これは悲劇

 ミステリが進化するにつれ、「トリックのためのトリック」が生まれてくるのは必然でもあります。さきほど進化と書きましたが、本当に進化してトリックが生まれることもあれば、ただ単純に時間が経過し、ミステリという大地が開拓されつづけると、未開の地が減っていくという世知辛い事情もあるでしょう。

 ミステリの森に実っているトリックという木の実を取り尽してしまっても、愛好家の腹は減るのです。

 それでもなんとか空腹を満たそうとすれば、食べられるものを探すしかありません。木の実ではなく石だと思っていたものが、実は木の実だったという新発見があれば最高なのですが、そううまくいくことはなかなかないでしょう。

 ミステリの早い段階(とはいえ、モルグ街で人々が謎の外国語を耳にしたのが一八四一年ですから一九一三年の「ブルックベンド荘の悲劇」までは七〇年以上が経過していますが)では、トリックという木の実もたくさんあり、未開の土地も広く、工夫なくお腹を満たすこともできたわけです。

 ワンアイデアずばり、素材そのものという作品もあるなか、「ブルックベンド荘の悲劇」の調理法は手間がかかっています。

 トリックの肝となる××××(伏せ字)を利用するための細かい道具立てがきちんと配置されているのです。それも奸計のパーツを丸ごと同時に気づくのではなく、カラドスが「部品」があることを知る方法や、タイミングもばらけているあたりが巧いです。

 特に感心させられるのは床の上の金属板の登場のさせかた。妻は気づかなかったが、目が見えないからこそカラドスは板に気づいたという演出にもなっていて、巧いです。

 また、夫に解雇された庭師の老人が「庭で凧上げをしてもすぐ木に引っかかることぐらいこどもでもわかるのに、それでもやるだなんてあの旦那はどうかしている」と恨み節で語るのが巧いです。

 事態が急に速度を増して進行する終盤の展開も、ラストも見事。

 読後、タイトルを読み返してハッとするのです。これは“case”でも“mystery”でも“secret“”でもなく、“tragedy”であることに。

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