Untillusion~合成獣の効率的な運用法~
鳥野29音
第一章 合成獣
プロローグ
辺り一面が火の海だった。
この都――獣都のシンボルである王樹は今や見る影もなく枯れ果ててしまっていた。
獣の唸り声が其処彼処で上がっており、様々な獣の容姿を持つ獣人と黒い靄を纏った腐りかけの獣人が至る所で争っている。
炎は獣人の故郷である獣都を燃やし尽くさん勢いで燃え猛っている。
その炎で彩られた獣都の中で、獣人達は同胞であり同朋でもあった黒い靄を纏う獣人に手を出しかねていた。
それもその筈だろう。皆ほんの一月前まで故郷である獣都で暮らしていた民間人だ。
親兄弟、恋人、様々な関係を持っていた大切な人々である。
故に獣人達はその牙を爪を、いくら襲ってきたとしても大切な人たちに向ける事を戸惑っているのだ。
そんな中、王樹の根本付近で一際激しい戦いが行われていた。
狼顔の男が派手な銀色の光沢を放つ鎧を纏った青年と相対している。
その周囲はまるで爆撃でもあったかの様に、地面が抉れ、陥没している所もあった。
戦いの激しさが伝わってくる様だ。
「いい加減しつこいんだよ! 僕は勇者だよ! 僕の指示に従うのが当然だろう!」
勇者と名乗る青年は苛立った様子でそう叫び、周囲に浮かべている光剣を弾丸の様に狼顔の男に向かって放った。
その数およそ二十。
だがその全ての光剣は何もない空中から放たれた光弾によって全て掻き消されていく。当然光弾を放ったのは狼顔の男だ。
「はん! 勇者だ!? それにどんな価値がある? 今のお前に在るのは欺瞞に満ちた滑稽な肩書だけだろが」
狼顔の男は勇者と名乗る青年を嘲笑うかの様に口角を歪めてそう言い放った。
「……お前、ウザいんだよぉ!」
苛立ち紛れに叫んだ勇者の声に反応してか、再び光剣が発射され光弾がそれを迎え撃った。
空に光が四方八方に飛び交い、互いが時に躱し、時に得物で弾いて対応する。
「ウザいねぇ……まるで子供の駄々だな。思うように行かなければ直ぐにキレる。お前のその感情の発露は、現代社会の歪みが生み出した結果だろうが、それでもそれはお前自身が導き出した結果だ。上手く行かないからって直ぐに感情を爆発させるなんぞ、勇者が聞いて呆れるわ」
そう言いつつ光剣の爆撃の隙間を縫って勇者に肉薄していく。
「だまれぇぇぇ!」
勇者も受けて立つとばかりに、互いに持つ得物での接近戦へと移行していく様だ。
勇者は狼顔の男に近づくとその手に持つ聖剣を振り下ろす。
「語呂に詰まったら叫ぶだけか? 今のお前に勇者の称号は不適切だよ。お前は自分の価値観でしかモノを考えられない醜悪な唯の略奪者にすぎんよ」
鋭く振るわれた聖剣の一撃を、狼顔の男は紅蓮に燃える槍で受け止め弾く。
「うるさい、うるさい! 勇者の名の許に、お前をぉぉぉぉ!」
勇者の身体が七色の光を纏った。
「勇者勇者って、地位じゃなくてお前自身の言葉で語れや」
狼顔の男も孔雀緑の光を纏う。
そして――
「うぉぉぉぉ!」
「はぁぁぁぁ!」
――二つの武器が打ち合わされ、辺りを激しい光が覆った。
◇
◇
◇
幻想的なイルミネーションに彩られた街は人々の姿でさらに彩りを増していた。
比較的にカップルが多いのは、今日という日を考えれば納得も出来るだろう。
特徴的な音楽に溢れる中、ダッフルコートを纏った若い女性が彼氏と寄り添いながら会話を楽しんでいる。その後ろでは楽しそうにはしゃぐ子供を微笑ましく見守る夫婦の姿も見られる。
会社の帰りだろうか、片方の肩にリュックを背負った会社員は寒そうに足早に歩き、その脇では売り子が笑顔を振り撒きながらチキンやケーキを売っている。
年越しを前に皆が待ち望んでいたその日は、天も雰囲気を読んだのか、空からはフワリフワリと綿菓子のような結晶を降らしていた。
ホワイトクリスマス。清き聖夜はいつもと同じ様で、いつもとは違った時間が流れていた。
街頭モニタには華やかな衣装を纏った女性達が、軽快なリズムに乗って舞い踊る映像が流れている。見上げる人は少ないながらも躍動するその姿は目に留まりやすい。
と、その映像の上にテロップで緊急ニュースが流れる。
『米国シカゴで24日夜、街中で銃の乱射事件があり、少なくとも7人の死亡が確認され、内1人は日本人男性であると米国メディアが報じました。被害にあったのは日本企業の会社員の和肥留修二さん(24)で……』
この悲惨なニュースも街頭を歩く人たちの目には止まる事はなかった。
そして、その裏で物語が始まった事も誰も知らなかった。
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