第11話 ハルバーンとミルン

 迎え撃つ二人の聖人女子を、人を殺すことを考え作られた道具を持った騎士達が囲んでいく。

 見晴らしのよい緑したたる大地に、甲冑で身を守り剣を装備した騎士や槍兵、弓兵が数えきれない程多数。ルアーズ大陸随一と謳われるガルナン王国騎士団である。

 逞しい兵士らを率いる先頭の一団が止まった。

 合図を出したのは、中心人物であろう青鹿毛の馬に乗ったガルナン王国の王ハルバーン。

 他の兵士と違い、一人だけ真っ白な甲冑を着こんでいる。

 頂点に立つ者の風格を漂わせた容貌魁偉な王が風を切り裂く勢いで叫び、再び合図を出した。 

 呼応して兵士たちも声を張り上げて次々と密集陣形を形作る。

 王と一緒に青鹿毛の馬へ乗っている者――彼に寄りかかり胸へ手を回しているのは、白を基調とした豪華絢爛かつ露出度の多いドレスを纏った金髪の女性だ。

 高価な宝石が散りばめられたカチューシャとピアスを付けており、これから舞踏会にでも繰り出しそうな様相である。

 しかし兵士たちは知っている。この場においての実力トップのハルバーンは元より女性の方――妃であるミルンも彼に次ぐ実力の恐るべき存在であると。

 二人はこの大地を創造した神々の力と言われる万能の武器――神々の聖遺物を扱う者の中でも超級の強さを持ち、いよいよ人ならざる領域へ足を踏み入れた者と認識されていた。

 そして、程なく陣形は整った。大将の合図でいつでもことを始められる。

 確認を終え兜を外した禿頭の大将ハルバーンが馬から降り、


「あの格好に右手の聖遺物は、やはり本物だ。驚いたな、わが領地にあのエレナがうろついてようとは」

 

 野性味溢れる顔立ちに真剣の色を宿し、低くはっきりとした声で言った。

 彼の目的はただ一点。十数歩先の位置に立っているエレナ討伐である。


「やはり天運は俺についているようだ。捜索だけで一日を棒に振る可能性もあったが、討伐に移行できそうだぞ、わが妃よ」

 

 続いて降りた彼の愛する女に歓喜の声を掛けた。


「えぇ。不老の魔女討伐、今日は歴史に残る一日になりますわね」

 

 ハルバーンの妻、ミルン――厚化粧を塗りたくった顔を意地悪く喜悦にゆがめながら、殺気を迸らせているエレナに意味ありげな視線を送った。


「我らが目的を達する日がついにきたのだ。大陸支配の最大の障害を今日で取り除く」

 

 ハルバーンが拳を強く握りしめ、今日に至る日々を思い返した。

 ある傭兵団の一兵士でしかなかった彼は放浪の最中、偶然見つけた神々の墓で手にした神々の聖遺物を行使し、着実に武人としての地位を上げていった。

 そうして何十年の時が経過、ミルンと出会ったのはそんな日々の中だった。

 聖遺物使いとしてハルバーンに仕えたいと、どこからか現れて志願してきた彼女に一目惚れをしてしまったのだ。

 出生、そして聖遺物を何故手にしているのかさえ記憶にないという奇妙な女。

 だが長く一緒にいるにつれ、彼女の自分と似たような部分――底知れぬ野心を抱いていることに共感も覚えた。互いが見る未来が同じだと感じたのだ。

 また、彼女が晒し出す独特の色香がたまらなかった。感じたのは自分だけではないのか、最初は得体のしれない存在に心を許すことを反対していた臣下達も、まるで心変わりしたように婚姻を賛成しだしたのである。

 結ばれるのは早かった。妻を娶りその勢いと類いまれなる知略、実力で領土拡大中の彼は、気が付けば誰もが実現できず夢を飼い殺していった覇道――大陸制覇も実現させようとしていた。

 そして最大障害――黒いローブを纏った美女、エレナを倒すことで彼の夢は叶う。


「いよいよですわハルバーン様。ワタクシに約束して下さった大陸制覇がもう少しで手の中に」

 

 甘い声を出して頬を赤らめ、琥珀色の大きな瞳を潤ませてハルバーンの顔を覗き込むミルン。

 ハルバーンは「あぁ、お前に最高の景色を見せてやる」と彼女を静かに抱き寄せて、真っ赤なルージュが塗られた唇へ情熱的な口づけをした。

 二人を囲む兵士達から歓喜の声が、波打ったように草原へ響き渡る。

 愛を祝福する大歓声。戦いすら始まっていないのに、さながら観劇のクライマックスのようだ。

 長い口づけを終えた王と王妃の視線は、再度エレナに向けられた。


「行くぞ。我らが覇道はここから始まるのだ」

 

 彼が付けている銀色の首輪型の聖遺物――五体強靭のジェイドが太陽に負けじと眩しいまでに青白く光る。

 そして、近くに待機していた屈強な兵士が四人がかりで持った大戦斧を、軽々と受け取る。

 うっとりと情愛の余韻に浸っていたミルンへ微笑むと、陣形を組む兵士たちの最前線へ向かって行った。

 

「ウフフ、ちょろいですわ」

 

 瞬間――ミルンの琥珀色の瞳が、爛々と妖しく光る。

 それは獲物を狩ろうとする肉食獣の瞳であった。


「覇道、ですか。本当に楽しみですわぁ、自分の身が安泰だったらの話ですけどね。本当の敵は案外近くにいるものですわよ」

 

 赤い唇がにやりと歪む。


「しっかしここまでうまい具合に踏み台へなってくれようとは」

 

 豊かな巻き髪を機嫌よく指でいじりながら、下卑た笑みを浮かべる。

 ミルンが本当に欲しいのは愛でも男と共に追う夢でもない。もっと巨大な規模で世界を手中に収めることこそ、彼女の望みだった。


「エレナ。やっと会えて嬉しいけど、ここでお別れですわね。世界管理者になるのは我が闇の勢力です。嬲り殺されるその様をよ~く見せて頂戴ね」

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