第166話 全てが始まった場所
終の戦団との戦いには勝利を収めたものの、戦闘で破壊された王都の復旧はグロバストン王国にとってかなりの負担になりそうだった。
カロルはロプレイジ帝国から支援することを提案してくれた。ありがたい申し出だったがバーニスの一存で決めるわけにはいかなかった。
ふたりは両国の大臣を集めてカロルからの提案も含めて今後の方針を話し合うことにした。
会議が始まると、大臣たちは一枚の紙をバーニスとカロルに差しだした。
そこには、ロプレイジ帝国がグロバストン王国を支援することに両国が同意するという内容が記されていた。書面には既に大臣全員の署名があった。
不足しているのは、女王と皇帝の署名だけだった。
カロルとバーニスは呆気にとられて書面から顔を上げた。そこには得意げな顔で笑っている両国の大臣たちがいた。
こうして、帝国の全面的な協力を受けた王国は、驚異的な速度で王都を復旧させていった。初めのうちはよそよそしかった両国の国民達も、協力して復旧作業を進めるうちに自然と打ち解けていった。
王都の復旧が順調に進む中、フィーバルが元の世界に帰る日がやってきた。
外からは見えないようになっているグロバストンの王宮の中庭には、バーニス、ルシリアとイシルダ、パトリシアにワムシュ、サルトビが集まっていた。
「忙しいなか、見送りに来てもらって済まない」
フィーバルは集まった面々に頭を下げた。
「気にせずともよい。復旧の方は拍子抜けするくらい順調なのだ」
バーニスは首を振った。
「それだったらもう少し休みをもらえると嬉し――」
「もう! あなたはいつもいつも楽することばかり考えて……」
口を挟んだルシリアはイシルダに頬をつねられていた。
いつも通りの光景だが、フィーバルはあの日以来イシルダの瞳にときおり暗い影が差すことがあるのを知っていた。
「大丈夫です」
声をかけられてフィーバルはパトリシアを見た。
「私たちはちゃんと前を向いて歩いていけます」
パトリシアはいつもの無表情だったが、フィーバルにはそれが心強かった。
「ああ。私もそう信じている」
フィーバルはうなずいた。
「しかし、全員そろわなかったのは残念ですな……」
ワムシュが言った。
「仕方あるまい。あちらの方も先延ばしには出来ない」
サルトビは腕を組んだ。
「本来であればもっと早くアズミットが迎えに来てくれるはずだったのだが」
フィーバルが言った。
「どういうわけかここ最近は彼と連絡が取れませんからなあ」
ワムシュはため息をついた。
「あれだけの数の魂を一度に消滅させるなどというのは前例がない。アズミットも忙しいのだろう」
必要なこととはいえアズミットに無茶な要求をした以上、こちらが後回しにされるくらいは仕方のないことだった。
「さて、私はそろそろ行くとしよう。短いつきあいではあったが、お前たちには心から感謝している。カロル達にもそう伝えてくれ」
「感謝しているのは我々も同じだ。フィーバル、本当にありがとう」
バーニスが言った。
「それでしたら、私たちがそちらに行ったときにはこう、なにかしらの優遇措置みたいなのを……」
ルシリアがおずおずと言った。
「その年で死んだ後のことを心配してどうする」
フィーバルは笑わずにはいられなかった。
「……ワシらはどうしたもんでしょうな」
「うむ……」
ワムシュとサルトビは顔を見合わせた。
「フィーバル、このふたりのことはどうぞお気になさらず」
パトリシアは淡々とした口調で言った。
「わかっているさ」
フィーバルは笑って答えた。
「さようなら、フィーバル」
イシルダは優しく微笑んでいた。
「ああ。さらばだ」
フィーバルは最後に手を振ると、術を使って特殊な転移門を開き、元の世界へと戻った。
荒れ果てた家々の前を歩いていたカロルは足を止めてつぶやいた。
「ここがアルヴァンの隠れ里……全てが始まった場所か」
「……静かなところですね」
カロルの後ろを歩いていたミツヨシが言った。
「おーい! 皇帝陛下! こっちですぜ!」
先を行くツバキが手を振っていた。
「陛下、行きましょう」
「ああ」
ミツヨシに促されて、カロルは歩き出した。その背中には細長い木箱があった。
ツバキはふたりを木々に囲まれた広場まで案内した。
「このなんもねえ場所からあれだけのことが起きたなんて、信じらんねえですね」
ツバキは足下に目を向けた。
墓標はないが、この場所には遺体を回収出来なかったベリット・ブロンダムとクルツ・ガーダループを除く終の戦団全員が埋葬されている。
彼らを葬る場所は、自然とアルヴァンの隠れ里に決まったのだった。
そして、簒奪する刃もまた、この地に封じることとなった。
剣にはフィーバル、サルトビ、ワムシュが協力して作り上げた封印が施してある。カロルは隠れ里まで剣を運ぶ役に自ら名乗り出た。
ここまで背負ってきた木箱をおろすと、カロルは残った右腕でゆっくりとふたを開けた。
「……大丈夫なんでしょうね……」
漆黒の剣に右手を伸ばすカロルを見守るツバキは、ひどく不安そうな顔をしていた。
「なにかあったときはよろしく頼むよ」
カロルは手を止めると真剣な目でツバキを見た。
「皇帝陛下、冗談はやめて下さい。兄が真に受けています」
ミツヨシは刀の柄に手をかけて身構えたツバキに呆れかえった。
「……この場面で冗談はねえでしょう……」
ツバキは不満そうな顔をした。
「ごめんごめん、なにも起こりはしないよ」
カロルは笑いながら詫びた。
「本当でしょうね……」
ツバキはまだ疑っていた。
「本当に大丈夫だよ。この封印はきわめて強力だ。それに――」
カロルは右手で簒奪する刃の柄をつかみ、箱から出した。
「僕はアルヴァンじゃないからね」
カロルが掲げたのは単なる黒い剣にすぎなかった。
ツバキもミツヨシも、何も言わずに黒い刃を見つめた。
もう禍々しい力は感じられなかった。
カロルは黒い剣を広場の中央に突き刺した。
「終わったんですね」
「終わってみると、なんともあっけない」
ツバキとミツヨシが言った。
「案外そんなものだよ」
カロルは簒奪する刃から手を離した。
「僕らの仕事は済んだ。帰るとしよう」
顔を上げてカロルが言った。
「ここは一応禁足地ですしね。とっとと出ましょうや」
「この地に入るのは我々が最後か」
ミツヨシが言った。
「なんとなくだけどよ、禁足地にしなくても誰も来ねえんじゃねえか?」
「……いやなことを言わないでくれ。俺は自分が兄貴と同じことを考えていたとは思いたくないんだ」
ミツヨシは苦々しげに言った。
「うるせえよ。これはあくまで俺の意見であってだな……」
ツバキは言い返し、兄弟は口論しながら歩いていった。
「終わったんだ。なにもかも……」
カロルは最後にもう一度、簒奪する刃を見た。
そこにあったのはただの黒い剣だった。
「皇帝陛下」
「おいてっちまいますよ」
ミツヨシとツバキに呼ばれて、カロルは黒い剣に背を向けた。
「すぐに行くよ」
苦笑しながら歩き出したとき、小さな音が聞こえた。
カロルは反射的に後ろを振り返った。
また同じ音が聞こえた。今度ははっきりと。
それは、なにかがひび割れるような音だった。
「嘘だ……」
カロルは音がした方へと歩いていった。
心臓の鼓動が速くなり、呼吸が浅くなった。
カロルは右手を伸ばした。
だが、その手が黒い剣に触れたとたん、ひび割れていた剣は粉々に砕け散った。
足下に散らばった黒いかけらを呆然と見つめるカロルの頭には、グレース・コンラッドの最期の言葉が蘇っていた。
終わりなんて来ないんだよ。
あのとき、彼女は確かにそう言っていた。
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