第2話『ビールに合う海老芋料理』


 ここに来るとほとんど梅酒で、普通の居酒屋や宅飲みでは飲んでいるビールだが。


 きめ細やかな純白の泡。ガラス越しに見える琥珀色の液体はまるで宝石のよう。


 美兎みうは、恋人に出されたジョッキのビールをしばらく眺めていたのだった。



「はい、美兎。乾杯」

「あ、うん。乾杯」



 けど、座敷童子の真穂まほはすぐにでも飲みたいのかジョッキを寄せてきたので、慌てて美兎もジョッキを持った。


 小気味の良い音が響くと、真穂の向こう側に座っている牛鬼ぎゅうき絵門えもんがこちらに声をかけてきた。



「これの作法は、そのようにするのか?」

「あ、いえ。作法と言うかなんと言うか」

「絵門、ワインとか飲んだことある?」

「……ここの、ぽーとわいんと言うのならば」

「違う違う。エディが好きな、ようはぶどう酒よ。ああ言う西洋向けの酒とかが。杯を交わす時にグラスを軽くかち合わせるわけ。作法と言うか、もう習慣ね?」

「……ほう?」

「エディ?」

「吸血鬼よ。旧い知人で、たまにこっちに遊びに来るの」

「へ、へー?」



 海外の妖も実在するのだな、と美兎は背筋が軽く凍ったが。絵門がジョッキを持ってこちらに寄せてきたので、三人で合わせることにした。



「絵門! このビールはね? 一気飲みした方が段違いに美味しいのよ!」

「……酒をそう煽ると酒精が回ってこないか?」

「日本酒とかよりは平気よ! ほらほら! 泡消えちゃう!」

「……わかった」



 そして、美兎は普通に飲んだのが。妖の二人はどうに入るくらい勢いよく飲むのだった。


 誰も早飲みを競っていないのに、それこそ一気飲みという具合に。



「……ぷは!」

「はっぽう……とは初めてであるが。これはいいな? 爽快感が凄い! 店主よ、もうひとつ」

「かしこまりました。一品出来ますので、次はそちらと一緒にお召し上がりください」

「なにを作っているんですか?」

「はい。京野菜の海老芋が仕入れられたので、煮付けたものを軽く唐揚げ風に」

「わあ!」



 京野菜、という響きだけでとても美味しそうに聞こえたのに。さらに、煮付けて揚げるとは、火坑かきょうは天才的だ。


 九条ネギとか賀茂茄子だったら美兎も聞いたことがあるのだが、えびいもとはよくわからない。


 ちょっとだけ、独特の苦味と発泡が強い生ビールに枝豆と合わせているうちにそれが完成して。


 三人に出されたのは、ぱっと見鶏の唐揚げのようにも見えた。



「お待たせ致しました。海老芋の煮付けを、唐揚げにしたものです」

「ほう。海老芋……懐かしいな?」

「絵門は京都出身だもんねー?」

「京都にいらっしゃったんですか!?」

「……ああ。百鬼夜行にも加わっていた時期があったが。ある御方と共にこの地に来たのだ」

「ある人?」

「……そちはたしかお会いになられたはず。ぬらりひょんの間半まなか様だ。我はあの方の下僕よ」

「あ!」



 そう言えば、満足にお礼も言えずにこの店で別れたっきり会っていない。絵門に間半のことを聞いても、さあなとしか言われなかった。



「我も、そちからわずかにあの方の妖力を感じ取った程度だ。すまぬが、あの方の行動はぬらりひょんの如く神出鬼没なのでな」

「……そうですか」

「美兎がそう言ってたら、ひょっこり出てくるわよ?」

「そうかなあ?」

「それより、唐揚げ冷めちゃうから食べよ?」



 間半より料理か。と言っても、せっかくの火坑の料理は美味しくいただきたいので、ジョッキを置いてから箸でひとつつまんだ。



「んん!? 里芋みたいですね!」



 甘辛く煮付けてある味と食感は、まるで里芋の煮っ転がしと同じ。


 それを唐揚げのように、薄い衣をまとわせて揚げだだけなのに。これはビールのお供だと言わんばかりのカロリーオーバーな逸品。


 ビールが欲しくなり、美兎も結局は残りを一気飲みしてしまった。



「いい飲みっぷりですね」

「す、すみません!」



 恋人の前でなんてはしたない行動をしてしまったのだと、恥ずかしくなって顔を覆ってしまったが。火坑はパチパチと手を叩いてくれたのだった。



「海老芋は里芋の一種なんですよ。だから、他府県民の方でも受け入れやすい味なんですね。今日仕入れたのは、これなんですが」



 火坑は美兎の羞恥心を逸らすのに話題を変えてくれて、下にあるらしい箱の中から火坑の顔以上に大きな里芋の化け物を出したのだった。



「お、おっきい」

「立派ねぇ?」

「ほう? 人間達はこの大きさも食すようになったのか?」

「ええ。育ち過ぎでも、大味ではなくなってきたので」



 海老芋を仕舞い込むと、今度は煮付けていない海老芋を揚げたのだ。おかわりにしては変だと思っていると、小鍋で沸かした出汁に入れて軽く煮立たせ。器に盛ったら、さらに大根おろしと生姜も添えて。



「揚げだしね?」

「やはり、冬ですから温かい料理がいいかと思いまして。お待たせ致しました。海老芋の揚げだしです」



 先程の唐揚げや、揚げだし豆腐ともまた違う逸品。


 海老芋は冬が旬だそうだが、中に味がついていない芋はどんな味か。


 美兎は、もう一度いただきますをしてから箸を伸ばした。

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