第34話 敵地突入

 一行はそれからも、雇われ聖人や夜間警備部隊を撃破しながら、ヤスケールを追跡した。

 通り過ぎるごとに悲鳴が生まれ、街々の至る箇所が大破し、凄惨な光景が生まれる。

 そしていきなりペースを上げ、豆粒程の大きさにしか視認できなくなったヤスケールが、シャバラン城に入城したのが最後――完全に見失ったのだ。

 とうとうエフレックの中心部、聳え立つシャバラン城の入口に着いてしまった。

 肩で息をするカリウスが、敵が来たというのに不自然にも跳ね上げられたままの大きな可動橋を一瞥する。


「あからさま過ぎるだろこれは。奴らはどういうつもりなんだ」

「辺りには見張りすらいませんしね。怪しい、怪しすぎます。罠の匂いがプンプンしますよ」


 同じく肩を上下させながら、周囲を確認するルイ。

 カリウスは息を整えてから、 


「どうであれ、まんまとハメられた。使命の一つを終えて油断していたのか。でもどんな手を使ってきたかわからねぇ。マジで、どこで見られてたってんだよ! あぁ……やっちまった」


 カリウスは悔しそうに項垂れた。

 明日に固める計画だが、もはや壊れたも同然。とんでもない事態へ転がる可能性大だ。

 祖国の皆に申し訳がないでは済まされない。怒りに捕らわれて、目の前の石ころを蹴り上げる。

 だがエレナは首を振って否定する。


「それは違うわ。あんた達はわたしが浮かれてひたすら酒を飲んでたとしか見えなかったようだけど、わたしはずっと街中や酒場の中でも気を張ってた。妙なマネをする奴がいないかね。カリウスにおぶられてルイの部屋で意識を失うまではずっと監視してたけど、そんな奴はいなかった」


 少なくとも、彼女にとっても想定外の事態のようだ。


「そうだったんですか……!? じゃあ、一体全体どんな手で。情報にない聖遺物だっていうのか」


 カリウスは難しい顔で呟きながらも、前を向いた。


「その可能性が高いですね。何にせよエレナさんでもわからないとなると、私達では想像もつかない手を使ってきたに違いありません。とにかく進むしかないでしょう。あちら様が奥の手を使ってきたにしろ、やられたらやり返す。鉄則ですよ、カリウス」


 と、ルイがカリウスを宥めるように肩を叩いた。


「ルイの言う通りよ。ここまできたなら、明日やろうが今日やろうが関係ない。最初から招待されてたんなら、ありがたく乗り込んでやりましょう」


 エレナも手をぽきりぽきりと鳴らしながら言う。

 カリウスは二人の意見を受けて、決心を固めて頷いた。

 そうして一行は広大な敷地面積を誇る王城内へと侵入。 

 いくつもの堅固な城門は、どれも通って下さいと言わんばかりに開けられいた。 

 やはり見張りもおらず出窓からこちらを伺う様子すらない。

 練兵場らしき広間も同じである。

 人っ子一人たりとも居ない。敵の策としか思えなかったが、それでも不気味な状況だ。

 とうとう一度も戦闘をせずに、ついにはシャバラン城の主塔に突入したのだ。

 天井各所に吊るされた高級な照明器具の炎が妖しく揺らぐ。

 ホールを抜けて、横幅が広く豪華絢爛な装飾が施された廊下を、警戒しながら真っ直ぐ進んでいく。


「ただっ広い城の中に誰もいねぇとか不気味だな。俺達をハメるのにどこまで用意周到なんだよ」

「皆寝てるのではなく、どこかで待ち伏せしてるとは思います――あいたっ。エレナさん?」


 ルイがカリウスと囁き合いながら歩いているところ、一歩前を闊歩していたエレナが突然止まったので、ぶつかってしまった。

 エレナは口元に人差し指を立てたまま振り返る。


「シッ。ほら、耳を傾けてみなさい。何か聞こえてくるでしょう?」


 小声でそう促した。

二人は言われるままに前方方向へ耳を傾ける。

 すると音が聞こえてきたのだ。カシャン、カシャンと甲冑と赤い絨毯が接触する音が。


「あれは――燈火ですよ!」


 小声で二人に知らせたルイが指さす先に、緑黄色の光球がゆらゆらと浮かび上がっていた。

 そしてついには廊下の向こう側からやってきた当人が、姿を露にした。

 艶やかな空色の髪をした女性。翡翠色の瞳が空虚に染まったガルナン王国の麗しき雷光アンジェであった。

 物言わぬ戦士は燈火を周囲に浮かせ、愛用の銀色甲冑に身を包み、自身の身体よりも大きな戦斧を片手に担いでゆっくりと歩いてきた。

 皆、瞬時に身を引き締め、聖遺物を構えて戦闘態勢をとる。


「女王補佐官アンジェ。どうやら雑魚には任せず、上の奴らが力押しで終わらせにきたって算段かい。ハルバーンのジェイドを受け継いだとは聞いていた。物騒な得物もおさがりってワケか」


 カリウスが敵の得物を確認し、冷や汗を掻きながら苦笑する。


「迫力ありますね~。あり過ぎても、困るのはこっちなんですけど」


 ルイが驚嘆の声を漏らした後、苦笑する。


「ハルバーンが使ってた無駄にデカイ戦斧だわ。アンジェなんて娘は一年前、あの場にいなかったけど……カリウスが言う通り受け継いだってことは、当時まだ聖人じゃなかったってワケね」


 エレナが手を腰に当て、冷静に相手を分析した。

 首輪型聖遺物ジェイドを発動する間だけは、驚異的な剛力と少々の打撃ではものともしない防御力を行使できるようになるのだ。

 見た目のみで判断すれば多少引き締まっているものの、それでも細身な女性にしか見えないのが恐ろしい。


「台頭してきたのはここ最近です。あの若さで女王の側近を任される程ですから、元々優秀なんでしょうけど。過激なちょっかいを出したいくらいカワイイですよね、うん」


 エレナとカリウスはルイの興奮混じりの解説を真顔で無視した。

 戦闘は避けられない。

 そこで打ち出した対抗案――カリウスが意を決した顔つきで、


「ルイ、俺を一緒にアイツと戦うぞ。エレナさんはヤスケールを追って下さい」


 女性陣へ指示する。


「久しぶりのコンビ戦ですか。ふふふ、私のカンナビが役立つ時が来たようですね」


 指名され高揚するルイ。

 身体をほぐした後、腰に付けた物入れからコクーンとは別の愛用聖遺物――黒い鞭のようなモノを取り出す。

 名はカンナビ。聖痕を持つ者へ攻撃を加えると脱力させることができる。

 小国の王であったルイの父親が、同盟国の裏切り襲撃から幼い彼女を逃がす際、継承させたモノだ。

 エレナは若者らを頼もしそうに見回し、「私はそれで構わないわ」と言った。

 早くも案がまとまったところで、三人は迫りつつあるアンジェと対峙する。


「行くぞ皆!」


 カリウスが叫び、皆が散開。

 アンジェが空気を揺るがすかの一撃を横に奮う。

 若者二人は後退して回避。

 エレナは華麗に宙を舞い、アンジェを飛び越えた。


「カリウスにルイ! 死ぬんじゃないわよ。ここで死ぬような奴は、戦乱を終わらせるなんて大言を言う資格はないんだからね!」


 エレナが奥へと進む前、大声で彼女なりの激励叱咤を聖人少年少女に飛ばす。

 敵地での戦いが幕をあげる。

 カリウスとルイはアンジェへの突撃を開始した。

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