第26話 キス
「なあ、直美入ってもいいか?」俺は彼女の部屋の扉をノックする。
「・・・・・・・どうぞ」直美の声が聞こえた。俺はゆっくりとドアを開ける。中に入ると机に向かって宿題でもしている様子であった。
「なにか用事でも・・・・・・・私忙しいのだけど」彼女はこちらを見ようとはしない。
「あ、あのさ、明日の土曜日は何か予定でもあるか?」俺は照れくささを誤魔化すように頭の後ろを掻いた。
「え、な、何、どういうこと?!」直美が振り返り様に慌てて椅子から転げ落ちた。
「だ、大丈夫か?」俺は駆け寄り直美に手を差し伸べる。彼女はその手を掴もうとしたが、咳払いをしながら結局自力で立ち上がった。
「平気よ、気安く触らないで・・・・・・他の女の子と私を一緒にしないでよ」直美は腕組みをして顔を真っ赤に染めていた。
「ああ、悪い」なぜ謝っているのかは自分でも解らなかった。
「と、ところでさっきの続きだけど・・・・・・」直美が妙に体を乗り出してきた。
「ああ、新しい服を買いたくてさ。でも俺センス悪いから・・・・・・直美が見立ててくれないかなと思って」
「え、見立てるって、私と幸太郎君と二人で出かけるって事?」目を見開いて自分の顔を指差し更に体を乗り出してきた。その勢いに俺は少し圧倒される。
「ああ、もし良かったらなんだけど・・・・・・・駄目かな?」鼻の頭を人差指で掻いてみる。
「え、ど、ど、どうしようかな・・・・・・あ、明日は、よ、予定が、な、無かった・・・・・・かな」直美は慌ててスケジュール帳を確認しだした。なんだか確認したいページが見つからない様子であたふたしている。
「用事があるなら、詩織さんか愛美ちゃんに頼むけれど・・・・・・・」直美の予定が埋まっているのであれば致し方ない。
「し、詩織姉さん?! ちょ、ちょっと待って! だ、大丈夫よ! 明日は一日空いているわ!」ろくにスケジュールの確認している様子では無かった。
「そうか、有難う!」俺は彼女に礼を言った。
「べ、別にお礼なんて・・・・・・いいわよ、別に」直美は俺が部屋に入ってきた時と同じように机に体を向けた。
「じゃあ、明日ヨロシクな!」俺は直美の部屋から出た。ドアを閉めて数歩歩いたときそれは聞こえた。
「ウヒヒヒヒ!」突然の笑い声に驚いた。その奇妙な声は直美の部屋から聞こえたような気がした。先ほど椅子から落ちた時に直美が頭でもぶつけたのかと心配になった。
「直美、大丈夫か?!」ドア越しに彼女に声をかけた。
「な、なに? 大丈夫よ」直美の声が聞こえた。どうやら俺の気のせいであったようだ。直美の声を聞いて安心して俺はリビングのソファーに移動した。
ファムに部屋を占領されてから直美の部屋で寝ていたが、さすがに男の姿で一緒の部屋で眠るわけにはいかず、俺はこのソファーの上で今晩から眠ることになった。制服、学校の道具もここに移動済みである。叔母さんが心配して、叔母さん夫婦の部屋で一緒に寝るかと提案されたが、それも気まずいので丁寧にお断りしておいた。
ソファーに腰掛けて少し考え事をしているとぬいぐるみを抱えてパジャマに着替えた愛美ちゃんが現れた。
「お兄ちゃん、愛美の部屋で一緒に寝ようよ!」愛美ちゃんが無邪気にはしゃいだ感じで誘ってきた。
「御免・・・・・・考えたいことがあるんだ」愛美ちゃんのお誘いも丁重にお断りさせていただいた。この娘は幼い感じがするが実は姉妹の中で実は一番何を考えているのか理解できない。危険な香りだ・・・・・・。
「ふんだ、後悔しても遅いからね!」愛美ちゃんは頬っぺたを大きく膨らませて自分の部屋に向かって階段をかけて昇って行った。何が遅いのかはよく解らない。
「まったく・・・・・・」振り返ると詩織さんがいた。
「詩織さん一体・・・・・・・?」
「喉が渇いたから水分補給に来ただけよ。他意はないわ」露出度の高いショートパンツとTシャツに目のやり場が無い。冷蔵庫の処に行き、扉を開けて物色している。
彼女は中から牛乳パックを取り出すと、蓋を開けて豪快にがぶ飲みした。風呂上りなのか詩織さんの肌が赤みを帯びて凄く色気を感じた。シャンプーの匂いなのかとても心地の良い甘い香りが漂う。
「特に男前でもないし、決断力も積極性もなし、おまけに鈍感・・・・・・なぜ、女の子達があなたに魅かれていくのかしら・・・・・・」好き放題に詩織さんは意見を述べた。
「はあ?」言葉の意味がよく解らず聞き返した。
「気にしないで」詩織さんはもう一度牛乳を口に流し込んだ。その仕草も何故か大人っぽいものに見えた。
「詩織さん・・・・・・俺・・・・・・」旨く考えをまとめる事が出来ないでいた。
「考え込まないで、ただこの先なにがあっても信念を持って行動すること。皆、あなたの事を信じているから」言いながら俺の頬に優しくキスをした。
「し、詩織さん?!」俺は突然の出来事に慌て、体を仰け反った。
「うふふふ、御免なさい、他意があったかもしれないわね。お休みなさい」悪戯っぽい笑みを浮かべ詩織さんは牛乳パックを片手にリビングから姿を消した。
詩織さんの唇が触れた辺りに手を添えた。なぜだか特別な魔法でもかけられたような感じであった。
俺はソファーの上に寝転び、毛布を引被り眠ることにした。目を閉じるとあっという間に俺の意識は夢の中に落ちていった。
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