第十四話 アーキモル宮殿

 ドワーフの工房を囲う塀、その外側に強力な魔力を秘めた気配が、加速度的に増えていく。

 ……いや、これは魔力だけじゃない、常時闘気をまとっている気配を感じる。


─── 間違い無く、強い


 アントリオン族。

 彼らの歩く、独特な一定リズムの六本足の音が、カチカチと重なり合って、さざ波のように迫っていた。

 それは工房の周辺、死角となっている辺りからも、ザワザワとひしめく。


─── 相当な数が、集まって来ている


 白い石灰質の外骨格は、装甲のように隙間なく全身を覆い、長い腕で白銀の槍をたずさえている。

 下半身も同じく、硬い外骨格に覆われ、物理的な攻撃が通りにくそうだ。


「 ─── いきなり『ついて来い』ってのも、なかなか乱暴な話だな」


 ロジオンが帽子の位置を直しながら、代表者らしきアントリオンに言う。


 ロジオンの周りだけ、わずかに空気が上昇しているあたり、すでに臨戦態勢に入って居るようだ。

 俺の隣に座るエリンと、アントリオン達の出現に近くに来たユニは、意外と落ち着いている。


 普段ならエリン辺りなら、飛び掛かっていきそうなのに。

 最近、ぐんぐん実力つけて来てるから、慌てなくなったのかなぁ。


「なんじゃ! その槍は女王んとこの親兵じゃろがい、誰の許可を得てワシらの庭に入っとる!

横暴じゃぞ、許可証を見せんか許可証を!」


 ドワーフ職人ギルド『ドワルフ・ツワルフ』長のグラベンが、大地を揺さぶらんばかりの迫力で怒鳴った。


「…………む。……いきなりは、失礼だったか。

人の社会は……分からん。許せ。

害意はない……そこの白い子供よ、どうか魔力を抑えて欲しい……。

我はペルモリア魔公爵親衛隊隊長キルリ。

─── 地精孔に何かしたの……お前らだな」


 敵意が無い事を証明するように、彼らは白銀の槍を地面に置いてみせた。

 ロジオンは、やや気まずそうに鼻を掻き、肩をすくめた。


「あー、その、なんだ。それは確かにオレたちがやった。マナの移動を打ち消した。

ペルモリア魔公爵閣下に挨拶もなくやっちまったのはアレだが、そちらに害は無いだろう?」


「む……。小さい体、白い帽子……。その覇気と、火の相。もしや……炎帝ロジオンか……?

……やはり、地精孔の移動を止めた……のか。……我らはそれを確かめ……女王様の所へ、お前たちを……連れて行く役目」

 

 ロジオンから炎の気配が消えた。

 流石はかつて魔界に名を馳せた冒険者、ロジオンの名はアントリオンにも知られていたらしい。

 だが、まだロジオンから警戒が消えてはいない。


「さっきは、そこのアルフォンスに直接声を掛けていたな。なぜ、あいつがやったと?」


 確かに彼は、真っ直ぐ俺に向かって来ていたな。

 うん、ちょっとそこは不審だ。

 やったのはティフォだけどな。


 キョロキョロしながら、部下らしきアントリオン達の顔を見るも、全員首を振るのを見て、リーダーは不安そうにしている。


「 ─── む……。分からない。女王様……そうしろ……言った……から?」


「オレに聞くなよ……。

…………で、危険は無いのか」


 ロジオンはその様子に『そうだったわコイツら』と、小さくつぶやく。


「分からない……。けど、女王様……キゲンよかった……」


 ロジオンは『あー、コイツらはな』と、俺に耳打ちして来たが、もう俺にだって分かる。

 ……こいつら、命令でしか動けないんだな。


「そういう事らしい。どうするアルフォンス、ペルモリアにすぐ会えるぞ」


「…………今はひどく面倒臭い気分だけど、謁見の予定が早まっただけだしな。行くよ。

─── グラベン、済まないが祝いの酒はまた今度だ」


 グラベンは『そん時ゃ、酒代は女王に出させてやるわい』と毒づきつつ、不敵な笑みを浮かべて答えた。


 こちらが同行する旨を伝えると、キリアは『助かる』とだけ言って、胸元を軽くふたつ叩き、頭上に一本指を立てる。

 合図だったのだろう、庭に押し寄せていたアントリオンの兵達は、ザワザワと外に出て行った。


「……えらく統率が取れてるな」


「こいつらの本質は蟻だ。数と統率力、白兵戦での戦力じゃあ、魔界でも五本の指に入る軍隊でな。

今回は別に闘うことはなさそうだが、敵に回すと厄介だ。くれぐれも気をつけろ」


 うーん、今までの魔公爵達との流れを考えると、嫌な予感しかしないんだが……。

 ティフォの所にいるソフィアに、念話で状況を伝えると、呑気な声が聞こえて来た。


─── ……いいですよー☆ ティフォちゃんのことは任せて、行ってらっしゃ〜い♪ ……


 全く心配されてない。

 何故か念話の後ろから、ヒルデのきゃっきゃっする声が聞こえて、なんとも楽しそうだ。


「じゃあ、行くか?」


「「「はーい♪」」」


 赤豹姉妹と俺の左腕、何故か武器達までもが、楽しそうに返事した。


 夜切達の姿は、あの後もぼんやりと見えている。

 俺の目に映っている事を、夜切は何となく気がついているようだが、その他のは色々と不思議そうに観察してウロウロしていただけだった。

 ……俺が見えている事に気がついたら、面倒な事になりそうだから、見えていないフリを決め込む事にする。


「む……。来るのは、これだけで……いいか?」


 俺と赤豹姉妹、そしてロジオンの四人の前に、それぞれ親衛隊のアントリオンが一体ずつ立つ。


 どうやら、入り組んだ地下通路を通って、ペルモリアのいる『アーキモル宮殿』へと行くらしい。

 彼らの背中に乗るように促され、硬そうで尻が難儀だなと思っていたが、刺繍ししゅう入りの小粋な鞍が用意されていた。

 緻密な草花や、小鳥の絵柄が意外に可愛い。


 女王国家だけあって、配慮が行き届いて……いるのかコレ?

 小首を傾げながら、大人しく彼らの背中に、お世話になる事にした。




 ※ ※ ※




 地下通路の内部は、思っていた以上に広く、

清浄な空気が流れていた。

 地下空間だと言うのに、ほんわりと明るいのは、天井が発光しているかららしい。

 パルモルに来る途中、ヒルデが教えてくれた、蟻塚の発光するキノコの菌糸の力なのだそうだ。


 地下通路は入り組んだ作りとなっていて、もうどこをどう、進んで来たのか分からない。

 階段を降りたと思えば、傾斜を登ったりして、立体的な迷路のようになっていた。


 地下通路への出入口は街の至る所にあるが、彼らでもない限り、宮殿へはまず辿り着けない造りになっているそうだ。


「……ずいぶんと広いな」


「む……。女王様がここに来てから、毎日、道作ってる……。半年後には、正解の道……変わってる」


 前回のパルモルの遷都から、すでに四百年以上が過ぎている。

 その期間、毎日新しい道を掘り、蓄えを増やし続けて来たというから驚きだ。


「ずっと、大きくなり続けてるの……⁉︎

よく迷子にならないの」


「む……。我らは匂いで……道標をつける。

それに……キバ、足、体の音で……遠くまで会話……できるから……大丈夫」


「ああ、だからよくカチカチ音を鳴らしてるのね。それに、酸っぱい匂いがすると思ってたけど、そういうこと……」


 エリンは鼻をスンスンとさせて、やや眉間にシワを寄せていた。

 俺でも少し感じていたくらいだから、赤豹姉妹のふたりには、かなり強いのかも知れない。


 しかし、これはアントリオン族には、命令系統を的確に伝えられる方法があるという事か。

 この情報伝達手段の高さは、軍隊として人間族に対して、大きく有利に動きそうだ。


─── 敵に回せば厄介だな


 ヒルデから聞いていた情報によれば、彼らの宮殿『アーキモル』とは、古代魔族語で『群衆』という意味だとか。

 まさに群れ全体で、ひとつの生命体として存在しているような種族だ。


 ちなみに街の名前『パルモル』は、同じく古代魔族語で『衆愚』の意味となる。

 まあ、何というか『アホの子の集まり』みたいなニュアンスがある。


 民草への蔑称かと思いきや、単に魔公爵ペルモリアの名を、古代魔族語風に縮めただけだという。

 後で気づいたらしいが、微妙に発音が違うから流したそうだ。

 そういう所こそ、こだわった方が良いような気もするが、それが寛大なる魔界クオリティらしい。


 そう言えば、ロフォカロムの街はフォカロムで、セィパルネの街はセパルだったしな。


「あれ? 普通に他の種族も歩いてる。ここって、宮殿につながる道じゃないの?」


「む。上層は……日光が苦手な種族……住まわせてる」


 その言葉通り、先に進む程に多種族の姿は消え、代わりに大小様々なアントリオンの姿が行き交うようになっていた。


 キリアを始めとした親衛隊なんかの、戦闘要員は兵隊アリ。

 昆虫のアリと同じく、巣の防衛や狩りを担当するらしく、危険な役目を担うのは老齢な者だそうだ。


 巣の殆どを占めるのは働きアリで、女王ペルモリアの世話役や、巣の設営と整備、幼い子供の集団保育に勤しんでいるという。

 知能は他種族と変わりないが、声での会話は出来ず、もっぱら音や魔力での信号で会話しているという。


「あのさ……。失礼な質問だったらすまないんだが、君らアントリオンってのは、アリ寄りなのか? それともシロアリ寄りなのか?」


「む? 別に失礼では……ない。我らはアリ。遠くは……魔界を席巻した……『フエフキアリ』が祖先と……聞いてる」


 フエフキアリ。

 初めて聞く名だが、魔界ではポピュラーなアリの種類だそうだ。


 白く硬い外骨格に、空気を貯める気嚢きのうを持ち、仲間を呼ぶ時に音を鳴らす。

 それはわずかな音で、普段は聞き取れないが、巣の近くに耳をそばだてると、重なり合って小さな笛の音に聞こえるらしい。


「なぜ……そんなこと……聞く?」


「あ、いや、単純に興味だ。他意はない」


 いや、差別は良くないが、シロアリだと言われたら、少し抵抗があるなと。

 シロアリ系の魔物は、溶かすとか毒液とか、汁系の攻撃が多くて、良い思い出がない。

 それにシロアリは、アケルの大樹海で、散々体液ぶち撒けさせたし、罪悪感がね……。


 シロアリ型の種族もいて、こことも多少は交流があるらしいが、仲が良いわけでも悪いわけでもなく、かなり疎遠というかお互いに興味があまりないらしい。


 そんな話をしている間にも、俺達の周囲を働きアリタイプのアントリオン達が、忙しなく仕事をしていた。

 ああ、ちなみに働きアリは、これも昆虫のアリと同じく、総じて女性なのだそうだ。

 そう言われても困るのだけれども……。


─── オヤツ……アト、スコシデ……オヤツ……ガンバル


─── オヤツ……? アア、オヤツ……オヤツ……


─── オヤツ……。クッキ-ガイイ……クッキ-……


─── クッキ-……クッキ-……トウトイ……クッキ-


─── トウトイ……トウト……トゥテェ……トウテェ


 ボーっと働きアリ達を見ていたら、だんだんと彼女らのコミュニケーションが、理解出来るようになって来た。

 魔物に近いのかな? ベヒーモスとかの声を聞いている感覚に近い。


 ひとりが何かを考えると、それが伝言ゲームのように、瞬時に遠くまで広がっていくのがわかる。

 ひとりで連想ゲームをしている感覚に、近いかも知れない。


 ただ、彼女達の場合は、多分に個人的な欲求が反映されていて、ちゃんと伝わってはいない節がみられた。

 最初は『おやつ』だったのに、最後の方では『トーテム? ナンダソレ?』とか言ってたし。


 意外だったのは、ロジオンが人気の的だった事だろうか。

 と言っても、騒ぎ立てる事は無く、チラリと通りすがりに見て『チイサイ、カワイイ、トウトイ』と小さく発信するのみだ。


 ロジオン本人は、彼女らの言葉には気がついていないが、ここは言わない方が良いと思った。


「…………ボソボソッ(匂いと音の連絡手段に、この迷路。攻略するとして、お前ならどう攻めるアルフォンス)」


「……ボソソッ(ん⁉︎ ……ああ、良かった。そっちの話ね。俺なら魔術で水攻め、毒霧、凍結、溶岩……色々だな。白兵戦には持ち込まない)」


「…………ボッソォ〜(流石魔王さんの孫……えげつねえこと考えやがるな。ところで『そっちの話』ってなんだ?)」


 ギクッとした時、前を歩いていたキリアが振り返って、俺達を乗せた部下達も立ち止まった。


「…………着いた。ここで降りろ。……この赤い道、進め。くれぐれも、女王様に……無礼のないように……」


 ロジオンとの会話を聞かれたかと、内心ヒヤッとしたが、どうやら『アーキモル宮殿』に着いたらしい。

 目の前には、石灰に似たやや光沢のある道に、赤い絨毯が続いている。


 その先には巨大な岩盤、よく見れば小さな窓らしきものが、無数に設けられていた。

 規模で言えば、そこらの国の王城の倍はあろうか、ただ、装飾は一切無くて、窓なんかの開口部も不揃いにボコボコと空いているだけだ。


─── アーキモル宮殿、三人目の魔公爵、ペルモリアの居城だ




 ※ ※ ※




 入り組んだ通路、唐突な行き止まりに隠れた扉、およそ女王の居室に続くとは思えない細道 ─── 。


 それらを過ぎた先に、巨大な縦穴へと辿り着いた。


 見上げても確認出来ない程高い天井。

 鍾乳洞のように、壁面は白く石灰質で、垂れ下がり堆積を繰り返した有機的な様相を見せている。


 その一角に、今までの簡素な通路とは違い、煌びやかな装飾の施された、巨大な扉が佇んでいた。


「む。我らは……ここまでだ。後は……そこの男が……する」


 そう言って指を指した先には、大人サイズのオケラに、人間の脚を生やしたような人物が立っていた。


 このタイプの種族は、ここに来るまでに何度か目にしている。

 『タンダウロ族』と呼ばれる、見た目の通りオケラ型の種族で、アントリオン達とは共生の関係にあるらしい。


 実際『そこの男』と言われても、性別の判断がつかない。

 キリアを振り返ったが、彼は仕事は終えたとばかりにサクサク歩いて行ってしまった。


「よぉ〜うこそおいで下さいましタ。

ワタクシ、こちらのアーキモル宮殿にて、ペルモリア閣下の下、宰相並びに尚書しょうしょをケンニンしておりますチャールズと申しまス」


 オケラって、コオロギの顔を優しくした感じなのな。

 こんなにデカイのを、まじまじと見たのは初めてで、なんだか感慨深い。


 全身を覆う赤茶の毛が、ベルベットのように柔らかで、上品な光沢を持たせた体。

 ちゃかちゃかと小刻みに振るう、セミの前足のようなヘラ状の手。

 瞳はつぶらで、攻撃性の欠片もない。


 キリア達のたどたどしい喋りに慣れていたせいか、チャールズの独特な訛りのある、やや早口な言葉が耳にくすぐったい。


「ロジオンだ。ここへは初めて来たが、閣下とは面識がある」


「はイ。存じております〜。

本日お招きいたしましたのは、そちらの人間族のお方でゴザイマスが、ロジオン様のお連れ様とは存じておりませんでしタ。

大変シツレイいたしましたでス〜」


 ニコニコと笑っている……のかな?

 楽しげに顔を弾ませながら、チャールズは俺に向き直ると、深々と頭を下げた。


 「アルフォンス様でございますネ?

セィパルネ閣下より、お話はウケタマワッテおりますでス」


「……セィパルネが? なんと言っていた」


「 ─── 『予言者の示した者がやって来る』と。

そして……『失礼があったら、陸で藻屑にしてやんよ』とも、シタタメテ御座いましたですハイ」


 俺の正体については触れていないようで、セィパルネの信頼性が少し上がった。

 ペルモリアとセィパルネは、隣合う領主として、多少交流があるらしい。


 オケラのチャールズは『いやはや、恐ろしいお方でス』とこぼしながら、触覚の手入れをしている。

 目が笑ってるようにしか見えなくて、可愛いけど、ちょっと本心が読みにくいヤツだ。


「さぁさ、この奥、玉座の間にて、ペルモリア閣下がお待ちです。

あ、女王なのに『陛下』ではなく、皆様の前では公爵の呼称『閣下』で通しますが、一応ワタクシ共の王であらせられることだけは、予め強調させてイタダキますですハイ」


 どこまで本気か分からない、笑いをこらえたような声でそう告げ、チャールズは大扉の脇へと歩いて行く。

 ……こんなデカい扉、どうやって開くんだと疑問に思っていたら、大扉の横にある目立たない扉を普通に開けた。


「 ─── そっちかよ」


「うほほ。正面の扉は、ドワーフ達が見栄で造りましてネ。

お披露目イライ、使われておりませン♪

─── ささ、ずずずぃっとネ」


 チャールズは楽しげに弾みながら、特に声を掛けるでもなく、ガチャリと開けて入ってしまった。

 俺達は顔を見合わせて、小首を傾げると、ロジオンを先頭に玉座の間へと進んで行った。




 ※ 




「 ─── 久しいのう、ロジオン」


 機能性を重視した、白銀の全身鎧。 

 第一印象はそれだ。


 キリル達、他のアントリオンとは一線を画した、重厚かつ流線的で、しかし威圧感のある造形。

 大きな触角の下に迫り出した、バイザーのような突起の奥に光る、無機質な鋭い眼。

 開いた大アゴの中心に結ばれた唇は、人のそれで、色素が全く無い純白の肌。


 ロジオンに声を掛け、ゆったりとした動きで差し出した腕は、幾何学模様を施した純白の、荘厳で気品のある甲冑を思わせた。



─── 女王ペルモリア



 アントリオン族の女王にして、パルモル平野の主人。

 そして、魔王より古くから魔界を統べる、魔公爵のひとり。


 ……それが、自分の左腕を枕に、床に横向きに寝そべっていた。


(……玉座に就かず、床に寝そべる? 女王故の余裕か? それとも何かアントリオン族の風習でもあるのか ─── ?)


「閣下。寝たい所で寝るのはおやめ下さイ。

せめて椅子に座るなり、イゲンを」


「えぇ……。面倒くさいじゃろ。ここ、冷たくて気持ちいいのじゃ」


「 ─── ちっ!

……申し訳ございません、皆さま。こいつ、こう言い出しますと、なかなかアレですので、どうかこのまま穏便にお願いしますですハイ。

……ちっ!」


 チャールズは相変わらず楽しげに弾みながら、器用にお茶を淹れつつ、流れるようにペルモリアに舌打ちをかます。


「あー、今日は気圧で腰が優れぬのじゃ、このままの姿勢で許せ」


「ここ数日、宮殿内の気圧に、砂一粒ほどの変化もございませんガ?

閣下がそうゆーのでアレバそうなのでしょうネ。閣下の中では……ちっ!」


「ホホホ、チャールズ。手厳しいの、ホホホ」


 なんだろう、このふたり。

 距離感とノリが全く掴めないまま、玉座の脇の床で寝そべるペルモリアを、ティーカップ片手に囲うシュールな情景。


「…………ボソッ(こいつ、全く変わってねぇ。女王アリ丸出しだ……)」


「…………ボソンッ(お、オケラちゃんの態度は不敬じゃないの?)」


「…………ボソソッ(あのオケラ、まぶたも眉毛もないのに、なんて表情豊かな目をしてるのかしら……)」


 ロジオン曰く、ペルモリアは、昔からこんな感じらしい。

 『超』が付く面倒臭がりで、基本は我が子であるアントリオン達に全てをやらせる、根っからの女王アリなんだそうな。

 そのペルモリアは、チャールズの毒舌をのらりくらりとかわして、俺の方に目を向けた。


「 ─── ソナタがの言っておった、人界からの旅人じゃな?」


「ぶふっ、洪水ば……。いや、お初……お目にかかる。人界の冒険者、アルフォンス・ゴールマインだ」


「あるふ……あるふぉ? あー、まあ何でもよい。急に呼びつけて済まなかったのう、面倒くさかったじゃろうに。

わらわは放っておけと言ったのじゃが、チャールズは『礼くらい言え』とか『女王、仕事しろ』とかうるそうてな」


「うほほ。お戯れを閣下。タダ飯喰らいは、足裏のパンクズほどの価値もないと、常日頃オオセラレテおりましょウ?」


「……お前がな。

─── さて、報告によれば、此度のマナの大移動を留めたのは、ソナタたちじゃと聞いておるが、相違ないか?」


 ロジオンが前に出て、説明を始める。

 ペルモリアは『へぇ』とか『ほぉ』と、生返事もはなはだだしいあいづちを打っていたが、数百年は遷都の必要がない事を告げると、少し身を乗り出した。


「おお、そうであったか!

それは大義じゃったのう! うむ、遷都は中々にめんど……調整が必要でな、頭を悩ませておった。

街づくりはそれなりの事業ともなるが、貧しき民と職人達に負担を強いる。

それが必要なくなったとあらば、妾からも礼を言おう。大義であった☆」


 チャールズの補足によれば、遷都には国費があてがわれ、街の経済を潤わせる事業にもなるそうだ。


 しかし、今回の地精孔の動きは唐突で、段階的な計画が立てられず、生業の妨げになる割合の方が大きく、悩みどころだったらしい。


「これで目下の問題は、水脈だけじゃな。まあ、それも優秀な技術者達がなんとかするであろう。

チャールズ、この功労者達に、宴を……そうだ、何か褒美を……」


『『水脈ーっ? 出せるよーっ☆』』


 突如、左腕の籠手が、底抜けに明るい声でハモり、魔力を集め出した。


「あ、こら! マドーラ、フローラ、勝手になにを……」


『『ほーらこいこい【ツゥプセノムの雫】♪』』


「……は? お前らもしかしてコレ……っ⁉︎」


 勝手に指先で印を結ぶ、魔導人形姉妹。

 群青色の光が、放射線状に発せられると、周囲一帯の地面が輝き出す。


 遥か遠くから、地面の底に重い振動と、水の気配が押し寄せた。

 玉座の間の広い空間が、一瞬にして水の相を持ち、冷たく済んだ空気へと変化する。


 このエネルギーの質は……


「ほほう……! セィパルネの加護を受けたのか、そこの人間族は!

─── あの仕事バカの頭でっかちが、人界の青二才に……クッ、あははははは!」


「おい! マドーラ、フローラ、これはどういう事だッ⁉︎」


 ペルモリアの笑い声が響く中、そう左腕に尋ねた時には、すでに術は完了していた。

 ……新たな水脈が、パルモルの地下に引き込まれたのだと、体がその水の気を理解している。


─── 彼女らに聞くまでも無い


 俺、セィパルネからも、いつの間にやら、加護を与えられてたみたいだ。

 ロフォカロムといい、セィパルネといい、いつの間に加護を得るような契約なんて……。


 あ、そう言えばラミリアも、ソフィアもそうだったか。


『『水、来たよーっ☆』』


『褒められるねーっ♪』


『頼られるネーッ♪』


『『抱いてパパァーっ♡』』


「……いや、左手抱くとか無理だろ」


『『 な ん だ と ッ ⁉︎ 』』


 いや、マドーラ達とちちくりあってる場合じゃない。

 カラカラと笑っていたペルモリアは、上体をむくりと起こし、楽しげに目を細めた。


「あの女の力であれば、水脈など造作も無い。わざわざ借りを作らねばならぬかと、内心ヤキモキしておったが……でかした!

─── 名はなんじゃったかの?」


「…………アルフォンスだ」


「うむ。しかと覚えたぞアルフォンスよ。

そうかそうか〜、貴様があの女の力を喰らいおったか☆」


「え? 『喰らう』って、加護を受けたんじゃないのかこれ……」


 ペルモリアはキョトンとした後、チャールズに『ほれ、説明したれや』と面倒くさそうにアゴを向ける。


─── 魔公爵は不老不死


 限りなく神に近いが、その加護は守護神のそれとは大きく異なる。

 命を絶たれる程の敗北を味わった時、その屈服の証が、勝者の魂に刻まれるという。


 殺すと契約されるとか、やっぱりどこか魔公将に似ている存在だな……。


「貴様があの女をぶっ倒したのは、その力を見れば一目瞭然じゃぞ?

はぁ〜っ、これは良き日じゃ、あのクソ女、会う度に説教くれよるからたまらんでな!

チャールズ、最高の酒をもて! 今日は妾も呑むぞ! ホホホホホ!」


 ペルモリアはご機嫌の最高潮らしい。

 なんせ『祝うのも面倒くせぇが、かまわん』とか言いつつ、とうとう起き上がったくらいだ。


 なんにせよ、厄介な方向に流れなくて良かった。

 ……そう思った時、同じくハッピー剥き出しな俺の左腕が、きゃっきゃと何やら始めた。


『『でもここ、湿気ちゃったねー』』


「……お前らがやったんだろ、セィパルネの加護使って」


『『錆びるのイヤーっ、ちょっと乾かすー』』

 

 またも勝手に指先で印を結ぶ。

 今度は紅い光だ。

 ああ、ロフォカロムの『日照り神』で乾かすのね。


『『あっはは、乾けーっ☆』』


 こいつら調子に乗ってんな?

 いや、天真爛漫は通常運転か。


 そう溜息をついた瞬間だった ───



─── 巨大な槍で射抜かれたような、吐気を催す殺気が走り抜けた



 女王ペルモリアが、無機質な眼を吊り上げて、俺を凝視している。


「…………貴様、その力は……なんだ」


 デカい……こいつ、こんなにデカかったか⁉︎

 そう錯覚するような、凄絶な覇気が押し寄せ、夜切が強制的に俺の手に姿を現した。


─── 主様、くるぞ……備えを……!


 ぐんっと、夜切に生命力が奪われる中、冷め切ったペルモリアの声が、地の底から響いた。


「妾のを……喰らったな……?」


 言い終わると共に、ペルモリアの体から、生温かい衝撃波のようなものが発せられ、宮殿中からザワザワと気配が高まり出す。


 ロジオンと赤豹姉妹の三人が、臨戦態勢に入った時、壁中からアントリオンの兵が溢れ出した ───

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