第6話 心の欠片『銀杏尽くし』②


 少々ど天然の、末の弟子が連れてきた人間の女に。その守護についてる顔見知りであり、最強の妖の一角でもある座敷童子の真穂まほ


 風の噂では聞いていたが。自分のところから旅立った猫人の火坑かきょうの店の常連らしい、湖沼こぬま美兎みうと言う女だが。


 どうやら、必要以上に火坑に惚れているようだ。


 霊夢れむが火坑の事を話すと、まるで恋する乙女。しかも、少女のように生き生きとした表情になっていくのだ。


 今は、末の弟子である雪女の花菜はななこさえた、椎茸もかまぼこも入っていない、シンプルに鶏肉と銀杏。あと、三つ葉を入れた茶碗蒸しを口にしようとしていた。


 雪女なのに、花菜が温かい料理を作れるのは、特殊加工してあるビニール製の手袋のお陰だ。彼女に限らず。雪女もしくは雪男が調理や作業をする際に、物質を凍らせないため。だから、花菜のも特注品だ。


 花菜は、元来臆病な性格をしているせいか。美兎が朱塗りの匙で息を吹きかけてから口に運ぶのを見ながらも、肩を揺らしてビクビクしていた。



「……うん。うん! すっごく美味しいよ、花菜ちゃん!」

「ねー?」

「よ、よかったぁ……」



 そのまま、へなへなと床に膝をつきそうだったので。近くにいた兄弟子の蘭霊らんりょうが制服の首根っこを掴んで止めた。



「え、大丈夫!?」

「気にしなくていいぜ、お嬢ちゃん。こいつは、いつもこんな感じだ」

「あ、そう……なんですか?」



 まだ、狗神だった蘭霊を少し怖がっている節があるが、黒豹の霊夢よりも迫力のある狗神だったから仕様がないかもしれない。日本狼の祖でもあったとされる神の使い。妖とは微妙なラインを保ってはいるが、彼は彼だ。


 ぼろぼろで何もやる気のなかった、あのボロ雑巾だった狗神はもういない。店こそ出していないが、この楽養らくように親身に尽くしてくれて、日々料理の研究をしているこの狼に霊夢は感謝している。


 先程提案してくれて、アヒージョも気にはなっているので、目の前の人間の女性と真穂が帰ってから作ろう。花菜には出すかどうかはわからないが。


 とにかく、花菜が調理した茶碗蒸しを二人は本当に美味しそうに口に運んでいた。



「お出汁がしっかり取ってあるのに、優しい味わいで。お肉も柔らかくて銀杏がさっきより甘いです! 三つ葉の香りとすっごく合ってる!」

「あ、あ、あ……ありがとぉ」

「はっはっ! 曲がりなりにも俺の弟子だからなあ? 手抜きはさせねーぜ?」

「師匠、そろそろ飯も出来上がる」

「なら、蘭霊。お嬢さん達に簡単にだが飯ものも作ってやってくれ。花菜も一緒に」

「あいよ」

「は、はい!」



 その間に、霊夢もデザートなどに出すための銀杏料理を作っていく。殻と薄皮を取った銀杏を、色良く塩茹でするのが少々手間だが。



「霊夢さんは、何を作っているんですか?」

「おう。きっとお嬢さんには気にいると思うぜ? グラッセと言うのはわかるか?」

「えっと……マロングラッセ以外だと、人参とかの?」

「そうだ。それの銀杏版ってとこだ」

「わ、美味しそう!」

「お、お待たせ致しました! 塩昆布の銀杏ご飯です!」

「あら、さっきすごい音がしたけれど?」



 真穂の言葉は、おそらく蘭霊が奥の厨房で電子レンジを使ったからだろう。日本料理がメインとは言え、現代の調理器具を霊夢は馬鹿にはしていない。使えるところは、使うようにしている。


 使用した理由は、銀杏を封筒に入れて爆発させたからだろう。炒り、蒸し以外にも。そうやって熱を通す方法もあるからだ。



「自家製の塩昆布も入れてあるんだ。よかったら、食べてくれ」

「あ、ありがとう……ございます」



 怖がってはいるが、最初よりは怯えていないようだ。花菜から受け取った茶碗を手に、少し会釈しながら礼を言った。すると、蘭霊にも気持ちが伝わったのか、ククッと喉の奥で笑った。奴も美兎が気に入ったのだろう。



「おいひい!」



 真穂が既に受け取っていたので、遠慮なく口にしていた。座敷童子の彼女がここに来るのも随分と久しいが、前回は確か、花菜が弟子入りしてきてしばらくしてからだろうか。


 火坑も巣立っていったし、時が経つのは早いなと霊夢は思った。



「本当に! 銀杏がもちもちだし、塩昆布の塩加減もいい感じ! お腹にたまる!」

「せっかくなら、おこわとか蒸し物で出してやりたかったが。時間がかかるし、それで悪いな?」

「そんなことないですよ! 蘭霊さんも色々出来て凄いです!」

「……そうかい」



 飯もので腹もだいぶ膨れてきただろうし、氷が溶けて濃度が変わった自家製の梅酒を楽しんでいるのなら。霊夢のグラッセも頃合いだろう。


 塩茹でした銀杏に、水と砂糖を入れて中火で約十分程度煮付けたものに。煮汁が半分くらいなったら、はちみつを加えて煮立たせる。


 そこに、レモン汁を加えて火を止めたら。粗熱が取れたところで、氷水たっぷりのボウルで鍋ごと間接的に冷やして。



「あ、あれ? サツマイモみたいな香りが?」

「レモン汁を入れたことで、香りが変わるんだ。いい匂いだろ?」

「はい! 今は年中サツマイモは見かけますが、やっぱり秋ですよね!」

「だな。ほら、出来上がったぜ?」



 真穂とは別々に器を差し出して、手に取ってもらう。強烈ではないが、銀杏特有の臭みが軽減されて。先程、美兎が言ったようにサツマイモのような香りが鼻をくすぐるだろう。


 普通の翡翠色ではなく、黄色が強い緑になった銀杏を和菓子などでも使うフォークのような楊枝で刺し。二人ともためらう事なく、口に入れてくれた。



「グラッセって言ってましたけど。そんなに甘味は強くないんですね? 食べやすいです!」

「そうだろ? 甘い銀杏ってのもありだろ?」

「はい。これ、梅酒と食べると……止まらない!」

「はっはっは! あんま急いで飲むなよ? 酔いが回るぜ?」

「う……はーい」



 やはり、面白い女だ。


 きっと、あの元弟子もこの人間の女を気に入っているのだろう。なら、蘭霊を連れて、一度あの店に行くのもいいかもしれない。


 とりあえず、美兎と真穂が料理を堪能してから花菜に界隈の端まで送らせて。その間に、霊夢は蘭霊に話すことにした。



「ほー? あのぼん自身が気に入っているかもしれないと?」

「可能性としての話だが。確かめに行かねーか?」

「面白い話だな? 俺も付き合う」

「手土産に、なんか用意すっか?」

「なんだかんだで、一年くらい会ってないしな? 結構近いけど」

「とりあえず、花菜が帰ってきたら。お前が言ってた銀杏のアヒージョで一杯やんねーか? 久しぶりの心の欠片だ」

「準備しとく」



 なので、蘭霊が殻とかを剥いている間に、花菜も戻ってきたので、久しぶりの祝杯を楽養で迎えるのだった。

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