第5話 弁当
教室に飛び込むと丁度にチャイムが鳴った。
魔女の力を駆使して、なんとか遅刻は免れた。シオリさんは空中浮遊の能力も持っているので、俺と直美を残して優雅に宙を舞って飛んでいった。 彼女は余裕で授業に間に合ったであろう。
着席して呼吸を整え、しばらくすると担任の平山が教室の扉を開けた。
「おい、チャイムは鳴っているぞ! みんな着席しろ」平山の声に反応して生徒達は慌てて着席した。
俺の席は教室の一番後ろ、直美は同じ教室の比較的前席に座っている。彼女とは腐れ縁というか学校でもほぼ一緒の部屋にいる。 学校でも何かあると直美が俺の世話を焼いてくれるので、クラスメイトからは二人は付き合っていると思われているようだ。校内では直美は異性からの人気があるようで彼女のファンが多数いるようである。俺は嫉妬の目に晒されている。決してそのような事実は無いのだが・・・・・・。
平山の隣に見慣れない制服を着用した少女が立っている。髪を後ろで束ねて所謂ポニーテールというものであった。
「今日からこのクラスに転校してきた仲間を紹介する。
「神戸 美琴です。皆さんヨロシクお願いします」彼女はペコリと頭を下げた。
「そうだな、神戸の席は・・・・・・勅使河原の隣が空いていたな、おい
「は、はい!」返事をしたのは俺であった。ちなみに俺のフルネームは
「あの返事した奴の隣が空いているからそこに座るように、それから分からないことがあったら皆に聞くように」平山は俺の隣の空室を指差した。
神戸は俺の隣の席に座った。
「ヨロシクお願いします、勅使河原君」神戸はニコリと微笑んだ。
「あ、ああ、ヨロシク」俺は照れ隠しをしながら彼女から視線を逸らした。 なぜか、前方から直美の恐ろしい視線が突き刺さってくる事を感じていた。
「御免なさい・・・・・・勅使河原くん、教科書を見せてくれない? 私、まだ教科書を持っていないの」少し頬を赤く染めて神戸がお願いをしてきた。
「ああ、いいよ」俺がそう言うと、神戸が机を俺の机に密着させるように移動させてきた。 俺の教科書の端を彼女が掴む。 自然と肩が当たる。(柔らかい・・・・・・)俺の体は逆に緊張で硬くなった。
神戸の体からは、何とも言えない華のような甘い香りがする。 俺の鼻腔は全開状態になっているであろう。
前方から突き刺さる視線が更に厳しくなったような気がした。この際それは無視することにする。
「ねえ、勅使河原君・・・・・・」突然神戸が話しかけてくる。
「えっ、何?」唐突なイベントに俺は驚く。
「魔法使いっていると思う?」その問いに俺は驚いて唾を飲み込んだ。
「な、なんだよそれ、子供のアニメじゃあるまいし・・・・・・そんなものいるわけないだろう」俺は彼女に目を合さないようにして返答した。
「そうよね・・・・・・・空想の話よね、普通は」彼女の言葉が意味深のように感じた。 しかし、それ以上この話題を続けることは無かった。
休み時間になると、神戸の周りは人だかりになっていた。
「神戸さんは何処から転校してきたの?」
「趣味は何?」
「部活は決めているの?」
「彼氏はいるの?」
その質問攻めを彼女は笑顔でそつ無くかわしていた。
「ねえ、勅使河原君。お昼一緒に食べませんか?」昼休憩の時間になり神戸が声をかけてきた。
「え、俺と・・・・・・」俺の弁当は直美がいつも用意してくれている。その弁当を机の上に出してから今正に蓋を開けようとしていた時であった。
「ええ、私とじゃ嫌ですか?」神戸は少し悲しそうな表情を浮かべた。
「いや、そんな訳では」断る理由も特に見つからなかったので承諾してしまった。
「じゃあ」そう言うと、神戸は席が向き合うように机を移動させた。
周りの男子生徒達の顔面が硬直する。「直美ちゃんだけでなく、美人転校生までも・・・・・・・勅使河原め!」なんだか、クラス中から殺意の視線が俺に集中しているような気がする。 特に前方の女子からの視線には耐え難い怒りを感じる。
「勅使河原君って、人気者なのね」神戸がとぼけたように呟く。それは君の勘違いと思われますが・・・・・・・。
俺は直美の作った弁当を開ける。ご飯の上が可愛くデコレーションされている。
「可愛いお弁当。お母さんが作ってくれるんですか?」
「いや、これは直・・・・・・・いや、総持寺が作ってくれて・・・・・・・」その瞬間、クラスの中が凍りついたような空気に包まれた。
「おい、勅使河原・・・・・・・お前、総持寺さんに弁当作ってもらっているのか?!」声を震わせながら北島が聞いてきた。北島は俺と同じクラスの男子生徒である。あれ、皆さん今まで知らなかったの・・・・・・。
「な、なにー!」他の男子も群がってきた。
「なんだよ、お前ら!」俺は弁当を隠した。
「お前は、総持寺さんの弁当に、それに今度は神戸さんも独り占めしやがって! 俺にもその弁当食わせろ!」北島は箸を伸ばしてきた。
北島の動きを合図にしたかのように、直美の作った弁当のおかず争奪戦が始まった。
「や、やめろ!」あっという間に、弁当箱は空になってしまった。
「勅使河原君、可愛そう・・・・・、私のお弁当を分けてあげるわ。はい、あーんして」神戸が自分の弁当の中から卵焼きを箸で摘み、俺の口元に差し出した。 俺はつられて食いついた。
「お、旨い!」そのあまりの美味しさに俺は歓声を上げた。 その一連の動作を見て男子達はもう一度固まっていた。
「ちょっと、あなた達何やっているのよ?!」直美が飛び込んできた。神戸が差し出した箸をくわえる俺の姿があった。
「な、な、な、なにしているの? それ、私が作ったお弁当は?」明らかに直美の表情が怒りに満ちている。
「いや、これは・・・・・・・つい勢いで・・・・・・・」
「最低!」言いながら直美は俺の顔面にビンタを喰らわせて教室から走って出て行った。その目には涙を溜めていたような気がした。
「直美!」俺は慌てて後を追った。
教室の中は静まり返っていた。
屋上に駆け上がると少し強い風が吹いていた。こんなに天候の悪い日が続くと農作物も育たないであろう。
辺りを見回すとフェンスにもたれて直美が立って
「直美・・・・・・・」彼女の名を呼ぶと体を翻して俺に背を向けた。返答は返ってこない。
「皆が、お前の弁当を欲しがってさ・・・・・・・皆に食べられてしまったんだ」
「・・・・・・・」彼女は何も答えようとしない。
「それで、神戸が・・・・・・・俺が食べるものが無いって・・・・・・」
「・・・・・・・それで、食べさせてもらっていたの?あーんって!!」
「御免、皆にお前の弁当取られて!」俺は両手を合わせて拝むように謝った。
「・・・・・・って、私が怒っているのはそこじゃ!」そこまで言葉を出した瞬間、直美の目の色が変わった。
「どうした?」
「危ない!」そう言うと、直美は俺の体に飛びつき地面のうえに転がった。その動作と同時に大きな音が響き渡った。
「な、なにを?!」俺は直美の急な行動の意味が理解できなかった。
俺の頭を抱いて直美がその音の方向を確認している。 俺の顔は直美の大きな胸に埋もれていた。
「上手に避けるわね」女の声が聞こえる。その方向に目を向けると、空中に浮かんだ女の姿があった。女は露出度の極めて高い服装をしている。二つの胸は今にも飛び出しそうなほどの勢い、スカートも極めて短く、下着が見えないのが不思議なぐらいである。
肩にはマントを羽織っており、頭には先の尖った長い帽子を被っている。
その姿は、俺がイメージする魔女の姿であった。
さきほど大きな音がした所には、バーベルのプレートが落ちてコンクリートにヒビが入っている。
「幸太郎君、気をつけて!」そう言った瞬間、直美は指輪に触れた。 彼女の服が弾け飛び白いスーツ、桃色の髪の少女に変身した。
「お、おい! 直美・・・・・・・・」俺は制服が弾け飛ぶ様子を至近距離で直視してしまい顔を真っ赤に染めた。
「やだ! エッチ!」そう言うと、ナオミは胸の辺りを手で覆った。
すでに手遅れです。
「ほう、それで能力を使える状態になったというわけね!」女が手を振り上げると鉄球のようなものが現れて俺達目掛けて飛んでくる。
その攻撃をナオミはサイコキネシスで受け止めた。
「す、すごい力!」ナオミの表情が苦痛に歪む。(詩織姉さん・・・・・・・助けて!)ナオミが詩織さんに助けを求めた。
俺達は、モンゴリーに力を貰ってから互いにテレパシーで会話ができるようになっていた。 俺達の間ではもはや、スマホも必要ない状態になっていた。
「ち、畜生、仕方ねえ!」俺は指輪に触れて念を込めた。
先ほどのナオミと同様に俺の服が弾け飛ぶ。胸が大きくなり体が少し丸みを帯び、 髪の色も金髪に変わる。俺の体はミニスカートを履いた少女の姿に変わっていた。
「くそ! やっぱり股座がスウスウするぜ!」俺の顔は真っ赤にそまっているであろう。
俺は走り出して床に埋まっていた先ほどのプレートを掴み、空中の女目掛けて放り投げた。 プレートは女の目の前で爆発した。「くっ! やるわね!」右掌をプレートに差し出して爆風を防御した様子であった。 彼女は何故か少し嬉しそうな顔をした。
「これは、なんの騒ぎなの?!」先ほどのナオミの声を聞いた、詩織さんが飛び出してきた。
「結界を張っていて、普通の人間はこの屋上には近づけないようにしたはずだが、お前も同類か?」女は感心したような顔を見せた。
「詩織姉さん!」ナオミが名前を呼んだ。 詩織さんはその声に反応するように変身した。
詩織さんの服が弾け飛び、俺達と同じような服装に変わった。彼女が右手をかざすと、強烈な勢いの水が噴出す。
「ちょ、ちょっと、ずぶ濡れになっちゃうじゃないの!」女はマントで体を隠して、水流を逸らした。
「それじゃあ、乾かしてあげるわ」詩織さんが左手を向けると、激しい炎が女を襲う。
「たいしたものだわ!あなたはその力を使いこなしているじゃないの」女は手にしたスティックのような棒を回転させて炎を弾き返した。
「やめるのだ、シオリ! それと・・・・・・・エリザ!」聞きなれた声が聞こえた。
声の方向を見ると、一匹の猫が上空の女を見つめていた。
「モンゴリー!」俺はその猫の名前を呼んだ。
「えっ、モンゴリー? あれが?」女はモンゴリーのことを知っているようであった。
「エリザ・・・・・・・」モンゴリーは女の名を呼んだ。 女の名前はエリザと言うらしい。
シオリさんは、攻撃の手を止めた。
「なに、あなた達知り合いなの?」シオリさんが聞いた。
「ああ、私の・・・・・・・仲間だ」モンゴリーはため息をつきながら返答した。
俺達は改めてエリザの姿を見た。 彼女は微笑みながら軽く徒を振っている。
「どうして、その仲間が私達を襲ってくるのよ!」ナオミは疲れきった顔を上げてモンゴリー達を睨み付けた。
「あなた達の力がどの程度か知りたかったのよ。 そちらの二人は十分な力を発揮出来ていないようだけどね」エリザはシオリさんを見た。「そちらのお嬢さんは、合格ってところかしら」シオリさんは長い髪を掻き揚げて、少し得意げな顔を見せた。
「エリザ、何をしに来たのだ?」モンゴリーが問いかけた。
エリザが宙から舞い降りた。その体が光に包まれる。そして見慣れた制服を着た少女の姿に変わった。
「お、お前は・・・・・・・・神戸?!」目の前に立っていたのは、転校生 神戸 美琴であった。
「なんの冗談なの?」ナオミが不快感を体で表現していた。
「この学校に、強烈な魔力を感じたのよ。 きっとモンゴリーが生徒に紛れているのだと思ったのだけど、まさか猫になっていたとは思わなかったわ」神戸は呆れた顔をしながらモンゴリーの姿を見つめた。
「私は、・・・・・・獣魔との戦いで呪いをかけられた。この姿では魔法を操ることが出来ないでいた。それで、素質を見出した彼女達に私の力を与えたのだ。 ・・・・・・・万一の時に備えて」モンゴリーが空を見つめた。
「万一の時・・・・・・・? それはともかく貴方の力が必要・・・・・・・だったのだけど」神戸は猫を見つめながらため息をした。
「それは、前にモンゴリーが言っていた戦いのことか?」俺は以前モンゴリーが言っていた言葉を思い出していた。俺の言葉を遮るようにモンゴリーが口を開く。
「私は、魔力を使えなくなった身だ。 今更魔界には戻れる筈がない」何か事情があるようだが、それは俺達には分からなかった。
「そうね。 でもあなたが居なくなったと知れたら、獣魔やその他の魔物が人間界を襲って来るかもしれない。それを阻止する為には、彼女達の存在をアピールする必要があるわ」神戸は俺達を見た。
彼女のその目は真剣なものであった。
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