008 ロイド、来たる
「本日、6の月12日。天気は晴れ。開始時刻、午前9時」
日常録音を開始する。これを始めて一か月位かな?なんと、ウィンドウのボタンを直接押さなくても録音・再生できるようになってきていた。スキル熟練度は上がっていないのだが、僕が慣れてきたという事なのだろう。
直接ボタンを押さなくても良くなったという事は、ふとした時すぐ録音出来たり、再生するファイルを意識するだけで再生してくれたりと、なかなか便利になった。
それと覚えた呪文は僕の声で録音しなおした。前のはつい無断で録っていたものだし、自分が唱えていないのに自分の詠唱が聞こえると驚いたりするそうなので、録り直しを再生するようにした。
「――んっ、んんー」
伸びをしてからリビングへ向かう。
「おはよー。……えっと、はじめまして…?」
なんか知らん人がいるんだけど。え?めっちゃ親しげに父さんと話してる…取り敢えず挨拶はしておく。アイサツダイジ。
「む、おはようリベル。こいつは聖騎士隊時代の同僚みたいなもんだ。別に畏まらなくて大丈夫だからな」
「よう!初めまして、だな。俺はロイド・クラウスだ。お前さんらの家庭教師になる予定だ。これからよろしくな?」
家庭教師?この粗雑そうな人が?僕の家庭教師は魔法を教えてくれるって話をこの前聞いた気がするのだが、気のせいだったかな?と言うか、人に教えられるという感じがしない…
「くく、リベル心配するな。こいつはこんなんでも私が通っていた学園で成績トップクラスだったんだぞ?勉強は勿論できるし、こう見えて魔法のスペシャリストだ」
「…こんなんでもとかこう見えてとか、家庭教師を頼む人間に対して何なんだ全く。ルーグ、片田舎に来て口が悪くなったか?」
「はっはっは!ロイドに対しては昔からこんなもんだろう。ほら、リベルは朝がまだだろう?先に食べてきなさい」
そう言うと二人はリビングを出て行った。何処に行こうというのかね。
「あらあら、おはようございますリベルさん。ロイドさんには会いましたか?」
「おはよう母さん。えと、ロイド、さんにはもう会ったよ。なんか話ながら出て行ったけど何処行ったんだろ?」
すると庭の方から、木と木がぶつかる様な音が聞こえてきた。
「うふふふ、お二人とも朝から激しいですね。何だか昔を思い出します」
窓から見ると出て行った二人が何処からか持ってきた木剣で打ち合っていた。
父さんが兄さんと稽古してるのは見たことがあるけど、父さんの激しさはその時以上だった。それと打ち合っているロイドさんも恐らくかなりの腕なんだろう。本当に魔法の教師になるのだろうか?
母さんが庭側の窓を開けて少し身を乗り出す。
「お二人とも~?朝から騒がしいと周りにご迷惑ですから~、少し抑えてくださいね~」
「む、すまんなペトラ。こいつがちょっとな?気を付けるよ」
「ち、違うっスペトラさん!ルーグの方が先に仕掛けて来てたんス!俺じゃないっスよ!」
「はいはい、分かりましたから、気をつけてくださいね~」
なんかロイドさんが先生に喧嘩を止められた子供みたいだったな…もしかして、母さんが怒ったところを知っているのだろうか?
「リベルさん。ご飯すぐ用意しますからちょっと待っていて下さいね」
「はーい」
少しして母さんが朝ご飯を出してくれた。待ってる間中、さっきよりは抑え気味な剣戟の音が聞こえてきていた。
「いただきます。…ねえ、母さん。父さんとロイドさんは元同僚みたいな事言ってたけど、母さんは何処かで知り合ってたの?」
「ええ、ええ。わたしもロイドさんの事を話そうとしていたのですよ。彼と母さんとルーグさん、わたし達三人は同じ学園にいたんです」
「え?同僚ってだけじゃないの?」
「そうなんですよ。多分ルーグさんがそう言ったのは同じ学園生っていうよりは、同僚って言った方が家庭教師として紹介しやすいからではないですか?」
確かに。
何かを教えてもらうにしろ同級生とか聞くよりは聖騎士隊の同僚の方が良いか。
「ですが、あんな調子ではリベルさんは不安になってしまいましたか?」
「う、ううん。でも、本当にあの人魔法が得意なの?」
「うふふふ。そうですね、リベルさんが見たのはさっきのお二人ですものね。でも、ロイドさんは魔法特殊連隊で第二部隊の隊長をしていた時もあったんですよ」
良く分からないけどなんだか凄そうなのは分かる。でも正直、部隊長には見えないな。あの感じで指揮とかしてたんだろうか?
「あらあら、なんだか信じ難いって顔ですね?ふふふ、そこは直接ロイドさんに聞いてみてくださいね」
母さんが凄いニコニコしてる。一体ロイドさんに何があるのだろう。
「リベルさん、食べ終わったらお二人の所に行ってみましょうか?」
朝食を食べ終わってから少しして、庭に行ってみると二人の剣戟は終わっていた。
「お二人とも、お疲れ様でした。タオル、使いますか?」
「ああ、すまない。ありがとう」
「どもっス。ありがとうございます、ペトラさん」
やっぱり母さんには腰が低いようだった。
「ふむ、リベルが来たことだし少しだけ魔法の授業でもお願いしようか。どうだ、リベル、ロイド?」
「う、うん。それじゃあ、お願いします」
そう言ってロイドに頭を下げる。一応は家庭教師だしな。
「なんだよ、いちいち礼儀正しいというか何というか…本当に5歳なんだよな?」
「そうさ。つい1ヶ月前にスキルを授かったばかりの自慢の息子だよ」
父さんが頭を撫でてきた。止めてくれ、なんか恥ずかしい。
「…へいへい、素晴らしいご子息だこって。そんじゃまあ、リベル君よ。今使える魔法って何かあるか?使えないようだったら1から教えるぞ?」
「えと、今使えるのは基本魔法の6つ。です。使ってみますか?」
なんかこの人に敬語使うのって違和感だな…ま、一応は教師だし。うん。
「うし、じゃあ使ってみてくれ。あ、スキルとか使ってもいいぞ」
その言葉に父さんの目を見る。少し目を細めてはいたが頷いてくれた。使っても良いらしい。
早速、初めて覚えた水の魔法から再生してみる。
『ここに水を恵み給たまえ。【
手の先に水塊を出してから数秒。魔力を止めて水塊を地面に落とす。
これは父さんに教えてもらったのだが、自分の中の魔力に集中すればこうしてしっかり魔法を停止できるらしい。
今まで勝手に終わっていたのは初めて魔法を使った時の事を体が覚えているんじゃないか、との事。今なら別に止めなくても大丈夫らしいが、将来的に魔力が成長した時に困るんだそう。
『大地の力をここに。【
土の呪文で小さな囲いを作る。風を通し難くするためだ。
『原初なる火を分かて。【
作った囲いの中に火を灯す。消えてないな、良し。
『我と共に駆けよ。【
火に当てて消す。偶に空気を送っただけになって火力が増すので注意な。
『闇を照らせ。【
囲いの中の陰になっている辺りを照らす。朝だし分かり難いかもしれんが大丈夫だろう。
「『不浄を除け。【
最後に剣戟のせいで少し汚れていた父さんとロイドの服を綺麗にして終了だ。
呪文を教えてもらった時からすると中々に上達したと思う。自画自賛ではあるが。
練習も結構大変だったものだ。この世界は魔法で出した水とかが魔力を無くしても消えないので、そのまま何処かを濡らす事になる。なので、基本魔法のうち水、火、土は外でやらなければならなかったし、1回毎に少なからずMPの消費があるので多くは出来ない。回復はまあまあ、早かったのだが。
そんな事を思いつつロイドの方をみる。試験的なものだろうが、結果はどうなんだろう。
「…あー。ここまで使えてるなら俺いらなくねぇか?ルーグ、こいつに何教えたんだよ?」
「いや、私は基本的な事しか教えていないのだが…リベル、今の魔法はどうしたんだ?」
「うん?頑張って練習したよ!」
「…そうか。リベル、良くやったな。うむ」
「なぁ、最後のって何やったんだ?」
「えと、僕のスキルです。ダメでしたか?」
「いや、ダメってこたぁねぇけどよ…」
「――ねぇねぇ?話が長くなると思いますし、皆さん一旦中に戻りましょうか?わたし、お茶を出しますね」
―――――――――――――
母さんの提案でリビングに戻って来た。確かに録音のスキルを説明するのって長くなるよね。
「さて、リベルはロイドにスキルの事を説明してやってくれるか?」
「分かった。…じゃあロイドさん、声を記録するって言って分かりますか?」
「声を…?『声落とし』ってことか?それ」
「ああ、その認識で大丈夫だロイド。」
父さんがロイドさんの言葉を肯定した。『声落とし』が何か知らんが続けよう。
「えと、その声を記録できるのが僕のスキルで『録音』って言います。さっきは予め録音していた呪文を再生して魔法を使っていました。最後のは一つの魔法を別々の所に使うんじゃなくて、自分の声と録音したものを一緒に再生して二つの魔法を別々に使いました」
「……」
ロイドさんが固まってる。まあ、僕のスキルって話で聞くと分かり難いよなぁ。
それから1分程たっぷり時間を使ってからロイドさんが声を発した。
「オーケー、分かった。了解だ。ルーグ、お前って奴は…うし。リベル・デイルート!」
「は、はい?!何ですか、不合格ですか?」
「バッカおめぇ何で不合格にしなくちゃなんねぇんだ。良いか、俺はお前の家庭教師になる。学園に入るまでの7年間だ。やってやろうじゃねぇか。ルーグ、これで良いんだな?」
「ああ、ロイド・クラウス。息子をよろしく頼む」
ええと、なんか良く分からないが無事、家庭教師を獲得したようだ。
…兄さんも一緒にだよね?今寝てるから、いないけどさ。
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