不幸な笑顔
ゆーり。
不幸な笑顔①
朝の学校。 教室へと向かう騒がしい足音が響く。 茶色の髪を揺らし、携帯を握り締めている少年、夕樹(ユキ)は嬉しそうに角を曲がった。
―ドンッ。
その瞬間、一人の少女とぶつかってしまう。 幸い速度を落としていたため大事に至ることはなかったが、ぶつかったことに変わりはない。
「わわッ、ごめん!」
「・・・」
少女はチラリと夕樹のことを見ただけで、そのまま行ってしまった。 黒のセミロングが乱れていたのは、ぶつかった衝撃のせいだけではない。 普段から、整っていないということを知っていた。
―――・・・ぶつかったのはこっちだけど、小倖(コユキ)さんって本当に不愛想だよなー。
とはいえ、文句を言われるよりかはマシだ。 そんな彼女の背中をぼんやりと見つめていると、後ろから声がかかった。
「こんなところで、何ボーっと突っ立ってんの?」
「あ、聖(セイ)ー! まだ来ていなかったのか! 話したいことがあったんだ」
「朝は、ちょっとな。 話したいことって?」
「えっとね・・・」
「歩きながら話そうぜ」
二人は教室へと向かい、歩き始める。 夕樹は携帯を操作すると、聖に画面を差し向けながら笑った。
「昨日のNステ、光冴(コウガ)様が出ていたんだよぉ! 超カッコ良かったぁ」
「え、話したいことってそれ?」
「うん! めっちゃ大事なことでしょ? ちゃんと見た!?」
「・・・いや、見てない。 つか、アイドル自体あんまり興味がないのに、更に男ってなぁ」
「別に性別は関係ないよ! 男はカッコ良い、女は可愛い。 それだけの話だって」
「ふぅん。 まぁ、俺は別にいいかな」
「それ、絶対に人生を損しているよぉ・・・」
そう言って肩を落とした瞬間、夕樹の背中に衝撃が走った。
「お二人さん、おっはよー!」
笑って登場したのは、春人(ハルト)だ。 夕樹、聖、春人は中学からの友達で仲がいい。 運がいいことに、クラスも一緒で充実した日々を送っている。
「痛いなぁー。 とりあえず、おはよ! ねぇ、春人は昨日のNステ見た? 光冴様が出ていたんだけど!」
「あー、ちょっとだけ見た。 そんなことより! 聞いたか? 小倖さんの奇妙な噂!」
「そんなことって・・・。 まぁ、いいか。 聞いたよ。 彼女の笑顔を見ると、よくないことが起こるっていうヤツね」
「そうそう!」
夕樹は言いながら、先程ぶつかった少女のことを思い出していた。 物静かで誰かと話しているところすら、あまり見たことがない。 教室では、俯いているか本を読んでいるかだ。
「あくまで噂だけど、そんな変な噂を立てられてちょっと可哀想だよね」
「まぁな。 でも、それを聞くと彼女を笑わせてみたいって思わね?」
春人はそう言って二人の肩を叩いたが、夕樹は肩をすくめ、聖は首を横に振っていた。
「えー、嫌だ」
「俺もパス」
「えー!? 何で!?」
「何でって、不幸になるって言われているのに誰が自分からそんなことをするのさ」
「俺は別に、興味がないからっていうだけだけど」
二人の言葉を聞いた春人は不満気に唇を噛み、地団駄を踏んだ。
「俺たちの日常には刺激が足りねー! 刺激だよ刺激、分かるだろ!」
「俺には光冴様がいるから、刺激は足りているの!」
「刺激がほしいなら、シゲキックスでも食べていればいいんじゃね?」
シゲキックスとは、非常に酸味の強いグミのお菓子だ。 いや、それはどうでもいいだろう。
「あ、分かった。 お前ら、もしかして怖いんだろ?」
「は、はぁ!? こ、怖くなんかねぇし!」
「だから俺は興味がな・・・」
春人はニヤリと笑うと、二人の肩を仰々しく抱いた。
「よぉーし、決まり! 怖くないならできるよな? 興味がないなら、俺たちに付き合うくらい構わないだろ? みんなはビビって試さないんだ。 噂の真相を確かめたら、俺たちは有名になるぞー!」
「有名になったら、光冴様に近付くことができるかな・・・?」
「できるできる! 最初はみんな、小さなことからスタートするんだ」
「・・・仕方ないな」
聖は二人を見て、諦めていた。 というより、春人は言い出したら聞かないのだ。 最初からこうなることを、聖は薄々分かっていた。 だが春人は、次にとんでもないことを口にする。
「普通にやっても面白くねぇし、三人で勝負しようぜ! 誰が一番に笑わせられるのか! もちろん、トップバッターは言い出しっぺの俺から行くからさ!」
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