第四話 アルカメリア冒険者ギルド協会

 そびえる岩山や、岩壁に囲まれた、天然の要塞とも言える大地。

 中央に唐突にせり上がった断層があり、そこに円形に築き上げられた、広大な石垣。


 その上に栄える街こそアが、アルカメリア公国。


 そのすぐ隣にも、ふた周りほど小さな石垣のサークルがあり、中央には神殿のようなものが建っている。

 かすみみがかったその風景に、雲の切れ間から光が射し込み、何処か浮世離れした雰囲気があった。


「わぁ〜! すごいすごい! なんか空の上に街があるみたい!」


「本当だな。……周りを岩山で囲まれてるからか? この地域だけそう見えるな」


「アルカメリアは元々『天上人』が創ったなんて話もありますからね。そう見えるのもあながち間違いではないかも知れませんね♪」


 ギルドの始まりは、この地にある巨大迷宮『古代の巨城エイシェント・パレス』に、世界の冒険家達が集まった事に端を発すると言われている。


 『言われている』なんて曖昧な言い方なのは、実はギルドの歴史はかなり古く、正確な事が分かっていないからだ。

 古代からの依頼書は、俺のズダ袋と同じく、亜空間の巨大な回廊に保管され続けているが、今やその古い階層まで迷宮化していて調べようがない程だと言う。


 ギルド本部には、いつからそれが存在しているのか、現在の技術では説明出来ない設備が数々ある。

 銀行のシステムや、ギルド証の管理、情報網にそれらが利用されている。

 どう考えても『場違いな人工物オーパーツ』なわけでだが、単純にこの広大な石垣自体も、今の技術では施工不可能だそうだ。


「たはーっ♪ おんも久々〜☆

─── って、あれ? ここ精霊界?」


「おおミィル、おはよう。本当に久しぶりだ……な……⁉︎ な、なんだその姿は⁉︎」


 何か少し大きくなってる? 背が伸びてるのもあるけど、そういう次元じゃない。

 前は小鳥サイズだったのが、猫サイズくらいになって、体のつり合いも大人びていた。


 ……うん、なんか胸まで大きくなってる。


「んー? ああ、よく寝たからかな? 後ね、アルフォンスから、すっごく美味しい魔力が、ズンドコ流れ込んでくるのー♪

もう、ずっと食っちゃ寝、食っちゃ寝」


「─── ちょ、おま! じ、自分で揉みながら話すなッ!」


 それを楽しそうに自分で胸を揉みだすのを止めると、悪戯っぽい笑みを浮かべながら見せつけて来た。

 明方前の空のような、暗い紫色のしっとりとした長い髪、それと同じ色の、妖艶な輝きを孕んだ瞳。


「へへえ……アルフォンスって、本当にウブなんだね……♡

今のアルフォンス、すごくおいしそー。直接味見しちゃおうかな……フフフ」


 ピンク色の舌で、ちろっと舌なめずりをして、俺の方へと近づいて来る─── 。


─── バリリ……ッ!


 瞬間、雷がミィルを襲い、体から煙を上げながら、白目を剥いた。


「ミィル……? あんまり冗談が過ぎると、害虫駆除するよっ⁉︎」


「……も、もうしてんじゃん……スタっち……。けほっ、けほっ……」


「ミィル、それくらいじゃ全然効かないでしょ?」


「んー、でもビックリするからイヤ……」


 ミィルはスタルジャの中で会話してるだけあって、なんか独特な関係になってるらしい。

 古くからの友人関係のような空気が出来上がってる。


「…………黒焦げの所悪いが、ミィル、その格好はどうした?」


「アルフォンスのおかげだよー♪ すっごい魔力ゲットしちゃったんだねー。

お陰で大きくなっちゃいました☆」


 禍々しさも倍増してるけどな……。

 よく見ると小さな角まで生えかかってる。


「いやー、そうだろうと思ってはいたけど、ほんとーに魔王だったんだねー♪」


「はっ⁉︎ お前知ってたのか‼︎」


「うん、確信はなかったけどね。こんな強烈な魔力は他にないってー♪

妖精族は魔族とも仲よかったし、大昔の魔王とはこーりゅーもあったんだよ?」


 なんか俺よりミィルの方が先に気づいてたってのが、えらくショックだ……。


「ところでミィル? さっき、ここを精霊界って聞いてたけど、どういうこと?」


「んー、なんかね、あそこからすっごく懐かしい感じの魔力が、ぼんぼん噴き出してるの」


 そう言って指差した先は、アルカメリアの奥にある、もうひとつの石垣の上の神殿だった。


「迷宮……か」


 確かにあそこからは、異様な魔力が流れ出している。

 暴走間近……いや、すでに暴走しているのかも知れない。

 今まで見た迷宮の中でも、別格の存在なんだと、この距離からでも分かった。


「ん、あそこに陣営。帝国?」


「…………本当ですね、確かにあそこに帝国軍が張ってます」


 アルカメリアの断層の下を流れる川、それを挟んで向こう側に、防御策に囲われたテントが並んでいる。

 規模は……微妙だ、そこらの小国なら事足りる戦力だろうが、ギルド本部相手にはやや足りない。

 それでも追っ払わないってのは、やっぱり情報通り、ギルド上層部に何かあったのか?


「─── 特に魔術の匂いも、戦の匂いもしないわ

街に危険はなさそうね」


 風に鼻を傾けていたエリンが振り返った。


「流石だな。ここからでも分かるのか。

よし、まずはアルカメリアに行ってみよう!」


 そうして、俺たちはギルド本部を目指して、岩山を降り始めた。




 ※ 




 断層への唯一の階段は、物々しい警戒態勢だった。


 ……が、ソフィアが前に出ただけで、どうぞどうぞと道が開かれる。

 そこらにいる見張りは、総じてB級以上の実力者達だと、記章を見るまでもなく分かった。


 その冒険者達は、ソフィアが通ると歓声すら挙げている。

 そんなに緊迫した状態だったのかと、彼らの表情を見たら、どうも違うらしい─── 、


『やったぜ! オレ今、ソフィア様と目が合っちゃったもんね!』


『─── 女神……ああ女神様だ』


『う、ぐすっ……。あたし、本部来て良かった……。生ソフィア様、見ちゃったよう……‼︎』


 世界に名だたる冒険者だとは聞いていたけど、何ぞこれ?

 当のソフィアはそんな黄色い声に、眉ひとつ動かさず、黙々と階段を登っている。


「なあソフィアさんよ。アンタ、すげえ有名人だったんだな……」


「あ、サインはお断りしてますからね?」


「いらねえよ! いや、これだけの実力者達が熱を上げてんだ、正直驚いたぜ……」


 セオドアは楽しそうに、周囲の冒険者を見回していた。

 職業柄、人の装備だの、身のこなしだのを観察する癖があると言っていたが、単に闘いが好きなんだろうとも思う。


─── そうして階段を登り切った所で、今来た道を振り返ると、皆が息を呑んでいた


 岩山から見下ろしたアルカメリアの街も絶景だったが、この入口から眺める岩山に囲まれた風景もかなりなものだ。


「素晴らしい眺めでしょう? このアルカメリアの誇りなのです」


 振り返ると、ビシッと制服に身を包んだ、ちょっとキツめな印象の女性が立っている。

 栗色のメッシュの入った髪をアップにまとめ、三角の眼鏡にシャープな印象。

 それらを和らげているのは、口元にあるホクロの存在だろうか、そしてよく見れば意外と目は優しげにも見える。


 その隣には同じく制服姿の、おかっぱ頭の若い娘が、緊張した様子で立っていた。


「ようこそ、ソフィアさん、アルフォンスさん、ティフォさん。

後はアケルのエリンさんと、ユニさんですね?

─── 他の方々は存じませんが……」


「俺達を知ってる? えっと、貴女は……?」


「申し遅れました。ワタクシ、本部長秘書エッラ・マルコウィンと申します。

皆様が向かって居られると情報を得て、いてもたっても居られず、お迎えに上がりました」


 そう言って、礼をする仕草に貴族の匂いを感じつつ、美麗な所作に目を奪われた。


「上から帝国の野営が見えたが、アンタらなンだって放置してンだ?

あんなもん、アンタらなら一捻りだろ?」


 セオドアの問いに、エッラは眼鏡の位置を直しながら、鋭い目つきで彼を射抜いた。


「ああ? テメェどこのモンだ、このど三品が……。ギルドに入って、B級超えてから口聞けや」


「あうう、エッラ先輩、失礼ですよぅ。差別発言は良くないですよぅ……」


「だまらっしゃいミーナ。アルカメリア冒険者ギルド協会幹部たるもの、信用すべきは冒険者の腕のみです。

どこぞの馬の骨ともつかぬ相手に、気を許しては、協会に不利益をもたらしかねません」


「あの、エッ……ロさん……? 彼らは私の連れなのです。失礼な態度で接するようでしたら、貴女ごとこの街を細切れにしますよ?」


 ソフィアのだいたい本気な恐ろしい発言に、エッラは再び恭しく礼をとった。


「ソフィアさんがそう仰られるのであれば、そのように……ちなみにエッラです。エロくはございません」


「失礼。分かっていただければ、こちらは問題ありません。

……………………眼鏡さん」


「「「(もう憶えるの諦めた──ッ⁉︎)」」」


 笑いを堪えてるミーナの頰を、強かにつねりながら、エッラは正門へと手を掲げた。


「帝国など問題ではありません。そちらの調整はお任せ下さい。

─── 私共は皆様のお越しを、お待ちしておりました。どうぞ、ご案内いたしましょう」


 そう告げると共に、アルカメリアの強固な正門が重苦しい音を立てて開かれ、その街並みが目に飛び込んで来た─── 。




 ※ 




 遺跡─── 。


 街の印象はまずそれだった。

 明るい灰色の石材で造られた建造物は、正四角錐もしくは、立方体を成している。


 水はけの悪い部分は黒ずんでいるが、痛んでいる様子はない。

 それでも風雨にさらされた結果、建造物に残された紋様らしき物は、磨耗していて原型が分からない程だ。


 そういう古い建物の間に、シリルの木組建築に似た、新しい建物が建ち並んでいる。

 街の中央から放射線状に伸びる道に沿って、それらの建物が並ぶ風景は、古代の陵墓りょうぼを思わせる雰囲気があった。


─── そして、その中央にそびえる円筒形の塔が、雲間の光を浴びて、幽玄とした雰囲気を醸している


「あの塔が本部。全世界のギルドの中心。冒険者達の砦です」


 うっとりとした表情で、エッラはそう言うと、また歩き出した。


 街の中は多くの人々でごった返し、至る所から槌を打つ音や、木材を切る音が響いている。

 冒険者だけではなく、商人や大工、医者や教師など、一通りの職がそろっているそうだ。

 エッラがそんな事を説明しながら歩いていると、周囲にはだんだんと人だかりが出来始めていた。


『ふおお……ソフィア様だぞおいっ』


『かあ〜、高嶺の花過ぎて、眼底が痛え』


『─── なあ、あの禍々しい髑髏どくろ野郎、もしかしてよぉ……』


『『『ルーキー⁉︎』』』


『んだよ“ルーキー”って?』


『ばっか、お前知らねえのかよ! 登録して即A級、バグナスのギルドマスター“狂犬タイガー・ガストン”をギッタギタにしたって奴だよ!』


『……しかも、魔族の幹部を三体も殺ってるって聞いたぜ? 一年でS級昇格ってなぁ、史上最速だってよ』


『なんだそりゃ、勇者かよ? 見た目は魔王だけどな。がははは』


『ばっ、オメエ聞こえたらどうすんだ! 気に入らねえ相手は、目ん玉くり抜いて持ち歩くって噂なんだぜ⁉︎』


 ……もう聞こえてんよ。

 んだよ、そのサイコな人物像はよ……。


 勇者とか魔王とか聞こえた時は、内心かなりヒヤッとしたが、俺のギルドでの評価はこんな感じなのか。

 てか、最後のは『エスキュラの眼』の事か……大分捻じ曲がってんなぁ。


 ふと見ると、何故かエリンがうっとりした顔で俺を見上げてた。

 『流石、アル様』とか言いながら、身を寄せて尻尾を絡めて来る。

 うう、ドキドキするからやめて欲しい……。


「フフフ、流石は史上最速のS級冒険者『ルーキー』ですね。皆に知れ渡っておいでです」


「だ、大分、話が大きくなってるみたいだがな……」


「こちらに来ている報告からは、それ程ズレてはいないようですが?

ワタクシはあの『鉄の処女レオノラ』を更生させた件のお話が聞きたいのですけれど─── 」


「て、鉄の処女? ああ、レオノラの事か」


 どうもバグナスギルドで、俺の魔術試験官を担当した、あのレオノラの事らしい。

 そう言えば元宮廷魔術師で、鳴物入りで本部入りして、すぐにバグナスへ左遷だったっけか。


「あの頭でっかちが貴方に女にされ、今やバグナスギルドのアイドルだとか。そして、このはべらせた女性陣の数……。

─── ムフフ、冒険野郎は色も好むと申しますものね……」


「エッラ先輩、眼鏡曇ってますよ! 足元危ないです!」


 後輩のミーナが指摘するも、彼女は恍惚の表情でプルプルしているだけだった。

 ……この秘書官も、何か大きな勘違いしてるらしいなぁ。


 何かもう帰りたいとか思い始めた時だった、目の前に迫っていた本部の入口から、男の怒鳴り声が聞こえて来た。



─── その態度、後悔いたしますぞ‼︎



 男は外から、開かれた扉の向こうで深々と頭を下げている人物を指差して、怒りを露わにしている。

 しかし、相手が頭を下げたまま、反応しないのを悟ると、大股で俺たちの前を過ぎ去って行った。


「今のって、帝国軍の人間じゃないのか?」


「ええ、帝国軍の使者です。……何度来ても答えは同じ、いや、会長がご不在なので返答出来かねるとお伝えしているのですがね〜。

しつこいったらないです」


「なんか凄く怒ってたけど、大丈夫なの?」


 スタルジャが不安そうに尋ねるも、エッラはツーンと澄まして反応しない。

 露骨なガン無視だ。


「……眼鏡さん? 私の可愛いスタちゃんをシカトこくとは、いい度胸じゃないですか。

風通し良くして差し上げましょうか……?」


「はぁ、問題ありませんよ、あちらもポーズでしかありませんしね。今の方、個人の意向など、現状はどうでもよろしいのです」


 エッラは酷く面倒臭そうに、モダンを指で引っ掛け、眼鏡を上下にぱかぱかさせながらスタルジャに答える。

 ……スタルジャは冒険者登録してないからなぁ、この人、本当に階級差別が露骨だわ。


「─── まあ、いつもは私が対応しておりますが、タイミングが悪かったのでしょうね、あの方が対応したとなると……」


 彼女がそこまで言いかけた時、帝国の使者を追い払っていた人物がこっちに気がつき、手を振りながら走って来た。


「うっわぁ〜! アルさん、アルさんじゃないかぁ〜♪」


「─── へ⁉︎ マッコイさん⁉︎」


 ブラウンアッシュのオールバック、ぴしっとした口髭、鷹のような鋭い目……が溶けてるけど間違いない。

 ジェラルド・マッコイ監査委員─── 、バグナスの『石像の迷宮』でお世話になった、コーヒーおじさんだ。


「いやぁ、久しぶりだねぇ、会いたかったよ〜! こんなに大きくなって〜♪」


「背は伸びてないよ……。って、マッコイさんの方こそ体デカくなってない⁉︎」


 バグナスで会った時は、ひょろっこいおじさんだったのに、今は制服の上からでも筋肉の隆起が分かるくらいにバルクアップしている。

 さっきから握手して離さない手も、剣ダコでゴツゴツだ。


「アルさんとの迷宮攻略から、また冒険心が再燃しちゃってね! 一から鍛え直しちゃったんだよぉ♪」


「そりゃあまた……思い切った事を。あれから二年しか経ってないのに、その変化は凄いな」


「マッスルメモリーってやつかな♪ ちょっと鍛えたら直ぐに戻って来てね。むしろ現役時代より、コツが分かって急成長しちゃってるんだぁ〜」


「─── お話中に済みません

マッコイ監査課長、先程帝国の使者がお見えのようでしたが……?」


 エッラが割って入ると、彼はフッと笑って目を閉じ、腕組みをした。

 人差し指をチッチと振る姿が、ひどくロマンスグレーだ。


「また同じ要求だったけどね、私が独断でバッチリ断っておいたよ……。

─── アルフォンス・ゴールマインの身柄はもちろん、情報のひとつたりともくれてやらんとねッ‼︎」


「正式に断っちゃったんですか?」


「うん! やったった!」


「ハァ……。会長と本部長不在なんですよ?

─── 重大な越権行為じゃないですか」


「─── ッ⁉︎」


 マッコイさんの目が鋭く遠くなる。

 初めて会った時は、ずっとこんな顔だったな。


「マッコイ監査課長、現実逃避はおやめください。……まあ、本部長がそろそろお戻りになられるでしょうから、沙汰はその時に。

そこの職員達、マッコイ監査課長を独房へ」


「ぼ、冒険者を守るのが私達の役目! 私はアルさんを守り抜く……ッ‼︎」


 そう叫びながらマッコイさんは、屈強な職員数名に両脇を抱えられて、連行されて行ってしまった。

 うん? もしかして、帝国が迫ってた情報開示って、俺の事だったのか⁉︎


「─── あー、この騒動って俺が原因か?

入口前の警戒も厳重だったが……」


「いえ、それもありますが、帝国の要求の真意は、ローオーズ領の一件へのポーズでしょう。アルフォンスさんの身柄や、情報が得られなくても、動きに変わりはないはずです。

入口前の警戒態勢は、外の帝国のためではなく、内側の問題が外に出て行かない為の措置です」


「内側から……?」


「立ち話もなんですから、中でお話しいたしましょう。

そろそろ本部長がお戻りになられますので、その時にしますか、それまでは……、

─── そちらのお三方の適正試験など、いかがです?」


 そう言って、エッラはスタルジャとセオドア夫妻の三人を、ものすっごく反り返って見下ろした。

 適正試験……冒険者登録しろってか、彼女の露骨な依怙贔屓も痛いし、その方が良いのかも知れないな─── 。




 ※ ※ ※




─── ズズゥ……ン……ッ


 キングオークが白眼を剥いて、横倒しに地面へと崩れ落ちた。

  突き出していた腕を戻して、スタルジャは肩にかかった髪を、煩わしげに後ろへと払う。


「─── え? へ?」


 エッラとミーナは、状況が飲み込めずに、ポカンとした顔で何故か俺の方をそろって振り返った。


「スタルジャが、掌底で側頭部を打ち抜いたんだ。脳震盪のうしんとうで気を失ってるだけだから、近づくなよ?」


「な、なんと! こちらのエルフの方は、武道家だったんですか⁉︎」


「ううん、私別に体術得意じゃないよ? 強いて言えば槍の方が好き」


 スタルジャの言葉で、エッラの困惑していた顔に、一瞬怒りの色がさした。


「ほほう……? 適性試験で実力を隠したのですか。それは少し頂けませんね。そのお得意な槍を何故使用しなかったんですか……」


「無駄な殺生はかわいそうでしょ? 召喚された魔物だからって、この子も生きてるんだよ?」


「魔物に……情けをかけるのですか!」


 まあ、この反応が一般的だろうなぁ。

 スタルジャは基本的に暴力を好まない、魔物との闘いだって、必要以上に殺そうとはしない。


 優しいってのもあるだろうが、馬族に受けた過去の傷が、そうさせているのかも知れない。

 そう思っていたら、スタルジャは意外な事を言い出した。


「魔物だって、余計な魔力溜まりを解消したり、増え過ぎた魔獣を減らしたりしてるの。

無闇に殺せば、魔獣が増え過ぎるって事くらいわからないの?」


「─── そ、それは……初耳ですね……

しかし、試験は試験、本気でやっていただかないと……」


「眼鏡さん。それは止しておいた方がいいと思いますよ?

彼女は経験が浅いので、手加減とか出来ないんですよ。

─── 彼女の槍の腕は、私の剣技に並びます

この塔自体がもたないと思いますが……」


「……へ? か、彼女がですか? ソフィアさんと同等……⁉︎」


 エッラの困惑も当然だろう、スタルジャはとんでもなく強いが、闘気や殺気は全くと言っていいほど表に出さない。


 因みに適性検査の最初の挑戦者は、セオドアだった。

 彼は筆記は残念だったものの、その後の戦闘試験と魔術試験では、非常に優秀だった。

 性格に似合わず、試験官の実力に合わせて、絶妙に手加減をしつつ、クレバーな立ち回りを見せるという安定した技量を見せた形だ。


 次のアースラは、筆記試験はぼちぼち、そして戦闘試験と魔術試験は……。


─── 悪夢の一言だった


 彼女の降魔神霊術は、補助的な魔術に特化しているようで、戦闘は危ぶまれていた。

 しかし、フタを開けてみれば、相手の能力をガスガス奪って無力化し、イチョウの葉形の刃のついた杖で斬り刻む。


 声を出す力すら奪われた担当官は、恐怖におののき、剥き出した目でエッラに降参を告げようとするも……。

 アースラが体でその視線を遮り、舌なめずりする姿なんかは、夢に出て来そうだ。


 そんな感じで、ふたりはサクッと終わったのだが、何故かエッラはスタルジャには厳しく努めようとしている。


「……分かりました。

では魔術試験ですが、残念ながらアースラさんとの闘いで試験官が灰のようになってしまいました……。

─── このワタクシが、お相手いたしましょう」


「へ? あんた闘えるのか? あのな、スタルジャの魔術は……」


「ご心配なく、アルフォンスさん。

エッラ先輩はこれでもレオノラさんの元同僚、魔術王国ローデルハットの宮廷魔術なんです!」


 ああ、だからレオノラに妙な意識を持ってたのか。

 いや、でもレオノラと同じくらいって事は、スタルジャ相手じゃあ……。


 止めようかなとエッラの方を見ると、スタルジャに対して高圧的な表情で、煽りをかけている所だった。


「S級冒険者とは、国家すらその肩に担う事もある、最高峰の冒険者。その中でもアルフォンスさんは、この短期間で想像を絶する貢献をされた方、人類の宝なのです。

貴女にパーティメンバーが勤まるか、ワタクシが直接見て差し上げます……。

─── このワタクシに負ける程度なら、とっととお国に帰られた方がよいかと存じますわ」



─── カチン……ッ



 ん? 今、スタルジャから何か音が……。


「いいよ? 貴女を降参させたら、私はアルといる権利が、認めてもらえるのね」


「いや、おい。

認めるも何もスタルジャは俺の─── 」


「フッ、貴女がどうしょうもない存在だったら、ワタクシが彼を最高の冒険者にするべく、代わってパートナーとなって差し上げます」


「上等だね、さあ、やろうよ」


「あらあら、怒りに心が乱れてはいませんか?

これでは、勝負にならないかも知れませんね。─── 餞別に、魔術の高み、とくとお見せしましょう」


 これ、適性試験なんだよな……?

 なんかさっきから睨み合うふたりを中心に、ズゴゴって地鳴りがしてんだけど。

 気がついたらソフィアとティフォが、試験会場をガッチガチの結界で梱包してるし……。


 開始早々、動いたのはエッラの方だった。


「……水の覇王サーティアよ、我が盟約の主、水聖アーケリュオンの権限に於いて、その孤高の剣を─── 」


 エッラの足元に巨大な魔法陣が浮かび、彼女の詠唱が始まると、水の気を孕んだ膨大な魔力が渦を巻き始める。

 短縮詠唱、あと数秒で水属性の破壊魔術が発動されるだろう。


 しかし、スタルジャは怒りの頂点を超えた、ちょっと眠そうに見える目で、そのエッラを見据え腕組みをしているだけだった。


「─── 吹き飛びなさい【終末の濤波デュエド・トォン】!」


 エッラの周囲に、巨大な水の球体がいくつも浮かび、回転を始める。

 会場は瞬時にくるぶしの辺りまで水が溜まり、球体の回転に合わせて、渦を巻いていた。


 強烈な水の魔力の圧力が、スタルジャを押し潰さんと膨れ上がる。


 超々高圧の津波が襲う、水属性の超上級魔術。

 街ごと呑み込む広域殲滅魔術だ─── !


 ……スタルジャは術の発動が完了するのを見て、ゆっくりとうつむいた。



─── ……伏せ



 口許を微笑むように歪ませて、スタルジャの口から一言が発せられた瞬間。

 プンッと甲高い音を立てて、部屋にみなぎっていた水の魔力が、水球ごと消えた。


「な……ッ! へ、え……⁉︎」


 エッラは目を見開き、体をガクガクと震わせ、力無くその場に膝をついた。


「魔術の高みを見せる? 

馬鹿いわないでよ、そんな魔力の経路も丸見えなお粗末な術式じゃあ、簡単に魔力ごと主導権を奪われるでしょ。

─── 貴女、不勉強だね」


「……え? ……え? えぇ?」


「それにさ、水の覇王? 何それ、こんな若くて小さな子に頼ろうなんて、貴女恥ずかしくないの?」


 スタルジャの周囲に、最上位の水の精霊達が、光の球体となって戯れ出した。

 エッラの繋ごうとした精霊サーティアも、エッラの中から飛び出して、スタルジャの近くに寄り添う。


 魔術を乗っ取ってかつ、魔力を根こそぎ奪ったらしい。

 エッラは力無く膝をつき、体を重そうに起こして、呆然としていた。


 スタルジャは耳に髪をかきあげながら、ゆっくりとエッラに近づいて行く。

 さっきまで濡れていた床は、スタルジャの完全な管理下に置かれたせいか、もう水一滴落ちていない。


「……あ、ああ……貴女は一体……⁉︎」


「うるさいなぁ、大声を出さないでよ。精霊達が嫌がっちゃうでしょ?

─── 【沈黙タウェル】……」


 言葉を封じる魔術が、無詠唱で発動すると、エッラの喉がキュッと小さな音を立てた。

 口をパクパクさせているが、息が音となって出せないようだ。


「ああ、そうそう、貴女は水の魔術が得意なのかな? じゃあさぁ─── 」


 硬直するエッラの目の前に立ったスタルジャは、にこりと微笑んだ。



─── 見せてあげるよ……水の魔術の高み



 大口を開けて何かを訴えるエッラの周囲に、急激に高まった水の魔力が、空気とぶつかり合って放電現象を起こす。

 その直後、ギルド本部の地下室が、深海の世界へと変貌した─── 。


 精霊術師のエルフに、魔術で挑むのは、本当に危険な事なんだね。

 と言うか、スタルジャは怒らせちゃいけないって、ハッキリ分かったよ。


─── この日、俺はギルド職員達に対して、都合五回の回復魔術と、二回の蘇生魔術を使う事となった

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