第16話 戦いの後

 地響きを立てて退却していく軍隊。

 ユウはよろよろと歩をとめて膝をついたエレナの元に、急いで駆け寄った。


「エレナ、エレナッ――」

「ユウ。勝った、わよ」

「エレナ――うッ...なんて傷だ」


 彼女は満身創痍だった。

 白く綺麗な肌は打撃攻撃、落下による影響で青アザや裂傷だらけ、このままではエレナとて命に関わるのは明白だ。

 ユウはしゃがみ込み、迅速にコクーンを展開させる。


「待ってて。あたしのコクーンで治療するッ」

「く、あたしとしたことが随分手こずったわね」

「だから黙ってて!」


 負傷した箇所に翳しながら、エレナのダメージの深刻さに憂いた。


「傷が深い。擦り傷とはワケが違う。あたしの力でこんな傷は...いや、治すんだ! エレナはあたしが救う」


それでも諦めやしないユウ

緑黄色の光に照らされたエレナの顔は苦し気だった。


「こんなところで、目が、霞んできちゃった」


精一杯の笑みは彼女の強がりだった。


「目を閉じたらダメだエレナッ。閉じたら死んじゃうッ!?」


 生死の境をさ迷い始めた彼女へ必死の形相で生きろと訴える。


(もう誰も死なせはしないッ)


 ユウの脳裏に、必死の治療も虚しく亡くなったシーナを始めとする「襲撃されたあの村の人々の顔」が浮かんだ。


(体力の消耗にコクーンでの修復が間に合わない...グ、まだだ、まだ終わっちゃいない)


泥に汚れた頬に、涙が伝う。

ウは自身か涙を流しているのだと、やっと気がついた。


「まだまだ...あたしの限界はこんなもんじゃない。エレナ、頑張って」

「はぁはぁはぁはぁはぁ」


 空いた左手でエレナの手を握る。

 彼女は瞳を閉じて力なく握り返した。全てをユウに委ねたのだ。

 ユウは最大限に集中し、コクーン使用のみに全神経を注ぐ。


「あぁ!」


 そして、最悪な未来は一つも考えなかったユウの想いは叶う。

 冷たかった彼女の左手が、次第に熱を帯びていくのを感じたのである。


「よし、細かい傷もだんだん塞がっていくぞ」

「う、」


 彼女の閉じていた瞼が動き、寝起きのような声をあげた。

 治療成功したと確信したユウに焦燥感は消えていた。

 声の限り呼び掛ける。


「エレナッ!」


 傷一つなくなったエレナは瞳を開けて、ユウに答えた。


「ユウ。わたしは――どうやら生きてるみたいね」

「具合はどうだい。コクーンで治したんだ。どこも痛くはない?」


 言われて慎重に上体をあげ全身を見やった後、感嘆の声をあげた。


「確かに見た感じだと傷は塞がってるように見えるわ」

「良かったぁ」

「けど」


 安堵の声をあげたのもつかの間だった。エレナが渋面になる。

 ユウは不安な顔になり聞き返す。


「けど、って?」

「あなたではコクーンを使うにこれが限界ね。身体の中身までは全快といかないようだわ」


 痛みを感じたのか、苦しそうに腹部をさするエレナ。


「嘘ッ!? 大丈夫じゃないじゃん! もっかいコクーンで」


 衝撃。

 ユウは慌ててコクーンを展開しようとするが、


「聞きなさい、ユウ」


 エレナに制されて手を止めた。


「は、ハイッ」

「あなたはコクーンを自分なりに最大限使ってくれた。でもこれ以上はあなたの力ではどうにもならない...それでも一つ手がある。コクーンであたしを眠らせなさい」


 いきなり想定外な説明をされ、ユウは更に混乱した。


「コクーンで眠らせる!? そんな機能あったのコレ。一体どういう――」

「聞きなさい」


 またも制される。


「ハイッ」

「いきなり言われてワケがわからないでしょうけど、わたしの言うことを聞いて柔軟に対応して。頭の中で感じればできるハズよ。それに眠るのは、自分で自分を直すためだから」


 頭痛がするのか、エレナは顔をしかめて頭を抱えながらユウの知らなかったコクーンの効果と自身の意図について語る。


「そ、そんなとこできるの?」

「自然治癒よ。わたし達は眠りに時間を割けば、あなた達人間よりも早く傷を治すことができる。まぁそれも、ユウが命に別状ない程度にはわたしを治してくれたから出来るのだけどね」


 半信半疑のユウへ補足。

 聞いた彼女は先よりは納得したものの、肝心な事柄について聞いた。


「な、成程。でもさ、それってどのくらいかかるの?」

「そうね。このくらいの損傷だと、一年はかかるわね」

「い、一年も!?」


 愕然としたユウへエレナは冷静に語り続ける。


「そうよ。身体の中のことを治す技術はまだあなた達にないから、眠って治すしかない。それもあなた達に合わせて昼起きて夜眠るなら体の治癒力が傷の進行へ追い付かないから、コクーンであたしを眠らせる。そのための機能だから」

「成程ね...でも良かったよ。眠るだけで君が治るのなら」


 今度こそ安堵の息をはくユウ。

 エレナは苦笑しながら腹部を抑えて言った。


「試験では長期戦になる際に使われる場面もあるみたいだけど、まさか幾億の時間が経った後の世界で使うとは思わなかったわ」

「君にとっては想定外の連続だね」

「全くだわ。それでユウ、次はあたしを頑張って運んでほしいのだけど、大丈夫かしら?」


 痛みを堪えながらエレナが上目遣いでユウを見た。

 ユウはエレナの近くで後ろ向きになり、背中に捕まるように促した。


「勿論だよ。君の傷に比べれば、あたしは全然平気だ。ほら、どうぞ」

「ありがとう。ある森まで行ってほしいの。そこには――」


 ユウはすでに彼女の意図を予測していた。


「神々の墓がある。森自体にも人は寄り付かないし、荒らされた墓に入る人もいないだろうし安全だね」


 自身の考えをすでに読んでいたユウへ、エレナは驚きながら首に手を回した。


「あなた、知ってたの」

「ちょっと前につけていたって言ったよね。君を探して森に入った時、そこから出てくる君を偶然見たんだ。そこからついていったんだよ」

「そういうことだったのね。全然気が付かなかったわ」


 気配に気が付かないくらい集中するのも危ないわね、と自分自身に苦笑いするエレナ。

 事情を明かしたユウは、彼女をおぶって立ち上がった。


「よいしょっと」

「ふーん。あなた、見かけによらず力はあるのね」


 小さな背中にしがみつきながら、感嘆の声を漏らすエレナ。


「騎士団にいた時から鍛えてたからね。戦いの後で本調子ではないけど、君をおぶるくらいなら無問題。さぁ、行こうか」


 聖人少女は戦場と化した草原から移動すべく、ゆっくりと歩を進めだした。

 そして戦闘時は晴れていた天候にも変化が訪れる。


「雨だ」


 思わず呟くユウ。

 数日振りの降水だった。それでもユウ達にとっては嬉しくない。


(人をおぶってるのに歩きにくくなるじゃんか。激しくなる前に急がないと)


 疲れた足に心の中で鞭を打ったユウは、ペースを上げた。

 そして。


「ユウ。この大陸の情勢は、大きく変わるわよ」


 無言だったエレナが、ユウの耳元で囁やくように言った。


「だろうね。ハルバーン王はあの傷だと亡くなるだろう。ガルナン王国も今までみたいに強気な感じではいられないな――けども」


 本当の敵は王ではないという認識が、もはやユウの頭の中にもあった。

 エレナの宿敵のような存在をわざわざ探さずとも、あちらの方から姿を現したのだ。


「ミルン。次はどんな手を打ってくるかしら。流石にすぐには動かないだろうけど、その時にはわたしの力が必ず必要になるハズ。だから一年後、あたしを起こしに来なさい」


 真剣な声色での要請に、ユウは迷うことなく首を縦に振る。


「わかった。あたしもそれまでにもっと力をつけてくるよ」


 ヤスケールとの戦いを思い出して唇を噛むユウ。

 覚悟を決めたとはいえ、実力面ではまるで勝負にならなかった。

 強大な異能に打ち勝つ戦闘力を手にするとユウは心中で強く誓った。

 そんな決意を新たにしたユウへ、


「ユウ――」

「なに、エレナ」

「あなたと出会えて、本当に良かったと思ってるわ」


 エレナは自然と心からの想いを伝えていた。

 とてつもなく長い間、殺伐とした状況に身を置いていた自身が、こういった感謝の念のような感情を持ったことに自分自身ですら驚いていたのだが、それでも悪くはないと思えたのだ。

 ユウの方も後ろをみやって目を白黒とさせたが嬉しそうに笑みながら前を向き、同様の言葉をかけた。


「こちらこそ、君に出会えて良かった」

「フフ、ありがとう。こんな言葉を人間に言うだなんて思いもしなかった」

「任せてよ。あたし達が必ず君を世界の管理者にしてみせるからね、エレナ?」


 そこで彼女の頭がどさっと右肩に寄り掛かったことへ気づくユウ。

 様子を伺うと、彼女はいつの間にか瞳を閉じて、静かな寝息を立てていたのだ。


「寝ちゃってる。お疲れ様、エレナ」


 ユウはそのまま彼女を持つ手に力を籠め、森を目指して歩み続けた。

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