転生料理人の異世界探求記

しゃむしぇる

序章

第1話 パワハラと戦う料理人


 俺達、料理人と呼ばれる人々が働く厨房。その場所では毎日戦争が起きている。


 俺の働いているレストランは、地域では名のあるレストランで、ランチタイムやディナータイムには満席になるほど、お客様が美味しい料理を求めてやってきてくれる。


 これは一介の料理人としてもお店としても嬉しいことだ。


 人が多く入るという事は、料理の注文も多く舞い込んでくる。すると必然的に料理を作る場所である厨房というのは、一時いっときも気を抜けない緊張感の張りつめた戦場になる。

 料理人の使命は、常に自分が作れる最高の料理を迅速に、そして最高のタイミングでお客様に提供すること。


 本来なら厨房の中には複数の料理人がいて、工程の手分けをして注文に対して迅速に対応するのだが……あいにく今日厨房の中には俺一人しかいない。


「次は……ハンバーグプレートに、カルボナーラ、チーズオムレツ。」


 紙に書かれた注文に目を通しながら、俺は一人で料理を仕上げていく。するとその途中、先月から入社したウェイトレスの水上ミカミさんが新しい注文を取って厨房に入ってきた。


「柊さん、次パスタプレート2つと海鮮ピラフおねがいしま~す!!」


「わかりました。」


 今の時間はディナータイム真っ只中。まさに厨房は戦場になっていて、ひっきりなしにお客様からの注文が舞い込んでくる。


 最初この厨房を一人で任された時には、頭が混乱してしまったが……3年目ともなると流石に慣れてきた。だが、一人ではできることに限界があるため、少しばかり注文がたまってしまうのが現実。


 俺が今しがた入ってきた注文に取り掛かっていると、バックヤードで今の今まで呑気にスマホを弄っていたが欠伸をしながらこちらに歩いてきて、今入ってきた注文票にチラリと目を向けた。


「おい柊、注文溜まってんぞ。」


「はいっ、今取り掛かってま……。」


「遅ぇ、注文は溜めんなって何回言ったらわかんだよ愚図。」


 気怠そうにしながら料理長は、俺の腹部に容赦なく蹴りを入れてきた。胃液が一気にせりあがってくる感覚を必死にこらえながら、俺は床に尻もちをついてしまう。


「あぐっ、す、すみません料理長。」


「謝ってる暇があんなら、料理の面倒見ろ。おら、ハンバーグ焦げそうだぞ。」


「す、すぐに取り掛かります。」


 すぐに立ち上がって手を洗い、俺が調理に戻ると、料理長は隣でスマホを弄りながら、愚図だの阿呆などと暴言を浴びせてくる。


 こんな感じで、料理長から降りかかってくる理不尽は今に始まったことじゃない。俺が入社したての頃は優しかったのだが、それは猫を被っていた姿で、入社から1年経ち、このお店で提供している料理を一通り作れるようになると、化けの皮が剥がれて俺に対して理不尽なパワハラをしてくるようになった。


 最初の頃は料理長は俺のためを思って、厳しくしてくれているんだと思い込むようにしていたが、近頃はそんな風にも思えなくなってきた。


 普通に毎日遅刻してきて、俺が挨拶したらそのお返しに暴力だ。提供する料理の仕込みも発注もすべて俺任せ。その日の売り上げが少し悪かったら、正座させられて説教される。


(辞めたいな……。)


 ここ最近、料理長からパワハラを受けるたびに辞めたいと思う。でも俺を雇ってくれるようなところが他にあるだろうか?と、疑問に思ってしまうとなかなか踏み出せない。

 それに辞めるなんて料理長に言ったら、何をされるかわかったもんじゃない。包丁で脅されたりしてな……。はは、流石に料理人としてそこまで腐ってはいないことを願いたいな。


 少し鬱な気分になりながらも、俺は何とか今日も一人でディナータイムを乗り切って、お店の営業を終えた。


「お疲れさまでした柊さん。」


 ホールの掃除を終えた水上さんが俺にそう声をかけてくれた。


「水上さんもお疲れ様でした。」


 水上さんは周りをきょろきょろと見渡して、料理長が奥のバックヤードにいることを確認すると、俺に小声で話しかけてくる。


「柊さん、大丈夫ですか?さっきも料理長に暴力を受けてたみたいでしたけど……。」


「いつものことなんで大丈夫ですよ。」


「……ちょっと失礼します。」


「え?」


 すると何を思ったのか、水上さんは俺のコックコートをガバッとめくりあげてきた。そして俺の腹部を見て表情を歪ませる。

 

「青あざがこんなに……病院には行かないんですか?」


「俺が休んだらこのお店が回らなくなっちゃうので、それに料理長に病院に行きたいって言っても聞いてくれないでしょうから。」


「でもこれは……。」


「大丈夫ですって。骨が折れてるとかそういうのじゃないと思いますから。」


 俺を心配してくれている水上さんとそんな会話をしていると、閉店した店にスーツを着た男の人が入ってきた。


「あ、黒井クロイさんお疲れ様です。」


「お疲れ様です黒井さん!!」


「やぁ柊君に水上さん。お疲れ様。」


 この人は、この店のオーナーの黒井さん。俺達を雇っている張本人だ。この人は月に2、3回しか店には来ない。今日は給料日だから給与明細を渡しに来てくれたんだろう。


 俺達が黒井さんに挨拶をしていると、料理長がバックヤードから姿を現した。


「お疲れ~っす。」


「うん、千葉ちば君もお疲れ様だったね。じゃあ今日出勤しているみんなが集まったところで、今月の給与明細を手渡していくよ。」


 そして黒井さんは俺達に茶封筒を手渡してくる。その時俺はある違和感を感じ取った。


(あれ?俺の封筒だけ妙に分厚い?)


 水上さんや料理長の茶封筒は、給与明細が1枚だけ入っているものだからペラペラなのだが、俺のは漫画の単行本1冊分ぐらい膨らんでいるのだ。それを疑問に思っていると、俺の隣で早速その茶封筒を開けていた料理長が突然大声をあげた。


「な、これはどういうことだァッ!!」


 料理長は黒井さんの胸ぐらをつかみ上げ、目を血走らせながら詰め寄っている。しかし、そんなことには一切動じず黒井さんが淡々と告げた。


「その封筒の中に入っていたものの通りだよ。千葉君……君は今日付けでだ。」


 料理長の茶封筒に入っていたのは給与明細ではなく、だったのだ。

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