は?在しない悪役令嬢になれと……?その役お引き受けしたいと思います!

西崎優愛

01 私、転生?憑依?しちゃった……

「――リーン、カイリーン、カイリーン!」


 周りがやけにうるさい。私は一人暮らしだから、おそらく隣の部屋のおっさんの声だろう。本当に勘弁してくれ。やっと仕事が終わって家に帰れたのに、眠れない。


「うぅー、近所迷惑……マジ……黙って……」


「!!わが天使、カイリーン?!お父様になんて事を?!やっぱり僕が悪いのか?カイリィイイイイン、起きてくれぇえええええ!!」


 うーん?さらに煩くなった。解せぬ。人の睡眠を妨害するのであれば、こちらも黙ってはいられない。


「すいませーん!深夜からおじさんの声は本当に聞きたくないんです!!少し黙ってください!!残業から解放されたOLの睡眠を妨害すると呪われますよ!!っていうか呪いますよ!!」


 起き上がりながら声が聞こえた方に向かって叫ぶ。左手で目を擦りながら、右側にあるはずの壁を叩いたが――ふにふにしてる。……おかしい。壁とはコンクリート的な素材を使っているはず。なのに柔らかい。私はあと数回柔らかい壁を叩いた。特に理由はない。


「……おじさん??僕一応まだ28歳だよ……それに呪うなんて……ついに娘の反抗期なのか……??」


 よくよく聞いてみると、いつものおじさんの野太い声じゃない。むしろこれは私が大好きな声優さんに似てるような……?思わず目を開けてしまった。そして見た瞬間後悔した。


「か、壁が残念イケメンに擬人化したぁあああああああ?!?!」


 あ、これは夢だ。壁が世界に絶望したような顔をするはずがない。うん、私の壁じゃない。知らない壁だ。本能で判断した私は「じゃ、おやすみ~」と言い残し、再び夢の世界へと旅立った。



「本当に申し訳ありませんでした!!数々の暴言に暴力、寝ぼけてたとはいえ、イケメンなおじs、お父様に言っていいことではありません。どうか海のようなお広い心でお許しください」


 私は人生で初めて土下座をしたと思う。旅に出た瞬間現実に引き戻された。やわらかい布団に囲まれてほわほわしてたら、急に肩をつかまれて揺さぶられるんだもん。あれはなかなかできる体験じゃない。まあ、体験できて何のメリットも無いけど。というかベッドの上で土下座って意外とやりにくい……


 あ、突然だがここで推理ターイム!カイリーンと呼ばれる私。見たことのない「父」にやたら豪華な部屋。そうお気づきだろう、何と私異世界転生?憑依?しちゃいました!ぱちぱち。いえーい。え?推理する前に答え出すなって?人間の興奮はそう簡単に抑えられるもんじゃないんだよ。しょうがないんだ。これが世の摂理ってやつさ。


 えー、カイリーンさん。見事全オタクの夢を叶えたわけですが、何か一言お願いします。はい、ブラック企業から解放されて、さらに異世界チート(予定)なんて最高です!神様がいるならば心から感謝します!もう何でもしま――


「カイリーン、今日は本当にどうしたんだい?やっぱり私が作ったクッキーを食べたからなのか……?そうであるならばすまない……」


 おう、イケメンの料理下手というギャップ萌え発言で脳内記者会見が強制終了しちゃったよ。私の人生で唯一注目されるチャンスだったのに……。ま、視聴者なんて私しかいないけどね。というかイケメンが作るクッキーを食べたの、カイリーンちゃん?なにそれ、超ちょ――うらやましいんですけど?!私生きててイケメンと話したことなんてないんですが??カイリーンちゃん末恐ろしい子っ。


「私、お父様のクッキーのおかげで新しく生まれ変われたんですのよ。感謝することはあるけれど恨むことはありません。けど、お父様……ぜぇったいに二度とお菓子を作らないでくださいね??」


「分かった……お菓子作りはやめる……」


 なんかお父様に犬耳が見えるんですが。それに尻尾もシュンってなってるんだけど?こんな可愛い(?)お父様が私を呼び覚ますほどのお菓子を作ったのか……。この家族皆恐ろしすぎる。私は無意識に自分の腕をさすっていた。


 しばらくして、だんだんお互い落ち着いてきると、あら不思議。急に眠気が襲ってきたよ。うん私は寝る。睡眠が唯一の友だよ……ほんと愛してます。


「すみません……私……ねる……」

 

「カ、カイリーン?!」


 慌てた様子のお父様の顔を最後に私の意識は静かに沈んでいった。

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