第5話 心の欠片『田楽味噌で豆腐ピザ』


 美味しかった。


 実に、美味しかった。


 名古屋名物の味噌ダレで作った、豆腐の田楽味噌ピザ。


 味の予想はついていたけれど、あの甘辛い味噌とチーズのハーモニー。それが美兎みうの予想以上に美味しかったのだ。


 豆腐は先に少し焼いたお陰で、表面はカリッと。


 チーズはとろとろで味噌ダレと刻みネギとの相性が抜群。それが、淡白な味わいの豆腐と絡んで普通のピザよりもパクパク食べられた。


 ろくろ首の盧翔ろしょうには悪いが、やはり美兎には恋人の火坑かきょうが作る料理が一番だった。そのピザにビールを煽れば、賀茂茄子以上にジャンキーな味付けなので幸せの循環が訪れた。



「……美味しかったです」

「お粗末様です」



 まだお腹に余裕はあるが、濃い目の味付けの料理ばかりなので。美兎もだが、座敷童子の真穂まほ牛鬼ぎゅうき絵門えもんもスッポンのスープを頼んでひと息つくことにした。


 今日の頭は、絵門にと行ってしまったが気にしない。代わりにコラーゲンたっぷりの甲羅の部分をもらい、ぷにぷにとした食感を楽しんで。ビールの次にいつもの梅酒を頼もうとしたら。



「よぅ、邪魔するぜ?」



 入ってきたのは火坑の兄弟子であり、小料理屋楽養らくようの料理人である、蘭霊らんりょうだった。相変わらず狼顔で迫力はあるが、決して怖いわけではないのは美兎も知っている。



「あ、こんばんは」

「よぉ、しばらくぶりだな? お嬢さん」

「やっほー」

「お、真穂もか?」

「真穂だけじゃないよー?」

「んー?……絵門か」

「息災か?」

「おう」



 どうやら、絵門とも顔見知りらしい。


 妖の交流関係は、美兎もいまいちよくわかっていないが。広いようで狭い人間側の世間と同じかもしれない。


 けれど、蘭霊も仕事だろうに今日はどうしたのだろうか。格好は以前会った時とは同じ、料理人用の割烹着を着込んではいるが。


 腕には、梅干しを漬けるなどに使うガラスの容器を抱えていた。



「先輩、今日はどうされたのですか?」

「おう。師匠んとことは別に、俺が自分で漬けてる梅酒を持ってきた。お前んとこのが改善出来ると思って、今日持ってきたんだ」

「……わざわざありがとうございます」

「ん。お嬢さん達も飲むか?」

「い、いいんですか?」

「わーい!」



 そうして、蘭霊から受け取った梅酒を。火坑はせっかくだからとロックで入れてくれた。


 以前に楽養で飲んだのとはまた違い、深いルビー色が特徴的な梅酒だった。



「色々混ぜてあるからなぁ? ま、楽養で出すかは師匠が決めるが」



 で、蘭霊は絵門の隣。ちょうど真穂との間に腰掛けていたのだった。仕事はまだあるだろうに、火坑に生ビールを頼んで。いいのだろうかと思っても、美兎がでしゃばるところではない。


 この妖とも、まだ美兎は今回で二度目なのだから。



「いただきます」



 スッポンのスープをひと口飲んでから、蘭霊の梅酒を口に含む。


 以前楽養で飲んだ時も味が濃厚だと思っていたが、これはまた違った。甘さもキレの良さも、あれとは段違い。


 火坑のがあっさりめであるなら、これは絞りたての生ジュースのように濃厚だった。



「かー! 美味しい!」

「そうかい?」

「うん。前のも美味しかったけど、こっちは深みが違うねぇ?」

「……ふむ。甘いが、後口が悪くない」

「相変わらず手厳しいなあ? 絵門」

「思ったことを言ったまでだ」

「お、美味しいです!」

「さすがは先輩ですね?」



 火坑も仕事中ではあるが、勉強のためにとひと口飲んでいた。そう言えば、ただの客としてもだが付き合ってからも彼が酒を飲んでいるところを見たことがなかった。


 強い、のだろうかと気になったが。


 これから知っていけばいい。時間は有限ではあっても、この人とお付き合いしていく時間はゆったりのがいいだろうから。



「ところで、お嬢さん」



 考えごとをしていたら、蘭霊から声をかけられた。



「は、はい」

「ここに来れてるってことは……この弟弟子と付き合うことになったのか?」

「そうですとも、先輩」

「か、火坑さん!」

「はっはっは! よかったじゃねーか? 花菜はななも気にしてたぜ?」

「あ、花菜ちゃんにLIME送ってなかったです!」

「いいっていいって。また時間がある時に頼む」

「じゃあ……明日までには」



 友達になったばかりなのに、うっかりし過ぎていた。とりあえず、今晩寝る前には送ろうと決めて、美兎はまだ残ってた甲羅の部分をしゃぶった。



「ん? この匂い……ぼん、味噌ダレ作ったのか?」



 そこそこ時間が経っているのに、やはり狼の顔立ちのせいか匂いに敏感であるようだ。



「はい。美兎さんや絵門さんから心の欠片をいただきましたので、賀茂茄子と豆腐で味噌田楽を」

「ほう。もう終いか?」

「あとは売り上げ用なのでダメです」

「そうかい」



 じゃ、仕方ねぇな、と。蘭霊はビールジョッキを勢いよく煽ったのだった。〆のスッポン雑炊を美兎と真穂が食べていても、蘭霊はずっと生ビールを飲んでいた。



「お、お強いんですね?」



 美兎が気になって声をかければ、蘭霊は少し牙を覗かせる感じに笑ってくれた。



「ま。今は妖だが、これでも神の端くれだったんだよ」

「え。じゃあ、大神おおかみ様のように?」

「ああ、あいつか。ま、縁がまったくなかったわけじゃねーが。俺も元同類か?」

「わけを……聞いても大丈夫ですか?」

「んー、あんま気持ちの良いことじゃねーぞ?」

「……そうですか」



 人間と同じ、辛い過去を持つのは妖でも同じなのだろう。


 だから、美兎もそれ以上追求はせずに、雑炊をすすってから帰ることにした。



「ちょっと美兎?」



 だが席を立とうとした途端、真穂から待ったをかけられた。



「え?」

「火坑に言うことあるんじゃなかった?」

「あ」



 界隈で真穂に会った時に言われたことを思い出した。



「こ、ここで?」

「ここで」

「ら、蘭霊さん達がいるのに?!」

「二人きりでも言える?」

「う……」

「僕に、ですか?」

「そうよ。二人とも付き合っているのに、デートとか全然じゃん!」

「!?」

「うう……」



 真穂の口からバラされると、蘭霊もだが絵門まで肩を震わせながら笑うのだった。



「……デート。デートですか、そうですね。うっかりしていました」

「うっかりじゃない! あんた、もうすぐ誕生日でしょ? 美兎と一緒に界隈でも人間界でもいいからデートすればいいじゃない!」

「承知しました」

「え、え? 火坑さん?」

「美兎さん。改めて、僕からお誘いしますので。詳細が決まったらLIMEで送ります」

「よし!」

「え〜!?」



 美兎が言わないでいたのも悪いかもしれないが、とんとん拍子で予定が決まってしまい。


 火坑の誕生日の日に、デートをするのが決定してしまった。

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