第14話

 星司は突進しながら、肩めがけて棍棒を振り下ろした。

 それを昌克は横へ大きく動いて回避する。

 一瞬前まで彼が立っていた位置に、棍棒の先端が激突。

 強固な岩盤がクレーター状に粉砕され、轟音が鳴り響き、破片が飛び散った。

 恐るべき破壊力だ。


「はぁっ!」


 気合と共に一瞬で棍棒を引き抜くと、星司は間を置かずに振った。

 超高速で弧を描き、正確に脇腹へ襲いかかる凶器を、昌克は大きく後退して回避。

 棍棒は空振りの音を鳴らしながら、彼の前方を猛烈な勢いで通り過ぎた。

 風圧で黒髪が激しくはためき、耳も酷く痛むが昌克は怯まずに岩盤を蹴って接近し、星司に殴りかかる。

 しかし次の瞬間。

 打撃音と呻き声が同時に響き渡った。

 瞬時に棍棒を引き戻した星司が、柄で昌克の拳を叩いてパンチの軌道を下へずらしたからだ。

 その巨体に似合わぬ反応速度である。

 痛みで顔をしかめつつも、昌克は素早い動きで大きく後退した。


(手は……無事みたいだね)


 数メートル前方の星司から目を離さず、片手を少し動かして状態確認する。

 特に支障はない。

 痛みさえ我慢すれば、問題なく動かせる。

 骨が折れたり砕けたりはしていないようだ。


(それにしても相変わらず恐ろしい怪力だ)


 星司の棍棒は、並の下級魔物が数体がかりでようやく持ち上げられるほど重い。

 そんな物を片手で軽々と振り回せる怪力こそ、彼の最大の武器だ。

 加えて、相手の攻撃に対する反応も遅くない。 


(やはり素手で勝てる相手じゃないな)


 昌克の格闘能力は決して低くないが、専門家の泰明と比べれば劣る。

 彼の強さは武器を使ってこそ、最大限に発揮されるのだ。


「……」


 昌克は無言で、懐から何かを取り出した。

 折りたたまれた白い布だ。

 それを瞬時に広げ、片手で構える。

 大きさは縦横一メートルほどで、特に凝った装飾はない。

 戦闘用の改造も施されていないが、昌克の技量で扱えば立派な武器となる。

 白布を構える彼に対し、星司は真剣な表情で口を開いた。


「さっそく得意の武器を使うか。俺が棍棒を扱う技術と、どっちが上か見物だな」


 言い終えるなり、彼は動いた。

 数メートルの距離を瞬時に詰め、棍棒を突き出したのである。

 直線的だが恐ろしく速い。

 しかし昌克は慌てることなく、冷静に白布を振る。

 棍棒を横から叩いて打撃音を響き渡らせ、見事に軌道をずらした。


(今だ……!)


 心の中で叫ぶと同時に、昌克は素早く踏み込んだ。

 残像を伴うほど速く白布を振り、星司が引き戻す前に棍棒を絡め取ろうとする。


「ちっ……!」


 少し焦りの表情を見せつつも、星司は咄嗟に後退して距離を取った。

 すかさず彼を追いかけ、上から白布を振り下ろす昌克。

 狙いは、棍棒を持っている方の腕だ。

 その攻撃を星司が横へ動いて回避した瞬間。

 白布は岩盤を深々と陥没させ、轟音を響かせる。

 間を置かず動き、追撃しようとする昌克だが、できなかった。

 星司が近くの岩石を棍棒で粉砕し、無数の破片を激烈な勢いで飛ばしてきたからだ。


(数が多い……!)


 おまけに飛来速度も圧倒的で、この至近距離では回避など間に合わない。

 ならば防御に徹し、少しでもダメージを減らすしかないだろう。


「くっ……!」


 超高速で飛来する破片を、昌克は白布で巧みに受け流していく。

 だが全てを防ぐことはできなかった。

 刃のように尖った破片の幾つかが、腹部に深く突き刺さってしまったのである。


「あぁぁっ……!」


 昌克は激しい痛みに襲われ、叫び、一瞬だけ動きを止めた。

 隙だらけだ。

 それを見逃さず星司は突進し、棍棒を昌克に叩き込もうとしてきた。

 浅くない傷を負い、激痛に気を取られた直後というタイミングで、だ。

 回避できるはずもなく、昌克は脇腹に直撃を受けた。


「がはっ……!」


 轟音と共に呻き声を上げ、大量の鮮血を吐いて吹っ飛んでいく。

 やがて岩盤の上へ落ち、勢いで何度も跳ねて転がり、止まる。

 

「うぅ……!」


 呻き、呼吸を荒くしながら昌克は岩盤に手をついた。

 今の一撃で肋骨が何本か粉砕されたらしく、焼かれるような激痛が脇腹に走っている。

 破片が刺さった部分や、衝撃が浸透した内臓のダメージも、無視できるほど軽くはない。

 しかし完全に動けなくなるような重傷でもないため、昌克は足に力を入れて何とか立ち上がり、白布を構える。


「まだまだ僕は終わっていないよ……星司……!」


 彼が力強く宣言し、白布を軽く振った瞬間。

 その姿を見て、感心するように星司は呟いた。


「大した頑丈さと精神力だな……ぜひ過激派に転向してもらいたいものだ」

「何……?」

「俺達の仲間になってほしいと言っている」


 一瞬だけ、昌克は状況も忘れて呆然とした。

 いきなり星司は何を言い出すのだろうか。


「昌克。別に冗談ではないぞ」


 真剣な表情で彼は続けた。


「お前ほどの強者を敵のままにしておくのは惜しい。過激派に入れ、昌克」


 本気で言っているのかどうか、昌克は判断に迷った。

 どちらにしろ、返事は最初から決まっている。


「断る」


 即答だ。


「今のように正体を隠すことなく、魔物が堂々と表舞台に出て、人間と共にお互いを尊重し合い、対等に暮らしていける社会。その実現を諦めるつもりはないからね」

「本当か?」


 挑発的な笑みを浮かべて星司は言った。


「共存派のお前達ですら、正体を隠さなければ迫害から逃れられなかったんだぞ。お前達が魔物と知った上で協力するような人間と出会えたのも、それほど昔のことではないだろう?」

「……」


 事実だ。

 警察、自衛隊、政府の人間と同盟関係になれたのは数十年前。

 長命種の魔物からすれば確かに、あまり昔のこととは言えない。


「一般人に正体を知られたら、ほぼ確実に爪弾きにされる。それも分かっているはずだがな」

「ああ……言われるまでもないさ」


 昌克とて、昔は散々迫害を受けてきた身だ。

 そんなことは分かり切っている。


「だけど楓ちゃんのような一般人も確かにいる。養父の泰明が魔物と知っても、彼女は受け入れた!」


 実際に会い、言葉を交わし、その心情と覚悟を知った時に昌克は思った。

 楓は、共存派にとって希望だと。


「だから」

「希望はあると言いたいのか」


 そう呟く星司の表情が、どこかこちらを哀れんでいるように感じるのは、気のせいだろうか。

 内心困惑しながらも、昌克は彼の言葉に耳を傾けた。


「楓が一般人、か。記憶を失う前の彼女が、過激派の実験か何かに付き合った、あるいは付き合わされた人間と思っているわけだな」

「違う……のか……?」


 誘拐被害者百人の証言を聞き、楓や少女達は記憶を失う前に過激派の実験で特殊な処置を施されたのだと推測していた。

 しかし星司の口振りからすると、事実は異なるらしい。


「お前は肝心なことを知らないようだな」

「どういうことだい?」

「悪いが、ここで喋るつもりはない。それにわざわざ俺が言わずとも、いずれ分かることだしな」

「……」


 もちろん、星司がこちらを混乱させるために嘘を言っているとも考えられる。

 アジトへ戻ったら調べ直してみようと、昌克が思った瞬間。

 星司は少し間を置いて言った。


「それより、もう一度だけ確認しておく。過激派に転向する気は、ないんだな?」

「ない!」

「それなら叩きのめすだけだ。殺しはしないから安心しろ。色々情報を吐かせるために、生かしておく必要があるからな」

「そう簡単に……僕を倒せると思わないことだね」


 言いつつ、昌克は力強い眼光を星司に向けた。

 重傷を負った身でも、勝算はある。


(来い……星司……!)


 彼が心の中で叫んだ直後。

 星司は動いた。

 巨体からは想像もできないほど速く一気に距離を詰め、棍棒で膝を狙ってくる。

 だがそれは当たらなかった。

 昌克が白布を超高速で叩き込み、星司の手首を見事粉砕したからである。


「がぁっ!?」


 両目を見開いて驚き、棍棒を落とし、悲鳴を上げて立ち尽くす星司。

 これこそ、昌克が狙っていた勝機だ。

 情報を吐かせるために生かしておく必要があるなら、一撃で死に至らしめる確率が高い位置に棍棒は打ち込めない。

 つまり頭部や胸部は狙えないのだ。

 脇腹も、砕けた肋骨が内臓に突き刺さって死ぬ可能性を考えれば、何度も攻撃できない。

 故に、狙ってくる場所は容易に絞り込める。

 肩、もしくは足。

 そこまで分かっていれば、攻撃に合わせて白布を打ち込み、手首の骨を破壊することもできるというわけだ。


「ぬぅっ……!」


 大量の冷や汗を流しつつも星司は無事な方の腕を伸ばし、棍棒を掴み取ろうとするが、間に合わなかった。

 その前に昌克が再び白布を振り、猛烈な勢いで手首に打ち込んだためだ。


「うぐっ……!」


 これで、彼は両腕の手首を破壊された。

 さすがに表情は青ざめ、汗の量も増えている。

 誰が見ても勝敗は明白だ。


「……」


 それでも昌克は警戒して構え続ける。

 隙を作らない彼に対し、星司は頭部を横に振って呟いた。


「両腕が使えぬ状態でお前に勝てると思うほど、馬鹿ではない。俺の負けだ」


 言うや否や、彼は岩盤に両膝をついた。

 本当に負けを認めたようだと考えながらも、昌克は油断せずに構えを解かない。

 そして、ふと思った。


(泰明や楓ちゃんの方は……どうなった……?)


 星司を警戒しつつも、今の彼が最も気にしていることは、大切な仲間達の安否であった。

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