第十三話 ダラングスグル大砂漠

 とげが並ぶひょろ長い枝から、頭頂に赤いトサカを持つくすんだ羽根色の鳥が、甲高く鳴いて飛び立った。


 ズアカフウカンチョウ、ダルンの西に広がる『ダラングスグル大砂漠』に生息する、スズメ目の亜種だ。

 見た目にも鮮やかで、珍しいこの鳥が、マールダーの何処にでもいるスズメという鳥の仲間だと思うと、どうにも感慨深い。


─── この地にはこの地の、命の形かある


 砂漠が死の大地だと思えば、意外とそうじゃない事は、少し歩いただけでよく分かった。

 点々と吹き溜まりみたいな所に、植物は必死に生えているし、時折ネズミとモグラの合いの子みたいなのがトテトテ走って行く姿もある。

 哺乳類がいるって事は、何らかの生態系もあるのだろう。


─── 『旅は人を賢人にはしないが、常識の範囲は広げるだろう』


 いつだったか、タッセルの砂漠地帯で出会った、商人の老人がそう言っていた。

 旅の間の経験は、直接手に付く即戦力の知識とはなり難いが、賢人となる為の基礎的な視野を広げる修練にはなると言う事らしい。


 なるほど、分かるような気もする。

 この地は俺の今までの常識とは違う、この地なりの進み方で続いて来たんだ。

 自分の思う常識など、そこらで聞いた概念の偏りでしか無いのかも知れない。


 ちなみにソフィアの拠点だったバグナスの手前、タッセルの砂漠の一部はピンクベージュの砂で、その時も呆然と眺めたものだった。


 このダルンの砂漠は灰色、きっと陽の光の位置や、土地の持つ成分の違いがあるのだろう。

 そのミクロの世界の要素が、世界を二分する程の広大な景色を作っていると言うのは、やはり不思議な感覚を覚える。


 ケフィオスの里から歩く事、三日。

 俺たちの前に広がった灰色の世界は、蒼と灰色の二色にクッキリと別れ、想像していた砂漠の情景を更に壮大なスケールへと塗り替えた。


 歩き出す方向を知ろうにも、これ程広大な砂一面の風景に、最初の一歩を躊躇ちゅうちょさせる。


 少し歩く角度が違うだけで、遥か遠い目的地のシノンカまで、どれだけの誤差が生まれる事か。

 更に風で作り上げられた、砂の生み出す大自然の彫刻は、至る所に巨大な丘を生み出して、遠景の詳細を隠している。


「─── 流石にここからでは、探索の魔術も届きません……」


 ナウシュが申し訳無さそうに呟くと、マラルメが笑う。


「当たり前だ、ここからシノンカまでどれだけあると思っている。正確な場所はここからでは掴めんが、海岸から辿れば分かるだろう。

─── 難儀ではあるが、まずは大陸の西端を目指すしかあるまい……」


 ノゥトハークとスクェアクの安眠を取り戻すため、そして俺の呼び出し命令に応じるため、通り道となるケフィオスを通った。

 シノンカにある、ラミリア神殿に行くと言うと、彼らは嬉々としてついて来てしまった。


 現在のメンバーは、ソフィアとティフォの女神二人と、スタルジャ。

 ロゥトからはノゥトハークとスクェアク。


 そしてケフィオスからは、マラルメとナウシュ、その他に砂漠を探索した経験のある白髪のエルフ五人が共する事となった。


「国土の四分の一を占める、ダラン大砂漠を横断とは、引きこもりの我らには良い薬であろう。はっはっはっは!」


 そう笑うマラルメだが、やや瞳孔は開き気味だった。

 砂漠を少し歩けば分かる。

 この小さな砂の集合は、足裏の力を分散して、歩みを重くさせるのだ。

 おそらく、その疲労は普通の平地の二倍から三倍は消耗するだろう。


─── この砂漠を渡るに、街道を歩くのとは時間も労力も訳が違うはずだ


 思い切って飛翔魔術でも使うか?

 里を出て以来、この旅の間は出来る限り自分の足で歩くと決めはしたが、これは時間がいくらあっても足りないかも知れない。


 その前に、シノンカに辿り着けるかどうかすら……。

 それ程、この砂漠の光景は、人の規模を超えた極大のハードルにしか見えなかった。


「……あのぅ、やっぱり無理難題じゃったかのぅ」


 更にクマを濃くしたノゥトハーク爺が、小さくなって呻くように言った。

 これだけ筋骨隆々の生命力の申し子のような男でも、睡眠不足は精神を弱くするらしい。

 その姿には、何とかしてやりたいと思わせる、悲壮感が漂いまくっている。



─── ピコーン



 突然、間の抜けた音が、俺達の背後から上がった。

 振り返ると、ティフォが触手を四方に広げてワサワサさせていた。


「「「ひぃっ」」」


 ケフィオスのエルフ達が腰を抜かした。

 ティフォが異界の神である事は、すでに教えてはあるが、角と触手ありの本来の姿を見るのは初めてだった。

 そのティフォの角が、赤い光を点滅させながら、時折ピコーンと甲高い音を出している。


「─── どうしたティフォ、新しい遊びか?」


「たわけ、オニイチャ。このあたしが、せーかくな、場所をおしえて、しんぜよーぞ?」


「……何で疑問形なんだよ。マラルメ達の喋り方に合わせなくていいっての。

─── って、場所が分かったのか⁉︎」


 物凄いドヤ顔で踏ん反り返ってる。

 これは本当にやりやがったな!


「ふん、オニイチャ、あたしを好きっていえ!」


「……す、好きです。ティフォさん……」



─── ボッ!



「さ、さんづけは……新しいよぅ……」


「自分で言わせておいて……。あ、いや、それよりどっちに行けばいい⁉︎」


 ティフォは両手で頬を覆ったまま、空中に触手で地図を形作った。

 そこにはバッチリと、地形の情報まで表してある上に、難所を避けたコースが描かれていた。


「─── なッ! 何と、ティ、ティフォ様は、これ程の範囲を、一瞬で把握し切ったのですかッ⁉︎」


 マラルメが恐縮し切って、震えていた。

 ティフォは俺の肩に、うなだれるように寄り掛かり、余裕のジト目で『ふふん』と返した。

 ……何ともドヤの後光が凄い。


「ティフォちゃんがこれ程にドヤるなら、全く問題ないですよ♪ さ、行きましょう!」


「うむ、我、問題、ない」


 いつも以上に片言なのが気にはなるが、表情で見えなくとも、かなりはしゃいでいるのだろう。

 取り敢えず彼女を横抱きにして、頭を撫でておいた。


 ニコニコ顔のソフィアが歩き出し、全員がそれにならって進み出す。

 これだけ詳細が分かっていれば、何の心配もない、ケフィオスの面々も、パッと表情を明るくして軽快に歩き出した。



─── んで、数歩くらいだったか、俺達は突如砂に呑まれた訳だ




 ※ ※ ※




「─── う、うぅ……ん」


 自分の口から漏れた声で、気を失っていた事に気がついた。

 全身が異様に重たくて、身動きが取れず、暗闇の中、視界だけがぼんやりと意識に流れ込んで来る。


 目に魔力を集中させて、視界の感度を引き上げると、何か顔に布のような物が覆っている事が分かった。


「─── なん……だこれ……」


 そう呟くと、布がピクリと揺れたようだ。

 自分の吐いた息で、覆っている布と白い塊が、プルプルと動いた。

 その動きで、自分のあごを挟み込むように、柔らかな何かが俺の上に乗っかっているのが分かった。

 ……妙に温かい。


 ふっと息を掛けて見れば、またプルプルと動き、それごと覆っている布が少し持ち上がった。

 顔を覆っているのは薄めの白い布で、規則正しい折り目が入っているようだ。


─── んん? この布は何処か見覚えが……


 段々と頭に冴えが戻って来て、仰向けに倒れている自分の上半身と下半身、右腕に何か重たい物が乗っている事が分かった。


 とにかく顔の前の布が邪魔だ。

 左腕は顔の前に乗っている何かが、肘の内側に引っ掛かっているらしく動かせない。

 右腕に力を入れて持ち上げようとすると、手の平に柔らかい何かが触れる。

 それ程大きくはないが、何とも言えない包み込まれるような優しい感触が指を包み込む。


─── ん? 砂じゃない……なんだこれ?


 探ろうと指先を動かすと、少し硬い突起のような物が、指先に引っ掛かる。

 それを確かめようと、指先を動かせばコリコリとした突起が、何処までも柔らかい何かから飛び出している事が分かった。


 感触が楽しくて、ボーッとしながら何度か繰り返していじっていると、急にピクンと動いた。


「んん……ん、あっ……あっ……」


 くぐもってはいるものの、鼻に掛かる甘い声が聞こえた。


「え! ちょっ……何これ⁉︎」


 思わず声を出しながら、少し強めにそれを掴んで見る。

 むにゅんとした少し余るサイズの何かが、手の中で柔らかく反発するのが分かった。


「あっ♡ あ、アル様……だ、だめぇ……」


 動かしている腕の方から、聞き慣れた声が、やや鼻に掛かって押し出された。


「そ、その声はスタルジャ⁉︎ え、じゃあこれってスタルジャの……⁉︎」


 焦って起き上がろうと、何とか上体をくねらせるが、あご先を埋める柔らかな白い物に食い込むだけだ。


「く……何だこれ! 動きが取れない……」


 格闘術で言う所の、押さえ込みと同じ場所に、完璧に重量物が乗っていて、起き上がる事が出来ない。

 いっそ魔術でと考えるも、周りがどうなっているのかすら、布が邪魔をして見えない。

 下手に魔術なんか使ったらどうなる事か。


 ジタバタとする度に、あご先に柔らかい物が擦れ、やがてピクリと大きく動いて、少し浮き上がった。


「─── や……っ、アッ、ん! あ、あるく……ん! そこはぁ……」


 ソフィアの声が、左の脇腹辺りから聞こえた。


─── んんん? て事は、今俺の上に乗ってるのはソフィアで、頭がそこにあるって事は、このあご先の柔らかいのが…………お尻⁉︎


「そ、ソフィ! う、動けるか? こ、ここ、この体勢は……ままま、まずい!」


「はンッ♡ あ、アルくん、喋っちゃダメ……あごが、アルくんのあごが……」


 更に腰が浮いて、目の前に何があるのか、バッチリ見える位置にそれがプルプル揺れる。

 慌てて動かす右腕の上には、スタルジャの胸。


─── あ、あかん。これは……あかん!


 と、俺の下半身に乗っていた何かが、モソモソと動いた。


「─── んん……あれ、オニイチャ? ここに何か、かたいの入ってる」


 ティフォの声が、股間の上から聞こえた。

 しかも、それを確かめるように、ティフォが顔をグリグリ押し付けているようだ。


「……や、止めろティフォ! そ、そこは……今はお願い、今はちょっとヤメて!」


「んー? こうするほーがいい?」



─── ちょんちょん



「お前! 確信犯だな⁉︎ どけ、今すぐそこをどけええぇぇッ!」


「だめーオニイチャー、うごけなーい(棒)」


「はぅッ、だ、だからアルくん喋っちゃ……!」


「く……ぅ、アル様、乱暴にしないで……」


─── のおおおおおおおぉぉぉーッ!


 結局、ソフィアが動けるようになるまで、俺はティフォにオイタをされ続け、スタルジャには『性獣さん』と甘い声で責められた。


「……しかし、ここは一体……?」


 俺達が今立っているのは、地下にあった巨大な筒状のホールだ。

 大きめな屋敷ひとつは入りそうな広さに、天井は高く、その様子はうかがい知れなかった。

 漆喰しっくいのような質感の壁は、それ程古いものでは無いらしい。

 見ればホールの床は網のようになっていて、サラサラと砂が落ちて行く。


 相当な高さを、瓦礫と共に落下したらしいが、結界のお陰で怪我は無かった。

 ……ただ、作った結界が狭かった為に、あの痴態を繰り広げる事に……おうふ、今は忘れよう。


 他のメンバーも結界に守られ、呆然とホールに座り込んで、天井を眺めている。


 砂漠を進み始めてすぐ、広範囲に砂が陥落して、一瞬にして呑み込まれた。

 すぐに触手を伸ばしたが、砂に歯が立たず、全員を守る方針に即座切り替えた。


 エルフの男性陣にはひとりひとり防御結界を、近くにいた彼女達は触手で引き寄せ、まとめて結界を掛けるまでが限界だった。

 余りに唐突な大規模陥落だった上、ルンルン気分でスタートして、数秒でこんな大参事になるとは想像するはずもない。


─── とにかく全員が無事だった


 ホールには、一カ所だけ通路がある。

 合掌堀の整備された坑道のような、いや協会の長い地下通路と言われても納得出来る見事な通路だった。

 点々と小さな灯が続いているが、圧倒的に光量が足らず、先の様子は見えない。


 通路の天井も高く、普通の二階建の屋根くらいはあろうか、上に向かって狭まる壁は、ホールと同じ白く凹凸のない美しいものだ。

 床は暗い灰色の石のようだが、繋ぎ目が見当たらない。

 両端に網の掛かった側溝があり、ここにも砂が落ちて行く仕組みになっているようだ。


「ここは一体……」


 通路の前で呟くと、ノゥトハーク爺が髭を絶えず触りながらやって来た。

 相当に知的好奇心がくすぐられているらしい。


「この壁の材質、床の作り、間違いないのぅ、シノンカの技術じゃろうて。

じゃが、あの頃はこんな所にまで、こんな物は無かったはず─── となると……」


 そう言ってブツブツと考え事をしながら、懐かしい物を眺める感じで、壁や床をペタペタ触っている。


「─── あ、オニイチャ。ベヒーモスがゆくえふめー」


「え? あいつ、ティフォのポシェットに入ってなかったのか?」


 最近、余りにも普通に猫暮らししてたし、移動中は必ずティフォのポシェットに居たから、あの一瞬ではそこまで気が回らなかった。


「ん、ちゃんと入ってたよ? オニイチャをこねくり回してる間に、どっかいったか」


「こ、こねくり回すとか言わない! 参ったな、砂と一緒に網から落ちたなんて事は無いだろうし……。まさか上に取り残して来たか?」


 上を見上げるが、分かるはずもない。

 ティフォ曰く、落ちた時に『ぶにゃん』と声を出していたらしいし、ポシェットから出て行くのも分かったらしい。


「……他に出入口も見当たらないし、もしかしてこの先に行ったか」


 と、通路の先を覗き込んだ時だった。



─── ドドドドドド……



 奥から迫り来る、大勢の足音が響いて来た。

 俺達は通路の入口の脇に寄り、それが姿を現わすのに備えた。


「にゃ〜ん♪」


 ベヒーモスが上機嫌で飛び出して、ティフォに気がつくと、急転回して飛びついた。


「おい、ベヒーモス。お前どこに行って……いや、何を連れて来た⁉︎」


「にゃ〜ん♪」


 正体を知っているエルフ達は、やはりベヒーモスを前に固まっている。


─── そっちさいったで、追えや追え!

─── 吸気塔か、文字通り袋のべへーもすだべ


 そんな怒鳴り声と共に、足音が通路の入口近くに迫った。

 と、ティフォが触手を一本、不可視の状態でしれーっと足の高さで入口に張る。


「……お、おいティフォ! それはマズイ!」


─── ドドドドドド……ガッ……おおぅっ⁉︎


 目の前で焦げ茶色の塊がひとつふたつ転ぶと、後続が連鎖してホールに茶色い山を築いた。


「いぇす、せんてひっしょう!」


「─── あ、あほーッ! おい、大丈夫かーッ!」


 駆け寄る俺の姿に、近くで転がっていた焦げ茶の毛玉がムクリと起き上がった。


「─── ち、珍獣⁉︎ おい、皆んな早よ起きれッ! べへーもすだけじゃねぇ、でっけぇ猿の珍獣がここにも!」


「「「なぁにぃ!」」」


 そう言って、一斉に眼を光らせてこっちを見た。


─── ええと……もぐら?


 人よりちょっと小さいモグラの集団が、ころころと這い回りながら、後ろ足で立ち上がる。


「…………アル様、これがムグラ族じゃて。

おお、お前達、息災であったか! 儂らじゃあ、エルフ族が帰って来たぞ!」


「「「えるふ???」」」


 もぐら……ムグラ達が一斉に首を傾げ、その場で会議が始まるった。

 そこかしこに『珍獣』とか『新種』とかの言葉があるのが気になるが、誰かの意見で急に話がついたらしい。

 『あーあったあったそんな話』みたいな声を掛け合って、此方に一斉に振り向く。



「「「おかえり!」」」



 途端にフレンドリーになって、体をペシペシ触りながら、俺達は通路の奥の、彼らの住まいに案内される事となった。




 ※ ※ ※




「……なぁんだぁ、べへーもす、あんたらの友達だったんかぁ」


「ん。たべたら、殺す」


 そう言いながら、ティフォはベヒーモスを抱いて、後ろに向ける。

 何だかんだ言って、可愛がってんだよなぁ。

 抱く力余って『ぐみゃん』て呻いてるけど。


「だははは! そっだら事しねぇよぉ! ひとつになるんだぁ。そんでもってよ、最近暴れてる上の魔物さ潰してな、もうちっと水と食料集めんのよぉ〜」


 ひとつになる? 使役するって事かな。


「すまん、ムグラ族ってのは、魔物を─── 」


「区長、ごちそう出来たよぉ〜! 食堂さ来いって」


 そんな話をしていたら、部屋に他のムグラがやって来た。

 今まで話していたのは、この区域の区長らしい。

 ムグラ族はシノンカを起点に、砂漠の地下に蜘蛛の巣状の通路を築き、区画ごとに街を作って暮らしているという。


 ここはムグラ族最果ての区域『おわり三区』だそうだ。

 凄く雑なネーミングだが、余りに街が多過ぎて、気取った事をすると、訳が分からなくなるからだと言う。

 ひとつの街に、三百〜四百くらい人口があって、街の数は二千五百程あり、今も増え続けているそうだ。


 ……そりゃあ、全景から分かりやすく名付けた方が、街の位置も分かりやすい。


 ちなみに俺は、他のムグラと区長の見分けがつかない。

 と言うか、皆んなモグラの姿で、男と女の違いが、声を聞かないと分からない。

 それが人懐っこいもんで、ワラワラ集まってくるのだから、本当に分からなくなる。


「おお〜おお〜! ありがとなぁ、ほれ、お客さん方、ごはん食べよ食べよ」


 そう言って、独特だが温かみのある訛りで、区長は俺達を食堂へと案内してくれた。

 と、その道すがら、スクェアクが俺に小声で話し掛けて来た。


(……な、なぁ、アル様。モグラのご馳走つったらさぁ……)


(……ん、何だこんな時に、モグラの食べる物って言ったら……ミミズ、オケラとか、甲虫の幼虫なんかが多いけど…………あッ⁉︎)


(……アル様、俺の弱点を教えるぜ。ミミズとかオケラとか、甲虫の幼虫を食わされる事だ)


(……おまッ! 今回ピンポイントに攻められ過ぎだろ! エルフは嘘つけないんじゃ無いんですかぁ⁉︎)


(……死ぬか、神聖を保つか言われたら、どっちよ? 追い詰められたら俺達だって嘘くらいつくぜ⁉︎)


「はいよはいよ〜♪ ここだぁ、大したもんはねぇけど、楽しんでなぁ〜」


 俺とスクェアクが眼を閉じて、お互いの腕を掴み合っていたら、女性陣の歓声が聞こえた。

 昆虫系料理って、女子に人気なのか⁉︎

 そんな事を思って薄っすら眼を開けたら、綺麗な白い皿に、前菜だろうか少ない色彩ながら、美しくまとまったひと皿があった。


「今日はなぁ、丁度シノンカの海岸から海の幸が来る日でよぉ。さっき追加も特急便で頼んだからなぁ? いっぺぇ食ってけな」


 海の幸? シノンカまで600kmetも離れてて、その先の海岸からお取り寄せ⁉︎

 おいおい、そりゃ死ぬぜ? 何日かかって運ばれて来たんだよ……。


 そう心の中で怯えながら、席に着く。

 目の前の皿には、綺麗な緑色の豆と、黄色の瑞々しい野菜のスライスが乗った、大ぶりのホテトン貝が艶やかに構えていた。

 やや褐色のソースが細く線を描き、貝の身のクリーム色と、緑、黄色、そして白い皿の配色を綺麗にまとめ上げている。


─── この色彩感覚は、最早、芸術だ……!


 これ程の繊細な仕事をする料理人が、食べ時を逃した海鮮食材を出したりするもんか。

 まだスクェアクは鳩みたいな硬い首の動きで、辺りをキョロキョロ見回している。

 おめぇ、食わず嫌いすんなら、俺がもらうからな!


「んーじゃ、酒も行き渡ったなぁ? ほんだで、かんぱーい‼︎」


「「「かんぱーい!」」」


 一番最初に唸ったのはノゥトハーク爺だった。

 古代エルフ料理の研究家を自称する彼は、即座にソースの謎について、チーフコックムグラに質問をしている。

 俺もグズグズはしておれん、海鮮は時間勝負だ、やや白ボケしているが異様に軽いカトラリーを持って、ホテトン貝の身にナイフを入れる。


 ああ……もう分かったよ、これ、新鮮なんてものじゃ無い!

 ここには身しか無いのに、貝殻から剥がす瞬間の、胸踊る手応えすら想像できる、真の意味での海だ……!

 まずはフォークの先で震える、小さなその身を、そのまま口に運ぶ。


「……ふほほっ♪」


 我ながら気持ち悪い声が出てしまった……。

 それを見て、多分区長のムグラが会心の笑みで頷いていた。


「うめぇだろ! それはな、今日の朝採れたやつを、氷漬けにして特急便で運んで来たのよぉ!

この後の追加注文はな、採ってから真っ直ぐに来るんだぁ♪

あんたらが来てすぐ頼んだし? 呑んでる間に届くから、期待しててなぁ〜」


 今は忙しい、取り敢えず笑顔を返しておいて、次はソースを絡めた身を試す。


─── ……ッ⁉︎ 山? 山の実りの味だ!


 褐色のソースは、酢と卵の旨味、そしてクルミだろうか、郷愁を誘う薫りと素朴な甘味が合わさった、やや重たい舌触り。

 新鮮なホテトン貝は、まず瑞々しく淡白な印象から、噛むとお転婆なプリプリ感を返しつつ、仄かな旨味と磯の香りを出すものだ。

 それをこの舌に残る程の、濃厚で素朴な甘さのソースは、口の中で若々しい貝を、熟成された美女の如き奥深さを演出している。

 ……俺は女を知らないけれども!


 思わず手を伸ばしたカクテルグラスに口付けをしてみれば、そのソースの郷愁を昇華する、ワインベースにスモモの甘酸っぱさをブレンドした香りに膨らみをもたらされた。


─── これは終わりじゃない、次への恋だ!


 俺にはそんな経験も無いけども、勝手に大人気分で次の青春を求めるべく、フォークを突き出していた。


「すっごく繊細なお料理ですね! これはシノンカの伝統が入っているのでしょうか?」


 ソフィアもテンション高めで、溜息混じりにそう尋ねた。


「いやぁだよぉ、そんな褒められっとぉ、なぁんかくすぐったくってぇ!

これはなぁ? みぃんな、いなぐなっちまったシノンカで、アタシらの先祖がヒマこいてな?

ごはん時くらいしか楽しみがねぇもんだから、フォーマルでシックにファンシーで行くべって、発奮したんだっでよぉ!

だがら、オレだちもな、こぉんな穴倉だども、うめえもんはファンシーにってな!」


 なんて尊いご先祖様をお持ちでいらっしゃるのか、いや、ここまでで見てきたムグラの人間性は善良そのものだ。

 だからこそ、この砂漠の地下にこれだけの街をいくつも築いて来れたのだろう。


「あのさ『特急便』ってさっきから言ってるけど、ここから海までアホみたいに遠いだろ? 何か魔術とか使ってんの?」


 いくら地下通路が充足してるとは言え、距離と速度は人力ではどうしようもない。

 この流通の素早さは一体何が……?



─── ズゴゴゴゴゴ……



 そんな話をしていたら、遠くから地鳴りのような重低音が響いてきた。


「あんらぁ! お客さん来てるとは手紙入れたけど、もう海から届いたみでぇだ!

……はぁりきってんなぁ〜」


「……え? 俺達がここに来てから、半日も経ってないけど、もう追加が届いたの⁉︎」


「ぅんだ! ほれ、みんな〜耳さふさいどけ〜!」


 耳? 塞ぐ? 訳が分からないまま、俺達は耳を塞いだ。

 地響きはズンズン大きくなり、最高潮を迎えた瞬間……


─── ズドゴォンッ‼︎


 食堂脇の壁に、銀色の箱が直撃して、二〜三回バウンドしてから止まった。

 よく見れば、そこには食堂の外に続くトロッコのレールがあった。


 直方体のベッコベコに凹んだ金属の箱に、ムグラ達が群がって、バコンと蓋を開ける。

 料理は繊細だが、この辺りは非常に雑だ。


「ほらっ、こっちさ来い! すんげえの届いたよぉ! わはっ、向こうもやる気みでぇだ!」


 銀色の金属製の箱には、思いっきり前にへばり付いた、大小様々な魚を始めとした魚介類が詰まっていた。


「こりゃあ流石に食い切れねぇ! みんなさ呼んでこぉ! 今日は食い倒れだぁ!」


「「「やった〜い!」」」


 大きなモグラ達が、短い後ろ足でヨチヨチ早足しながら、デカイ魚を調理場に運ぶ。

 可愛い過ぎる光景は、時に何か修羅のような集中力を求められるものだ……。


「……アルくん、その目は浮気です……」


「ソフィ……君には分からないのか! あの愛くるしさこの上無い絵面が⁉︎」


「……だからですよ。くそっ、何ですかあの可愛い生き物達は……くそっ!」


 言葉は非常にアレだが、彼女も彼女で倒錯しているようだと、少し胸を撫で下ろした。



─── シノンカの地下は、可愛い帝国だった

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