんも可愛らしいですが、ひとまず落ち着きましょう。愛媛から、知人が送ってくれたものですが。『紅まどんな』と言う品種のみかんです」

「みかん……ですか?」



 出されたみかんらしいものは、どう見ても小ぶりのオレンジサイズ。


 とてもじゃないが、みかんには見えない。それに切り口が綺麗なオレンジカラーで、とても瑞々しい。



「うっわ! みかんでこんな美味そうに見えるの初めて!」

「愛媛の特産品ですからね? 普通に剥けませんので、このような提供になりますが。甘くて少し酸味があって、果肉がゼリーみたいにジューシーなんです。皮は剥きにくいのでご注意を。さ、どうぞ」

「い、いただきます」



 たしかに剥きにくい皮だが、薄皮がとても薄い。果汁が溢れそうで、もったいない。


 行儀が悪いと思うが、もう辛抱できないとかぶりつき。口いっぱいに、果肉たっぷりのゼリーを食べたような幸せな気持ちになれた。



「おい……しい、です」

「それはよかったです。心配されるのも最もですが、ひとまずは時間の流れに身を任せましょう?」

「そうですね」



 たしかに、美兎がいくら悩んでいても関係ないと言えば関係ない。


 これは、当人達の大事な問題だから。


 が、美作達と一緒にみかんを堪能してから少しして。美兎のスマホに通知があった。


 手を拭いてからスマホの画面を開けば。LIMEに田城の名前が。


 すぐにタップすれば。



「!?」

「あら、どしたの?」

「田城さんから?」

「…………いいことでしか?」



 矢継ぎ早に質問されたが、今言えることは。



「無事に……お付き合いすることになったみたいです」



 追伸で、美兎に別口で相談があると言われたが、おそらく添付の写真と関係があるに違いない。


 美兎の目には、猫目と猫耳で写真に写っている風吹がいたのだから。

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