第7話 覚・空木の登場

 美兎みう、いいや、湖沼こぬまのご先祖に。


 こんなにも美しい妖がいるだなんて、誰が思うのだろうか。


 美兎本人もだが、おそらく両親に告げたところで笑われ者にされるだけ。


 だが、目の前にいる人物は目の疑いようもなく、本物だ。


 こちらまでやってきた、さとり、と火坑かきょうが呼んだ妖は。重そうな琵琶を片手で抱えて、美兎に握手を求めてきた。



「……さとり空木うつぎと言います。美兎」

「は……はじめ、まして」

「ふふ。夢を入れたら、初めてではありませんが」

「じゃあ、あれは」

「すみません。あなたの霊力をさらに覚醒させたのは、私なんです」

「何故……」

「……あなたが、元補佐官でいらしゃった。こちらの御人と結ばれたと風の噂で。であれば、祖のひとりとして。出来ることをあなたにして差し上げたかったのです」



 手は思った以上に冷たくなくて、温かだった。勝手な印象だが、涼しげな美貌は、どこか雪女の花菜はななのように冷たいと思っていたので。


 少しほっとしていると、話に加わっていなかった辰也たつやが手を挙げたのだった。



「俺、そろそろ帰るよ」

「え、美作みまさかさん?」

「もともとそう言う約束。メインゲストが来たら退散って、真穂まほちゃんに言われてたんだ。けど、サンタが来るのはマジでびっくりしたけど」

「で」

「やん」

「す!」

「ほっほ。この子の会社に来れば、清掃員として働いておるぞ?」

「えー。魅力的なお誘いだけど、他社に行く理由には弱いなあ。またこっちにきてください!」

「ほっほ。構わんよ」



 と言って、彼はかまいたちの奈雲なくも達を連れて本当に帰ってしまったのだった。


 そして、入れ替わるように、火坑が席を整えてから三田みたであるサンタクロースが座敷童子の真穂の隣に。空木は美兎の隣に腰掛けたのだった。



「お飲み物はいかがなさいますか?」

「儂は生ビールのジョッキを!」

「私は熱燗を」

「かしこまりました」



 サンタがビール。


 実にシュールな組み合わせではあるが、好きなものがあるのならいいのだろう。美兎は、二杯目にいつもの梅酒をロックで頼んだ。


 ビールが来ると、三田はぐびぐびと一気に煽ったのだった。



「うんまい! 故郷のビールとはまた一味違うからのぉ! これだから、日本は好きなんじゃ!」

「あの……三田さん」

「なんじゃ?」

「いえ、その。今日のパーティーを企画されたのがあなただと伺って。なんで、私のために?」

「ほっほ。半分以上はそっちの空木のわがままじゃよ? 子孫のために、是非一度顔を合わせたいと」

「空木……さんが?」

「敬称は不要ですよ、美兎? 私はあなたの祖先とは言えど、あなたからすれば相当な昔の者ですから」



 空木の、静かに猪口を傾ける様子がとても様になっていた。



「わがまま?」

「先ほど告げた通りです。妖と私の子孫が結ばれたのであれば、将来のために霊力……と言うより、わずかにある私の妖力を覚醒させておけば。後々役に立つはずです。だから、今朝方ようやくあなたの夢路に入れたので、唄と琵琶で整えさせていただきました」



 それがこの琵琶、と空いてる席に置いておいた琵琶を軽く撫でたのだった。



「私……と、火坑さんのために?」

「ええ。彼からも聞いているはずでしょう。妖と本来の意味で結ばれれば、寿命も何もかもがその妖と同じになってしまう。しかし、身篭る可能性の子供はそうとも限りません。だから、夢路であなたの奥底にある妖力を霊力に変換させて強めました」



 だから、今は見えずとも鏡などの真実を写すものには、美兎の瞳が青くなってしまっている。だが、霊力が安定すればその色も落ち着いて元の色に戻るだろう、と。


 美兎が変わった瞳と、同じオーシャン・ブルーの瞳の空木はそう告げてきた。



「全部……私のため?」

「私のである、美樹みきと瓜二つの子供は可愛いですからね?」

「奥……さん、ですか?」

「ええ。とてもよく似ています。笑い方から仕草まで」

「ご健在……ですよね?」

「ええ、もちろん。今は春日井かすがいの界隈で共に生活していますよ? あなたともいずれお会い出来ればとこぼしているほどです」

「是非!」



 自分とそっくり、と言うのもあるが。ご先祖、そして妖と婚姻を結んだ相手となれば、色々教えてほしい。


 紗凪さなもいるが、もっと大先輩の話も聞きたい。そう、本心を告げれば空木は嬉しそうに微笑んだ。



「ふふ。では、年が変わってから日取りを決めましょうか?」

「場所は、ここになさいますか?」

「ええ、出来ればお願いします」



 美兎と瓜二つの女性。楽しみだ。


 ひとまず、三田や真穂も加わって、火坑と二人きりになるまで大いにパーティーを過ごすのだった。

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