第13話 大きくないです普通です! 赤面
「ん? どうした?」
「どうしたじゃないですよ。私はお前の監視役なのですから」
「逃げねぇよ。ていうか俺一人じゃ日本に帰れねぇし」
流石に、船や飛行機を奪って日本に逃げるような度胸と技術はない。
「でもちょうどいいや、昨日のアレを運ぶから手伝ってくれ」
「24時間待つんじゃなかったのですか?」
「ちょっと早いけどもういいだろ」
話している間に、俺は集会所の裏手に着いた。
そこには、何十という数のバケツが放置されている。
一部のバケツは茶色い廃油が入っているが、大半のバケツは、灰色の水で満たされていた。
「灰と水を混ぜたものを丸一日放置。これで本当に石鹸を作れるのですか? むしろ汚れませんか?」
「気持ちはわかるけど、使うのは灰じゃなくて、上澄みのアルカリ水だ。というわけで運ぶぞ」
俺はバケツを台所に運ぶと、用意していた大鍋にアルカリ水と廃油をブチこんで混ぜて煮込み始めた。
手の空いた女性陣が、興味深そうにのぞき込んでくる中、沸騰して余分な水分が蒸発していく。
ただでさえ暑いパシクの気温で火を扱うのはサウナにいるようで辛い。
けど、額から汗を流しながら鍋の中を混ぜていくと、徐々に固形物が形成され始めた。
おたまで底をさらうと、団子状になった、オリーブ色の固形石鹸をすくい取れた。
女性陣の顔に笑顔が咲いた。
そして、アルカリ水と廃油の混合液はみるみるカサが減っていき、交代に新しい石鹸がみるみるできていく。
そうやって生成した石鹸を、あらかじめ用意しておいた手のひらサイズの木枠に押し込み、形を形成すると、そこにはもうお店で売っているのと変わらない石鹸があった。
女性陣が、喜びの声を上げた。
「ほい、石鹸完成。あとは井戸が掘れて水を使い放題になったら、こいつで手や体を洗うように」
「井戸ならやぐらが完成したので、もう掘り始めていますよ」
石鹸を手に、ナミカさんが笑顔で教えてくれる。
「仕事が早いですね」
この村の人は働き者だなぁ、と感心すると、ナナミが俺の肘を引いてきた。
「ショウタ、次はどうするのですか?」
「そうだな。石鹸作りと井戸掘り、堆肥と客土は教えたし、肥料の馬糞、鶏糞は村の中で手に入る。魚と海藻も明日からは村に届けるよう、港と話をつけたし。今すぐやれることはないかな」
「じゃあ、お昼ご飯を食べたら、一度首都に帰りましょう。姉様に進捗状況を伝えるのです」
「わかった。俺のことはオウカに上手くとりなしてくれよ」
「任せてください。どの計画もまだ途中ですが、ゴボウやワカメのおかげでみんなが飢えなくて済んだのは事実ですからね。姉様には、きちんと伝えてあげます」
えっへん、とナナミが大きな胸を張ると、つい視線が落ちてしまう。
「ん、どうしたのですか?」
「いや、大きいなぁと思って」
「なっ!?」
両腕で胸を抱き隠しながら前かがみになり、、ナナミは顔を真っ赤にした。
「お、大きくなんてないです、ふつうですぅ」
「お前ナミカさんの前でそれを言うのか?」
キッチンの隅で、ナミカさんは膝を抱えてうずくまっていた。
「ママ! これは、ちが、その、えっと、私はちょぉっと大き目かもしれません!」
今まで散々、銃で脅されてきたけど、慌てふためくナナミの姿に、俺は溜飲が下がる思いだった。
◆
三日後の午前。
エアコンの効いた宮廷の一室で、俺は事務作業に追われていた。
各地の気候に合った農作物をまとめ、肥料と石鹸の作り方、土壌の浄化と改善、上総掘りによる井戸の掘り方の計画書を作る。
さらに、ナナミの村を中心に、これらの計画をすでに始めている地域からの進捗報告に目を通し、問題が無いか確認していく。
左隣の机ではナナミが、右隣の机では、銀髪ポニテの眼帯美少女のカナが仕事を手伝ってくれている。
だがカナよ、何故ライフルを背負っている?
「ショウタ殿、計画は順調でありますか?」
「ああ。衛生と健康問題は、井戸水と石鹸がそろったら落ち着く。資金問題は、食料供給が安定してからだな。食料問題は、今はゴボウやワカメで空腹を紛らわしてもらいつつ、成長の早い作物を植えれば、二か月後から大幅に改善されていくだろう。飢える人がいなくなったら、治安も回復するはずだ。人材不足は、国王に逆らったことで不当に投獄された元官僚や役人を釈放して呼び戻そう」
信じられない話だが、国王に否定的な人間は、危険思想の罪で投獄されてきたらしい。
酷い独裁政権もあったものだ。
「了解。では、各刑務所に通達しておきます」
軍人口調で、カナはキリッと返事をした。
「頼んだ。ところでカナ、どうして眼帯が左右逆になっているんだ?」
最初、左目を隠していたカナだが、今は右目を隠している。
カナは真面目な顔で、誇らしげに言った。
「眼帯はファッションです」
「あ、そう……」
変わった子だなぁ、と思っていると、各地の計画進捗状況から、良くないものが見えてきた。
「う~ん、これを見る限り、労働力が足りていないな」
ナナミとカナが、俺の書類を覗き込んできた。
腰に拳銃を挿したテロリストとはいえ、美少女に挟まれると、悪い気はしない。
「何せ、堆肥作り、客土作業、井戸掘り、それから新しい農作物の植え付け、これらを従来の農作業と並行して続けないといけないんだ。それに、飯は増えたと言ってもゴボウとわかめ。長時間重労働をするにはカロリーが足りない」
「どこかに余っている労働力はないでしょうか?」
ナナミの問いかけに、カナは被りを振った。
「それは無理ですナナミ殿。我がパシク解放軍のメンバーと既存の軍隊も、現在、国を立て直すためにフル稼働中です。余分な労働力などありません」
トラクターなど、農業機械があれば楽にはなるが、パシクには普及していない。
外国から輸入した数台を、国有地の畑や一部の富裕農家が持っているだけだ。
そこへ、ドアノブが回り、オウカが押し開け姿を見せた。
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