第338話


 帝国軍は予想通り前方からの突撃に加え左右からの挟撃を敢行し、ヴィッテルの部隊をほぼ壊滅に追い込んでいた。

 既にヴィッテルも討ち取られ、屍を晒していた。

 敵兵の損害は殆どなく丸々三千余りの帝国軍が北進軍対して牙を剥こうとしていた。


 だがヴィッテル決死の時間稼ぎのお陰で、北進軍も何とか形を成していた。

 ヴィッテルが死兵となって時間を稼いでいる最中、前線では北進軍の勝利で決着がついていたのだ。

 帝国軍を討ち倒した部隊は其々反転して敵の侵攻に備えていた。

 その数、凡そ四百。

 シュウの指示で中央前方に残る大楯隊を敷き、その後方に魔導師隊を配す。

 獣騎兵と歩兵が入り乱れての部隊だったが、形としては左翼を形成出来ていた。

 最早右翼は存在していない。

 見た目だけだが、それ相応の陣形にはなっている。

 ヴィッテルの部隊が決死で稼いだ時間は無駄ではなかったのだ。


 対して帝国軍。

 中央に布陣していたヴィッテルの部隊を喰らいつくし、悠々と進軍してくる。


 三千対四百。

 本来なら真面な戦いにもならない兵力差であろう。

 そう“真面に戦えば”である。


 帝国軍は中央に居たヴィッテルの部隊を磨り潰すのに中央に固まり過ぎていた。

 帝国軍の全てが獣騎士であった事も功を奏した。

 騎獣を駆る以上、直線的な動きには強いが、曲線的な動き、つまり小回りは効かないのである。


 そんな両軍の状況において、ここに最後の戦いが始まろうとしていた。


 北進軍の中から一騎の騎獣に跨った者が前方へと躍り出る。

 アピであった。


 アピは大楯隊の少し前方で止まり騎獣から降りると、両手を大きく天に向かって広げて立つ。

 そして歌うように言葉を紡いでいく。

 力ある言の葉を謳いあげる。



天に至るは鬨の歌声


轟くは号声、振るうは鉄槌


炎よ、舞い上がれ


今、我が前に女神を裁きを



 風に乗って帝国軍の方にも高らかに謳いあげるアピの声音が届いていた。



“炎鎚”-リアマルトゥ-



 アピが最後の宣言を行った直後、天より巨大な炎が舞い降りてくる。

 その光景は、正に炎の鉄鎚を振り下ろすが如き様相を呈する。


 振り下ろされた先は中央に集まっていた帝国軍の中心。

 轟音と共に地面へと振り下ろされた炎の鎚が帝国軍の獣騎士達を焼き尽くしていった。

 天高く炎の柱が立ち昇る。


 一瞬。

 たったの一撃で千に近い帝国兵が一瞬で消滅したのだ。


 鬼の秘術、カムロギの発動であった。


 聖樹の巫女の義妹にして、鬼族の麒麟児。鬼族随一の鬼才の持ち主。

 それがアピリプ・トリュスという人物だった。

 それは正に鬼神の如き存在であった。




「す、すげぇ……」


 誰が言ったかは定かではないが、この光景を見ている皆の思いを的確に表現していただろう。


 正に圧巻。

 その一言に尽きる。

 誰しも言葉を失い、現実感の無いこの状況に飲まれていた。


「今だ、魔導師隊! ボケっとしてんじゃねぇぞ! アピの様子がおかしい、ジェフはアピの収容! 急げ!」


 皆が動きを止め、言葉を失っていた瞬間、間髪入れずシュウの怒声が響き渡った。


「お、おう!」


 シュウの声に弾かれるように、ジェフリーが騎獣を駆ってボウっと立ち尽くすアピの許へと向かう。



「「「「「起動アクティバ」」」」」



 魔導師隊は困惑から目覚めた様に即座に魔導輪を起動させ、遠距離攻撃を仕掛ける。


「オラオラ、皆もぼさっとすんな! 敵がいなくなったわけじゃねえ! 敵さんもこっちに襲い掛かって来るぞ! 迎撃準備!」


 矢継ぎ早にシュウが指示を出していく。

 北進軍の兵士達も皆我に返って、今が戦闘中である事を思い出し、各々の武器を構えて襲撃に備える。

 戦場全体に一時的な混乱を引き起こしたアピの一撃だったが、結果は上々どころか想定外の被害を敵に与えていた。




「な、何なんだ。一体何なんだよ! こんな事態、俺は想定してないぞ!」


 エウデル・ハダッドは軽薄な表情を驚愕に変え、声の限りに叫んでいた。


「エ、エウデル様! 先の一撃でこちらの半数近くが被害を被っております! いかがいたしましょうか?」


 戸惑いを隠せずそう近習の騎士がエウデルに問いかける。


「そんなもの、突撃を仕掛けるに他ないだろ! あんな攻撃、乱戦になればおいそれとは使えない! まだ数の上ではこちらが圧倒的に優位なんだよ! 突撃だ! 突貫だ! 前へと進め!」


「は、はっ! 全軍突撃準備ぃ! 準備出来次第、突撃を行え!」


 いつもと違う余裕のないエウデルに戸惑いながらも、近習の騎士は即座にそう全軍に指示を飛ばす。


「クソッ! 弱った敵をじわじわとなぶり殺しにするつもりだったけど、もういい! 一気に殲滅してやる!」


 千数百の兵が一瞬にして溶けた。

 だがそれでもまだ敵の三倍以上の兵力が在るのだ。

 力押しで勝てる。

 そうエウデルは実感していた。


 だが、既に戦場の流れは北進軍に傾いていたのだった。

 それが顕著に出たのが、この事態である。


「え、援軍!? 敵軍の背後から数千の軍勢の姿が見えるぞ!」


 そう、アラン達の援軍が間に合ったのである。


「な、何だよ。何なんだよ。次から次へと! 俺の計画が狂うじゃないか!」


 髪を掻き毟る様にしてエウデルがそう叫んでも事態が変わる事はない。

 援軍を得た北進軍と今だ兵力が十分にある帝国軍。

 戦いは最終局面を迎えようとしていた。

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