彼女の『遺影』

立川マナ

プロローグ

 彼女との出会いは、歩道橋の上だった。

 例年より少し遅れて到達した桜前線が、駅から高校へと続く桜並木を桃色に染め、幾万もの花びらが風に乗って宙を舞っていた。

 中学卒業とともに伸ばし始めた髪のセットに手間取って、電車を一本乗り過ごし、入学初日に遅刻するかどうかの瀬戸際。一気に駆け抜けるつもりだった歩道橋の上で、僕の足はぴたりと止まった。

 哀愁漂う横顔。桜並木をどこか寂しそうに眺める眼差し。風にたゆたう長い黒髪。真新しい紺のセーラー服に包まれた華奢な身体。その儚げな雰囲気に、一瞬で僕は惹かれた。

「写真、撮ってくれません?」

 僕の視線に気づいたのか、彼女は振り返り、唐突にそう言った。

 ぶっきらぼうで、愛想のかけらもない頼み方。なのに、なぜか僕の胸は高鳴った。

 顔が熱いのが、走ってきたせいなのか、彼女に話しかけられたからなのか、自分でもよく分からないまま、僕は彼女に歩み寄り、「いいよ」と引き受けた。

 そうして、彼女から渡されたのは、手のひらサイズのデジカメだった。小型ながらもゴツゴツとしたフォルムに、剥き出しになった目玉のような仰々しいレンズ。とても、女子高生のカバンから出てくるようなデジカメとは思えなかった。てっきり、可愛らしくデコったケータイでも渡されるものだと思っていた僕は、思わず、「これで撮るの?」と訊ねていた。

 すると、彼女はそっけなく答えた。

「大丈夫。それ、小さいけど、一眼レフだから」

 当然のように放たれた『一眼レフ』という言葉に、僕はぽかんとしてしまった。まだ、中学を卒業したばかり。頭の中は流行りのゲームや好きな漫画のことだけ。そんな当時の僕に、『一眼レフ』などという単語が分かるわけはなく、「ああ、イチガンね」なんて知ったかぶりして格好つけるのが精一杯だった。

 そもそも、いったい、何が「大丈夫」なのかも分からない。

 とりあえず、少しでも彼女にいいところを見せたくて、僕は平静を装い、カメラを構えた。

 今でも、そのときの感覚を、光景を、僕ははっきりと覚えている。

 緊張で汗ばむ手にずっしりとのしかかってくるカメラの重み。初めて覗くファインダー越しの景色。雲が流れ、桜の花びらが舞い、彼女の髪が風に揺れる――そんな決して止まることなく流れ続ける世界の時間をシャッターで切り取る感触。

 それは、高校の入学式の朝。僕が初めて、彼女の『遺影』を撮った瞬間だった。

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