第52話 理由

桜の待つ部屋へ到着した2人。

桜は上座に正座で座り腕を組んで待っていた。


「座れ」


優香は正座で、守は胡坐をかいて肘をつきふてくされる。


「桜さん。先ほどは失礼致しました」


「謝るのはこっちじゃねぇだろ」


「守!」


「いや。その小僧の言うとおり。お主らの実力を知る必要があったとはいえ、失礼な事をした」


桜は畳に両手をつき頭を下げる。


「脚が曲がらぬのでな。すまんがこれ以上は下げられぬ」


「さ・・・桜さん!? 頭を上げて下さい!」


「ふんっ。謝るのんなら最初から謝れよ」


頭を上げる桜。


「小僧・・・いや、守。何故、優香が出来損ないと言われているかは知っておるだろう?」


「まだ言うのか!」


守は方膝を付き、殴りかかろうとする。

それを優香が手で制す。


「優香姉は馬鹿にされて悔しくねぇのかよ!」


「他の人は知りませんが、少なくとも桜さんは私を馬鹿にしている訳ではありませんよ」


「どういう事だよ」


「桜さんは、私が先ほどの力を使おうとしないので、業を煮やしているだけです」


「・・・守。優香はな・・・姉の巫女と同等の力を持っておる。その意味が分かるか?」


「知らねぇよ・・・」


「同等。攻撃面だけ見ればそれ以上かもしれん。つまり、5という事だ。黒田の血統を持ち、あの誠が師として直接鍛えたその拳を封印しておるのだ。姉の巫女に憧れ、並程度にしか使えない盾の真似事をし続けている」


「本人が使いたくねぇんだからいいだろ別に。優香姉は暴力は嫌いなんだよ」


「良い訳が無かろう!!!」


桜は怒声を発し畳を殴りつけた。

その気迫に2人は息をのむ。


「・・・失礼した。・・・守。大きな力には大きな責任がかかってくるもの、お主のその力もその内の一つだ」


「ふんっ。力の使い方なんて本人の自由だろ」


「そうか? では仮に、お主が何の力も持たぬ一般人で悪漢に殴り殺されて虫の息だとしよう。その後ろで弱そうな警官が笛を吹いてやって来る。警官は止める事もせず近づいて笛を鳴らし続ける。その間にもお主は殴り続けられる。その時お主は思うだろう。《《その腰の銃は何の為にあるんだ》》。早く助けろと」


守は渋い顔をする。


「・・・優香と巫女が優しいのはワシらが良く知っておる。2人の祖母でワシらが師と仰いだ 黒田 光 先生にそっくりだからな」


「・・・黒田光っていうと、あの京都大災厄で戦死したって言うあの人か?」


「うむ。まだ乳飲み子だった2人の子供をワシら4人に託し、この国の将来のために 黒田 播磨 先生と共に戦い命を落とした。・・・ワシも結婚し子供を授かって初めて分かった。わが子の愛おしさ。この子のためにも死ねないという思いと同時に、この子のためになら死ねるとも思った。それほどの思いを残して、自ら死を選んだ光先生はさぞ無念だったろう・・・」


桜の目からは大粒の涙が止め処なく流れ落ちた。

その姿を見た2人は複雑な思いにかられる。


「・・・いかんな歳を取るとつい涙もろくなってしまうのう」


着物の袖からハンカチを取り出し涙を拭く。


「光先生は覚悟を持って力を使ったのだ。大切な人のためにその身を盾として散っていった。優香。間違いなく誠はお主のその力をあてにして、最重要戦線へ送り込むはずじゃ。その時戦えないでは話にならぬ。今はいいが・・・来るべき時には迷わぬように心構えをしておいて欲しい」


「分かっているつもりです・・・」


「やっぱり納得いかねぇ・・・そんなの上の勝手な都合じゃねぇかよ! 病院でアンタが見せた勝手な事を言う国民となんら変わり無いだろ! 俺はあんたの世話にはならねぇからな!」


守は席を立ち部屋を去った。


「・・・桜さんすみません・・・。後で良く言って聞かせますので・・・」


「耳が痛いのう・・・。確かに国民を託された使命のために、皆を巻き込んでいるだけなのかもしれんのう・・・。誠じゃないがこういう時、黒田先生の言葉が欲しくなるのはやはり歳か・・・」


家から出てきた守を皆が迎える。


「何の話があったんだ?」


「ちょっとな・・・すまねぇ大地。お前のばあちゃん好きになれねぇわ。俺はここには世話にはならねぇ」


そう言って守は龍人化し翼を広げた。


「守君・・・何処行くの・・・?」


「帰る。その前にキャロルの所へ寄って行く。すまんな皆」


守は翼を羽ばたかせ上空へ飛び立ってしまった。




「あーもうっ! 又失敗ですわ!」


キャロルの手に持った包丁は折れ、万力に設置された大地の包丁はそのままの形を保っていた。

床にはキャロルが作ったであろう折れた包丁が複数個転がっている。

その包丁を見つめていると、大地が馬鹿にしているような気がして更にキャロルの苛立ちを誘う。


「大地のくせに! 生意気ですわ!」


「・・・何やってんだキャロル」


「ひゃっ!」


守の登場にキャロルは小さな悲鳴を上げた。


「な・・・何してますのよ!? 大地の実家へ向かったのでは!?」


「ちょっと色々あってな。そんな事よりお前俺に何か用があるって言ってたろ?」


「ああ・・・その事ですが、その用件は急ぎではありませので、後にしてくださいまし」


「そっか。東京に帰る前にそれを済ましておこうかと思ったんだが・・・」


「帰る? 東京にですの? 何か用事でも出来まして?」


「いや・・・別に」


守は少しばつの悪そうな顔をして目を伏せる。

何かを感じとったキャロルは一つため息をつき、手に持った包丁の柄を床に投げ捨てた。

そして散らかった包丁を箒で寄せ、ゴミ箱へと投げ込む。


「・・・少し休憩を致しましょうか。奥に炊事場があるそうですので、コーヒーでも如何です?」


「・・・折角だが遠慮しとく。じゃ、俺はこれで・・・」


振り返る守の腕をキャロルが掴み止める。


「私の提案は命令と同義ですわ。付き合いなさい」


「・・・」


工場の更に奥の部屋には簡易な居住スペースが設けられており、トイレやシャワーそれにベッドなど最低限な物が置いてあった。キャロルはコンロの上でお湯を沸かし持参したであろうコーヒーカップを2つ用意し、その中へコーヒーを注ぐ。


暗く薄汚れた部屋に似つかわしくない芳醇な香りが辺りを包み込む。

2つのコーヒーカップの内、取っ手が取れた方のカップを守へと差し出す。


「このカップ・・・わざわざ持って来たのか・・・」


「破損の恐れがある、遠出のお供にはもってこいだと思っただけですわ」


「・・・そうか」


守はコーヒーの香りを嗅ぎ、少し口に含む。


「・・・で、どういたしましたの?」


「何でもねぇよ・・・」


「いいから話してくださいまし」


守は先ほどあった一連の事をキャロルに説明した。


「な? ひどい話だろ!?」


終始無言でコーヒーを飲みながら聴いていたキャロルは、無言のまま人差し指をチョイチョイと曲げ守に顔を近づくように指示する。


「なんだよ」


顔を近づけた守にキャロルの頭突きが炸した。守はその衝撃で椅子から転げ落ちる。


「痛てぇな! 毎回頭突きしてくるんじゃねぇーーー」


キャロルは床に倒れた守の胸倉を掴み睨みつける。


「貴方はチーム要の前衛でしょう!? アンタが負けるって事はチームの壊滅を意味しますのよ! それに加え逃げ出したなんて・・・何考えていますの!? この馬鹿守!」


「仕方無ぇだろ! あの婆さん滅茶苦茶強かったんだぞ!」


「だからって逃げていい理由にはなりませんわ! 物事から逃げて必死に自己肯定をしても自己満足にしかなりませんのよ! 戦闘で逃げるのは策ですが、物事から逃げるのは全て愚策ですわ!」


「お前までそんな事言うのかよ!」


掴んでいた胸倉を離し再び椅子へと座るキャロル。


「・・・ですが貴方の気持ちも分からないでもありませんわ。正直、私も同じ事を言われれば怒りを抑える自信はありません」


「・・・何だよそれ」


守も再び席に着く。


「・・・桜さんが言った、黒田先生を警官に例えた話。貴方その意味を理解できていませんわね」


「意味って何だよ。力を持ってる奴が戦えって意味じゃないのか?」


「それもそうですが、その警官がもし私服の一般人なら貴方はどう思いますの?」


「そりゃ・・・助けてくれって思うよ」


「ほら。憎悪ではなく、願いに変わっていますでしょう?」


「だから何だよ」


キャロルは頭を抱え、深いため息をつく。


「警官服=軍服ですわ。軍服を着ている以上は軍人として行動しろ。という事ですわよ」


守は黙り込む。


「とにかく・・・納得したなら明日謝って稽古をつけてもらう事ですわ。世界対龍ランキング17位。ランキング中、最老齢【姥桜うばざくら】と呼ばれ恐れられたあの桜さんに、稽古をつけてもらえるほど勉強になる事はありませんわ。その豊富な実戦経験、知識、全てを余すところ無く学んで下さいまし。貴方だけのためでは無く。貴方の後ろに控えるEチームの皆のため強くなって下さいまし」


「・・・分かったよ。キャロル。お前がそこまで言うなら俺はやるよ」


「どうせ守の事だから、一日寝たら苛立ちなんて忘れてますわよ」


「人を鳥頭みたいに言うなよ」


「龍も大きな鳥みたいなものでしょう」


「確かに」


「・・・馬鹿。さ、今日はもう暗いですし、帰っても気まずいだけでしょう。こういうのは本当に日日薬に限りますわ。今日の所はここに泊まって明日朝戻ればよろしいですわ」


「・・・泊まる? ここに? お前と2人でか?」


キャロルは自分で言っておいて、その事実に今更気がつき、見る見るうちに顔が真っ赤ってゆく。


「わ・・・わたくしがこの部屋を使うに決まってますでしょう!? 守は隣の工場の床にでも寝て下さいまし!」


「はいはい・・・」


隣の部屋に向かう守。


「ちょっ・・・ちょっと待って下さいまし! まだ寝る時間には早いですわ! 寝るまでは部屋に居なさい!」


「どっちだよ・・・ま、いいけど」


「こ・・・コーヒーを入れますわ!」


再びカップにコーヒーを注ぐ。

席に座った2人は会話も無く熱いコーヒーを少しずつ飲む。


「な・・・何か話しなさいよね」


「話せって言われても・・・あっ。そうだ。俺に用事って何だったんだ?」


「ああ。少し試したい事がありまして。色々な素材のあるここでなら試せるかと」


「試すって何を?」


「守の血液を使った素材の反応実験ですわ。思い出したついでに血液を採取させて下さいまし」


キャロルはそう言って席を立ち自分のバッグから注射器を血液を入れるスピッツと呼ばれる細長いビンを取り出した。


「今から採血すんのか!?」


「ええ。腕を出して下さいまし」


キャロルは手際良く準備を始めた。

守は用意された腕置きに腕を置く。


「キャロルお前注射も出来るのか。流石だな」


「やった事はありませんが、理論上血管に刺せば血は出るはずですわ」


「ちょっと待て!」


「動かないで下さいまし!」


キャロルは守の腕に注射針を突き刺す。


「痛えええぇ!」


「あ。」


「あ。って何だよ! 失敗したのか!?」


「いえ。血はちゃんと採血出来てますわ。」


スピッツに血が溜まってゆく。

ある程度まで血が溜まると、次のビンを装填する。


「何本取るんだよ・・・」


「10本ほど」


「10本!? 俺死なねぇか!?」


「倒れたら輸血すれば良いだけですわ」


「なるほど・・・。じゃねぇよ!」


キャロルは無視して採血を続け、ついに10本の採血し終えた。


「そんなに血無くなって俺の体大丈夫かな・・・」


採血された血液量を見て少し心配になる守。


「まだ取れそうですわね」


「今日はこれで勘弁してくれ!」


「ふんっ。情けないですわね。心配ならコーヒーを飲んで無くなった血液を補充してくださいまし」


「俺の血液はコーヒーかよ・・・」


そういいながら守は冷めたコーヒーを口に含んだ。


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