第九話 思惑

─── アルザス帝国首都グレアレス


 首都とその背景に続くアルザスを一望できる宮殿のテラスに、ふたつの人影があった。


 白の詰襟のシャツに、黒いレース編みのガウンを羽織るというリラックスした出で立ちながら、白で統一された宮殿に重々しい存在感を放つ男。


─── アルザス帝国第八代皇帝

ハーリア・クラウス・アスティローズ


 アルザス北方民族の特徴的なオレンジがかったアッシュブラウンの髪が、日没前の黄金色の陽に照らされ、その権威を可視化したオーラの如く輝かせている。

 彫りの深い目元に影を落としつつも、その奥にある鋭い瞳は、煌々こうこうとしてアルザスの向こうを見つめていた。


 その隣に立つ、誰もがすくむような巨躯きょくを誇る深い藍色の制服姿の男は、眼下に広がる中庭で仕事終わりの片付けをする庭師を眺めている。


─── 宰相ローフィアス・ファーレン・ジニア


 叩き上げの軍人上がりでありながら、アルザス最高の頭脳を誇る、ハーリアの右腕と誰もが認める男。


 先のローオーズ領ホーリンズの出兵騒動と、アルムナ王国の侵攻に揺れた中央諸国連合を、たったひとりで押さえ込み、むしろ帝国の権威を上げさせた人物である。


「アケル側は我が軍の脆弱さに踊らされ、首都ペリステムと中央部州商業都市エルバニアの、正規軍予備連隊に食らいつきました。

……当初の予定通り、アケル戦力は北部州へと集中しております」


「うむ」


「先遣の民兵は敗北、その多くに回収の見込みはありません」


「……蛮族、犯罪者、不法滞在者をまとめて処理出来たのだ。移民特区への予算も削れよう」


「はい。そちらもすでに財務相が予算計画にあたっておりますが……おそらく来期には、今回の彼らに割いた軍備費を補って余りある収支となりましょうな」


 最初に現れた北部州首都ペリステムの帝国兵。

 ソフィアが迎え撃っている、中央部州北部商業都市エルバニアの帝国兵。


 この二ヶ所以外の帝国兵は、全てアルザス内の隔離地域に暮らす、外国人移民で構成された見せかけの軍隊であった。

 彼らはその隔離地域である移民特区から、都市部への移住と市民権を獲得するため、もしくは罪状を軽減する事を条件に集まった非アルザス人達である。


 見せかけは正規軍と変わらぬ装備を身につけていても、その材質はほとんど意味を成さぬ、偽造品でしかなかった。

 肉体強化された獣人達の爪の前には、ほとんどの防具が役には立たない。

 それ故に経費削減のため、彼らは仮装程度の身なりで戦地に送り込まれていた。


─── そのカカシのような兵には、ふたつの意味がある


 ひとつは帝国軍の戦力が、ハリボテだとアケルに思わせ、戦力計算を見誤らせる事。


 もうひとつは、人道的な対応を国際条約で約束させられた、移民や犯罪者を処分して、彼らへの生活支援予算をカットする事。


 国庫にわずらわしい死に駒を、脆弱な死兵としてアケルに調子付かせるためである。

 また、最初にペリステムに送られた軍は、正規兵ではあるが、いわゆるベンチ入りの予備軍程度であった。


─── 最初から帝国は本気で攻め込んでは居なかったのである


「状況はそろいました。今宵は新月。

獣人達の力も弱まり、魔術の冴えも無くなりましょう。敵戦力も北部に向かった今……

アケル総督府を討つ絶好の好機、かと」


「首長パジャルを討つのも結構、討てずに終わるも結構、好きにするが良い。

件のS級冒険者どもは処理出来なかったようではあるが、それも織込み済み。憂はない。

いや、そもそも余はアケル侵攻など、広告の場としか思っておらぬ。」


 ローフィアスは己が主人の、鋭くも冷めた瞳を横顔から認め、フフフと珍しく口元に笑みを浮かべた。


「……現れるはずのない南側から、アルザスへと帰還する我が軍の姿を見て、通り道の諸国も肝を冷やしましょうなぁ。いやはや転移門の有効性は実に素晴らしい。

もうすでに周辺国では『ゲート』などという呼称が出来ているそうで」


「ふむ。ゲートか、なかなか良いではないか。広まっているのなら、それを使えば良い。

しかし、行きだけでなく、帰りも何とか出来れば言う事は無いのだがなぁ。帰りを歩けば、アルザスの遠征完了と脅しにもなるか……。

ワガママは言うまい、呪術研究機関には褒美を余分に与えるとしよう。

─── しかし、人柱を工面するのは、中々に骨が折れるものだぞ? 精々、世界を怯えさせ、余り使う必要がないようにせねばな」


「……帝国派を表明する国々は、順調に増えております。人柱は非帝国派の諸国をあてがえば、何とでもなるかと?」


「 ─── なっ、フッ、クク……。

流石にその発言は、余でも引くぞ? 其方の親の顔が見てみたいものだ、ククク」


 ハーリアが珍しく笑う姿を見て、今度はローフィアスが目を丸くする番であった。


「……しかし、アルムナ王国の人柱には心が痛むが、彼らの命は大いにアルザスの役に立っておるな。

賢しらな諸国連合の調査学者の中には、死体の数が合わぬと気づく者もいたようだが……」


「はい。そちらも問題ありません。今更再調査のしようも無ければ、まずゲートと結びつけられる者はありますまい。

─── 世界の動きも合わせ、全ては順調に運んでおります。

流石は陛下、お手前に感服するしかございませぬ」


「ふん、何を言うか。余は其方の提言を許したまで、完全なる我々アルザスの悲願達成のために、それが必要だと判断したまでの事。その方の手腕であろうローフィアス」


「 ─── 我々アルザスの民のすべては、陛下の御意志そのものに御座います故」


 その後しばらく話をしたローフィアスは、深く礼をして、何処かへと足早に去っていった。

 日没に向けて、刻々と変化していく空の色を、ハーリアはただ見つめていた ─── 。



 ※ ※ ※



─── 中央部州首都セルべアード


 俺の名はガストン。

 バグナス支部のギルドマスターだ。


 世界に広がるアルカメリア冒険者ギルド協会の、南部を預かる統括部長ってぇ肩書きがあるが、まず知られてねぇ。

 びっくりするぐらいに知られてねぇ。

 いや、知っててリスペクトされてねぇんじゃねぇかと、ちょっと不安に思う時もあります。


 今もアケルのギルドに借り出されて来たってのに、ひとりで残業ですし。

 まあ、それでいい。


─── 俺が欲しいのは名声だの権力だの、そんな下らねえモンなんかじゃねえからな


 人は全員、平らに肩を並べては暮らせない。

 だが、それでも上が上になり過ぎず、下が下になり過ぎねぇ、誰もが胸張って生きられる世界を俺は求めてる。

 ギルドならいつかそこに辿り着けると信じてる。


 そんなあやふやな考えを持つようになったのも、まだ剣が世界を守るなんて信じてた、近衛兵の頃の事だ。

 だが、上が上になり過ぎた国の終わりがどんなもんか、嫌っつう程見せられた。


 王を失い、国を失い、家を失い、家族を失い、友を失い。

 今の俺にゃあ、あの頃の俺を証明出来るもんは、何ひとつ手元に残ってねぇ。


─── 何だってこんなムサイ親父の独り言聞かなきゃなんねぇってか?


 うるせぇッ! まだ俺は親父じゃねぇ! 親父になれるような相手も居ねぇしなッ‼︎

 いや、そう言う意味の親父じゃあなかったな、済まねえ許してくれ。

 ちょっと驚く事があって、物思いに耽り過ぎたせいか、やや錯乱気味なんだ……。


─── アルフォンス・ゴールマイン


 あの『ルーキー』が只者じゃねえってのは、文字通り骨の髄まで知らしめられたものだが、あいつが『オルネアの聖騎士パラディン』だったとは思いもしなかった。


 アルフォンスが『新勇者』で、未だご存命だってぇ三百年前の勇者ハンネスが、世界をどうにかしようとしてるってのは本部から通達は受けてたがな。

 で、それを先日、アルフォンス本人の口から告げられた。


 驚いたさ。

 そりゃあ驚きはしたが、どこか心の奥底で納得はしてた。


 いや、正直勇者伝なんてぇもの自体が子供のおとぎ話で、大人になりゃあ普通は『ああ、ハイハイ』てな、眉唾だらけの帝国のプロパガンダだと思うモンだ。

 最初は憧れ、もしや自分がそうなんじゃないかと期待して、年を重ねるにつれて自分より上のヤツに気がついて諦めて行く。


─── 俺は、勇者に選ばれる『特別』な存在なんかじゃあなかった……てな


 今まで色んなすげえヤツらを見て来たが、勇者なんてとてもとても。

 そうだと思えるヤツなんざ居なかったし、だからこそ安心もしてた。

 『俺は酷く下でもない』ってよ。


 ……だが、あいつは違った。


 とんでもねえ力を持ちながら、その使い方に怯え、謙虚で、人の事ばっかり案じてるような純粋な青年。

 勇者に選ばれるのは、ああいうヤツなんだと、初めて納得がいった存在だ。


 それにソフィアを見りゃあ分かる。

 ソフィアが『調律神オルネア』だと言われても、こっちは驚く程すんなり認識しちまった。


 他の人間とは相容れず、孤高の頂点にありながら、理不尽を頑なに許さないアイツの姿は、女神だと言われりゃあ『そうだろう』と思えちまう。

 そして、アルフォンスを得てからのソフィアは、ただひたすらに純粋だった。


 それまでのソフィアって女は、焦りと不安と孤独、あとは空っぽ。

 アルフォンスに出会ってからは、必死にアルフォンスの存在を支えようとしていた。

 女神ってのは、ああやって不器用なくらいに、思い入れに純真なんだろうと思う。


「…………勇者で、魔王ねぇ」


 問題はそこだ。

 いや、魔界がどんなとこで、魔王がどんなもんかってのは、ロジオン本部長からの話と、アルフォンスからの話で分かる。

 いや、自分の目で見ねえ事には、やっぱ理解はし切れねぇが、アルフォンスを見てりゃ心配はねぇ。

 霧の谷で共に戦った一冒険者ダイクの死に、あれだけ落ち込んで責任感じる男が、世界征服なんざ企めるもんかね。


─── 問題ってのは、アルフォンスひとりの肩に、って事だ


 道理でソフィアのヤツが、守護神のクセにアルフォンスに対して申し訳なさそうにしてたのかって、サクッと分かっちまった。

 そんな、女神ですら責任感じて必死になる程の、想像を絶する運命を背負ったんだろ?

 あのクソ真面目でクソ誠実なアルフォンスが、それをやるって言ったんなら、やるに決まってる。


─── だがよ、どんなにスゲエ力と運命を持ってたって、アイツの心は人そのものじゃねぇか……


 世界の調律、世界の存亡、周りにあれだけの美人さん連れててもよ、孤独なもんは孤独だろうぜ。


「……ハァ。せめて、せめてアルフォンスにとって、世界の南側くれぇは俺が助けてやりてぇもんだ……」


 ギルドに来る仕事は、その土地の困り事ばかりだ。

 アイツは討伐だの迷宮調査だのだけをやりはしなかった。

 たった半年暮らしたバグナスの、そこに住む人々のためにアイツは動いてたんだ。


─── バグナスは俺の家族、それを助け、支えようとしたアイツは、やっぱり俺の家族だ


 俺に何が出来る? 俺は何がしてやれる?


 そう考え込んでいた時だった。

 外から聞こえてた夜の街の喧騒が、急に静まり返りやがった。


 音が消えて、感覚が消えて、視線を上げようとした目の動きがイヤに重い ─── 。


「…………な、なんだ……コリャ……⁇」


 そう口から絞り出した瞬間、俺の意識が体の後ろへと落ちて、暗い海にでも沈むような感覚に襲われた。

 夢に落ちる瞬間、そう例えたら近いかも知れねえ……。

 そうして俺の見ていた世界は、あっと言う間に真っ暗な世界に変わり、身動きひとつ取れなくなっていた。



─── …………ました



 僧侶が持ってる錫杖しゃくじょうみてぇな音が鳴り、澄み切った声が聞こえた。

 なんだかさっぱり分からねえのに、その声を聞いた途端に胸が騒いで、もっと聞きたいと焦がれる。

 そう思ったら更に大きくひとつ、錫杖の音が響いて、俺の目の前に光が現れた ─── 。



『 ─── 貴方の……ような方……を、探して……いたの……です』



 そこに自分の体が、存在しているのかすら分からなかったが、頰を涙が伝う感覚が走った。

 何故、俺は泣いている……?



『 ─── 彼の……運命は……過酷。誰かが……助けねば……なりま……せん』



 ああ、そうか。

 この感じ、例えるなら親父やお袋がいる、幼い頃の自分に戻って、もう一度会えたりしたらこんな感じなのかもな……。

 懐かしく、愛おしく、温かい……魂が震えてる ─── 。



『 ─── 今……ひと時の……力……を。……彼をお頼み……します。…………ガストン』



 『待ってくれ!』そう懇願する声は、音にはならなかった。

 これで去ってしまうのだと、光にそう感じた瞬間に、俺の心には寂しさと不安が募り、胸が張り裂けそうになる……!


「 ─── ハッ⁉︎ え? あれ……?」


 夢……?

 気がつけば、アケルのギルド支部の一室で机に向かったまま、俺は手を伸ばしていた。


 夢だったのか……? いや、まだ遠くに錫杖の音が聞こえている気がする。

 頰にはまだ温かい涙の跡があった。


「……今の……は、光の……神か?」


─── コンコンコン……ッ


 扉をノックする音がして、こっちが返事をする間もなく、ガチャリと開けられた。


「お疲れ様で〜す、ミリィです〜! リック、捕まえて来ましたよ〜☆

─── って、あれ? なんでギルマス泣いてんの……?」


「は? な、泣いてねえし! の、ノックしたら返事を待てっていつも言ってるだろミリィ!」


「あ〜、もしかしてホームシックぅ?

ほら、ミリィとリックが再会したんだよ♪ バグナスの家族が、またひとり戻って来たよ〜」


「うるせえよ。お前らのは痴話喧嘩だろが……。

ま、リックお疲れさんだったな。その顔はマジで復活か、ハハハ!」


「……ご、ご心配を、お掛けしました……」


 リックのヤツ、荒れまくってたからなぁ!

 ま、尻に敷かれるのは変わらねえが、確かに家族の一部がここにまたそろったな。


「んじゃあアレだミリィ、改めて……

─── おかえりなさい、だな!」


「えっへへ〜♪ ただいまですガストンさん!」


 俺の名はガストン。

 バグナス支部のギルドマスターだ ─── 。




 ※ ※ ※




─── 弦の弾ける心地良い音が鳴る


 一本の黒い矢はスルスルと昇ると、血のように紅い夕焼けの空に、溶け込むように消えた。

 ……直後、雨雲ひとつ見当たらぬ空から、不可視の豪雨が音だけ響かせて、白銀の鎧を着た軍勢に降り注いだ。


「「きゃはははっ、ぱぱ、すご〜い☆」」


 上下互い違いの白黒の服を着た、黒髪の少女ふたりが、吹き荒れる血飛沫の大地の中で、楽しげにくるくると回った。


「へえ……。魔弓に『斬る』奇跡を乗せると、こうなるのか ─── 」


 兜の脳天に拳大の穴を開け、股座まで貫通させた者、首筋から腹部に抜けた者、衝撃に耐えられず胸から上を破裂させた者。

 無駄にレジストした者は、その衝撃に押し潰されて、人の形を失った。


 北部州首都ペリステムの商会に囲まれた広場に、血と内臓と、腸内の内容物の混ざった悪臭が一斉に立ち込めた。

 広場に待ち構えた二百五十の帝国軍中隊は、侵入者の姿を見る事もなく、己の流す水音の中に沈んだ。


 広場の脇にある、死角となった小さな路地では、そこに潜んでいた数名が口元を押さえ、嘔吐するのを堪えながらも槍を構えている。


「 ─── ねえ、かくれんぼしてるの〜?」


 路地の背後から聞こえた甲高い少女の声に、身を潜めていた兵士達は、刺突に特化した剣に持ち替えて振り返る。

 もうこの街に子供など居るはずがないのだ。


 もし居たとしても、こんな無邪気に帝国兵に話しかける事はあり得ない。

 あるとすれば、あの黒い死神が連れて来た、二柱の悪魔に決まっている ─── 。


「だよねー、ふつーのかくれんぼなんてツマンナイもんね♪」


 いつの間やら路地の背後に立ちふさがっていた、黒髪の少女に戦慄していた兵士達は、更に背後からも響いた同じ少女の声に振り返る間もなく……


─── 全員両眼を抉られて倒れた


 小さな路地に響く、兵士達の狂ったような悲鳴は、周囲の入り組んだ建物に反響して、他の帝国軍人達の鼓動を極限まで高める。

 側溝に流れる血液の音を背に、漆黒の髑髏どくろ兜の男は、広場の先の道で立ち尽くす追撃の一群を指差した。


「 ─── 【死よルゥドハ=ド】」


 糸が切れたようにその場に崩れる彼らの、石畳の路地に打ち付けられる、甲冑や武具の音がけたたましく鳴り響く。


 漆黒の男は、路地を埋める亡骸の山を、一瞥いちべつするのみで爆散させて道を開けさせた。

 そのまま、何事も無かったように、血に濡れた路地の真ん中を歩んで行く。


 鉄履の音を静まり返った街に響かせ、その路地の中程まで入った瞬間、両脇の建物の上から一斉に矢が注がれる。


─── 男は迫る矢に、はたと足を止め、ゆっくりと上を見上げた



 ※ 



 ……分かる。

 分かるよ……そう言う事だったのか……。


 反射された矢に貫かれて、両脇の建物の上から帝国兵がバラバラと落ちて来る。

 見れば若いアルザス人の青年も混じってはいるが……


─── 心は、動かない


 憎いから? 世界をもてあそぶのが許せないから?

 いいや全く違う、俺が今やってるのは『生きる』を掛けた、命のやり取り。

 そう自然に脳が結論付けて、口から言葉が勝手に紡ぎ出された。


「……そうか、これが『殺す気概』なのか」


 再び静まり返った路地の向こうで、複数の甲高い悲鳴が上がっては、位置が変わって行く。

 今頃、子マドーラふたりが『自分より弱い命をオモチャにする』ような遊びにふけっているのだろう。

 彼女達は純粋だ。


 そう思ったら、喉元に『ふっ』と笑いが込み上げて来た。


「仕方がない、仕方がないよなぁ、弱い者は狩られる。

兵士である以上、そこは真摯に受け止めるべきだよ、クククク……」


 胸の奥にジンと、熱いエネルギーの揺らめきが起こると、更に魔力が循環する量を上げ、鎧が軋んで膨張する金属音がキンキンと響いている。


「この辺りのはもう退いて、中心部の隊に合流を判断したかな……。

─── じゃあ、次の手は……ふっふふっ」


 まいった、確実に殺す手段を考えてみたらさ、俺の持ってる全てが、それでしかないじゃないか。


 出来る限り最短で、最大効率で。

 まいったな、手立てが全部そうにしかならないから決められないよ。


─── さあ、次はどうする、アルファード?




 ※ ※ ※




 とっぷりと日が暮れた頃、私たちは北部州ペリステムの、大きなホテルに集まった。


 アルが子マドーラを連れて、占拠していた帝国軍の指揮官と、ほとんどの兵をやっつけた。

 異変に気付いた、近くの獣人族の人達も駆けつけたけど、その頃にはもう街に潜んだ残りの兵士の殲滅戦になってたみたい。

 私たちがペリステムに到着した時には、もうこの街に戦える帝国の人は残っていなかった。


─── 北部州の首都を取り返した、アケルの人たちの喜び方はすごかった


 怪我どころか、鎧に汚れひとつ付いてないアルを見て、獣人族の人たちは平伏しちゃってたし。

 アル本人は『俺も勉強になったから』って、皆んなの顔を上げさせようとしたけど、近づいた途端に人間神輿みたいにされて連れて行かれちゃった。


 そうして連れて来られたのが、この大きな宿泊施設のホールだった。


「うぃ〜っ! スタ姐さん、呑んでますかい!

姐さんも英雄なんだから、グイグイ楽しんでもらわねえと〜☆」


「んだんだ! そったら可愛いのに、三万以上の帝国どもをぶっ殺したってぇんだからよ!

やっぱエルフ族はスッゲエよなぁ‼︎」


「ばっか、ちっげぇよ! 会長さんの愛があったから、こんなに強えんだって!

─── ほれ、姐さん呑んでくれよ!」


「……あ、あははっ、の、呑んでるから。ちゃんと呑んでるから気にしないで〜」


 なんか私ね、夢中になってる内に、すっごく殺してたみたい……。

 ティフォには『さつりく天使』とか言われるし、ソフィとは千人くらいしか違わないのに『草原からやって来た死神将軍』とか二つ名をつけられちゃった。

 エリンとユニは『広域殲滅魔術の導入を検討するッ』とか言って、燃えてるし……。


「あ、ちょっとごめんね!」


 やっと獣人の人たちから解放されたアルが、色んな人たちの挨拶に手を振って返しながら、ホールから出て行こうとしてた。


─── 今日、戦いが始まってから、まだアルと一度も話せてない


 トイレだったらどうしよう、待ってたらいいのかなぁ。

 とか考えて、アルの後をつけていったら、部屋が並んでる廊下の奥の、静かな場所にあったソファに寝っ転がった。


 疲れて寝てるってわけじゃないみたい。

 上半身は少し起こして、ボーっとしてる。


「アル、お疲れさま!」


「おう、タージャもお疲れさま」


 闘いが終わったばかりのアルは、なんかちょっと怖い雰囲気だったけど、今はいつものニコニコ優しい彼に戻ってるみたい。


「アル、すごかったね。ペリステムほとんどひとりで取り返しちゃったじゃん」


「んー? タージャの方がすごいじゃん。俺より戦ってるし、ソフィアも自分の事みたいに喜んでたよ」


「もう、ソフィらしいけどさ。いつも色々教えてくれてるから、喜んでもらえるのは嬉しいけどね。

あ、でもアルの方がやっぱりすごいって。ここの街にいたのって、他とは比べ物にならないくらい強かったって聞いたよ?」


 獣人たちがそう言ってたし、ティフォが血から記憶を読んでみたら、ほとんどが鎧も初めて着るような違う国の人たちだったって。

 アルとソフィアの闘った帝国の兵士たちは、ちゃんと訓練されてた人たちで、たぶん比べ物にならないくらい強かっただろうと聞いた。


「軍で鍛え上げられた兵士は、ほとんどが対人の戦術通りに動くように訓練されてるからな。

俺達みたいな広域魔術とか駆使する相手は想定してないと思うよ?

だからあんまり変わんないって」


「うーん、それをソフィに言ってよ〜。なんか変な肩書きもらっちゃったよ私……」


「はははははっ! タージャの成長を逐一喜んでるからなぁ。何かしてあげたいんだと思うよソフィは」


 はあ、やっぱりアルと話してると落ち着くなぁ。

 獣人さんたちもいい人ばかりだけど、やっぱり初めて会う人は緊張するし。


「あ、そうそう。あのね、今日闘ってみて気がついたんだけど、途中すっごく魔力の伸びがよかったの。

たぶんね、アルがすごく頑張ってた頃だと思うんだけど、これって守護神契約結んでるからかなぁ?」


「あ〜、そうかもね。逆にタージャが魔力高めてると、俺にも流れてる気がするよ。

ローゼンが色々調整してくれたみたいだから、特に弊害は無いけど、もしやり辛かったら言ってくれ」


「え〜っ! 私も弊害なんてないよ!

─── それにアルとは繋がってたいし……」


 アルが驚いたような顔をした後、なんか膝をバタバタさせてた。

 あ、また私ストレートに言い過ぎちゃったかな……?

 ううん、いいの。

 彼にはいつでも素直に話そうって決めてるから。


「 ─── な、なあ、タージャはさ……今回のが初めての人間との闘いだったろ?

怖いとか、嫌だとか、違和感だとかは無かったか?」


「うーん、別にそーいうのはないかな。

むしろね、最近決意したことが実践できたからよかったかも」


「決意?」


「 ─── えっと、あのね。アルには何でも話そうって決めてるけど、上手く言えなかったらごめんね」


 そう、アルと話したかったのは、このためかも知れない。

 彼はうんと頷いて、ソファから身を起こして、私が座りやすいようにしてくれた。


「私はさ、アルと契約結べて嬉しいの。いつでも繋がっていられるんだなぁって。

─── でもね、私が与えられるばかりじゃイヤだなって思ったんだよ」


「いや、俺だってタージャに支えてもらってるけど……。あ、ごめん続けて」


「私はね、決意したの。前はあなたがピンチの時は、代わりに死んでもいいって、そう思ってたんだよ。

でも、それじゃあいけないって思ってね。

─── だから私はあなたの影になるって」


 本心だ。

 彼を守ろうとして、私は勇者に斬られて、皆んなに心配を掛けちゃった。

 じゃあ、どうすれば良いのかって、ずっと考えて来た。


「あなたの隣で一緒に支え合いながら、それもすごく魅力的だけど、私はあなたが戦いやすいように後ろから守りたいって」


「…………」


「闘いで無理はしないの。そうすると皆んなに心配を掛けちゃうしね……。

だから、これからもずっと一緒に居られるように、あなたが闘えるようにするには……。

そうするにはきっと、あなたが一番のびのび闘えるように、私が影を守ることなんだなぁって」


 彼は驚いた顔をして、それからにこりと笑った。

 ソファについていた私の手の上に、彼の温かい手が寄せられた。


「ああ、俺だけが生きるんじゃなくて、君にだって生きていて欲しいんだ。

─── 俺の背中を任せたい、タージャ、君になら……」


 ひしひしと幸せが込み上げる。

 これが頼りにされるって、認められたって喜びなのかな?


 そして、きっとこれが支え合うってことなんだと思う。


「うん、任せて。私もアルの運命を、少しでも軽く出来るように頑張るから……」


 彼の顔が近づく。

 私も気がつけば、彼の顔に近づこうと、手を握られたままの腕を曲げて、かがみ ───


「ん、じゃまするよ!」


「「 ─── ッ⁉︎」」


 いきなり目の前の扉が開いて、部屋からティフォが出て来た。

 あれ? こんな状況、前もあったような……。


「ティ、ティフォ……! あれ、そこ俺の部屋だけど、何してたんだよ?」


「あ、もしかして抜け駆けしようとしてた?

ずるいよティフォ! 今日はアルが疲れてるから、お部屋別々で寝ようって約束したじゃん!」


 ど、ドキドキした……。

 いつから居たんだろう、確かティフォってホールの片隅で延々と呑んでた気がするのに。

 あー、これまた斜め上からの答えで濁されるヤツかなぁ……。


「ん、ちょっと、役にたつもの」


 『へ?』とアルとふたり、予想外の答えに驚いて真っ白になってるのを、ティフォは欠伸して通り過ぎて行っちゃった。


「……なんか、変なもん置いてってねえだろうなぁ」


 そう言ってアルは自分の部屋を確認してたけど、特に何もされていなかったみたい。

 やっぱり、ケムにまかれたのかな?



『 ─── ザザ……アルさん、アルさん聞こえますかッ⁉︎……』



 その時、急にアルの左手から、聞き覚えのある声が聞こえて来た。


「よう、その声はアネッサか?」


 アネッサさんって、確かガストンさんと一緒にいた、受付嬢の人だっけ?


『そ、そそ、そうです! そんなことより、心して聞いて下さい……ッ!

─── セルべアード支部が襲撃を受けています、ガストンさんが今交戦中なんですッ!

は、早く来て下さい‼︎』


「……⁉︎ 分かった、すぐ行く。

その交戦中の相手って誰なんだ? 帝国か?」


 こんな夜に動き出すの?

 わざわざギルド支部を狙って?


 何でだろう。

 そう思った矢先、アネッサさんの声色が変わった。


『…………わ、分かりません。相手は灰色で色がない人たちで……。

ガストンさんは“色無き者達”だと ─── 』


 それって確か……。

 アルの記憶がない幼い頃、ふたりを襲ったっていうやつじゃ……?


─── 彼から一瞬、全てを切り裂くような殺気が放たれたような気がした

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