第74話 罪との対峙
「本当にこんなところに人が住んでいたのか?」
エリヤフ中佐はそう問いかけた。道もない森の中を歩き始めてもうずいぶんと経っていた。
「隠れ里ですから」
マヤは淡々とそう答えた。
砦を出た後の二人は、近くの村で住民から馬を買い取り、マヤの案内に従って隠れ里を目指して進んだ。馬で進み始めてから四日ほど経った頃、二人は黒の森の西側に到達した。そこから先は木々が生い茂っており、馬では進めなくなっていた。エリヤフ中佐はマヤに案内されるまま、馬から下りて森の中を進み始めた。
「それはそうだが……目印も何もないだろう」
顔に当たる枝を払いながら中佐が言った。
「心配はいりませんよ。このあたりは私たちの遊び場でしたから」
「…………」
マヤの言葉に中佐は押し黙ってしまった。中佐が黙った理由はマヤにも察しがついた。
「……そうです。私たち……私とアルヴァンは幼なじみでした……小さな里で同年代の子供は少なかったので小さい頃は彼とよく遊んでいました……」
「彼は……どんな子供だったんだ?」
「……あまり印象に残らない、おとなしい子供でした」
「君は彼について知っていたのか?」
「……ええ。あれは私が十二歳の時でした。里の長であり、帝国の遺物探索部隊の隊長であった私の祖母がすべてを語ってくれました」
痛みをこらえるような顔でマヤが語り出した。
「祖母は言いました。簒奪する刃を与えたアルヴァンを兵器として王国に献上すれば、王国は自分たちに望み通りの報酬をくれるだろうと」
「そのために彼を売ろうとしたのか?」
「……祖母がすべてを明かしたのは私が街から医者を連れてこようとしたからでした。当時、私の両親は重い病に苦しんでいました。苦しむ父と母を見て、私はどこかの街に行って医者を連れてきてくれと祖母に頼みました。
祖母は言いました。それはできない、と。私が祖母を問いただすと、祖母は里の真実を語りました……今にして思えば、祖母は帝国への復讐にとりつかれていたんだと思います……祖母は言いました。もし自分の計画を邪魔するのであれば誰であろうと容赦しない、と。私は震え上がりました……二日後の朝、両親は息を引き取りました。私は恨みました。自分の境遇を、祖母を、そしてアルヴァンを……彼さえいなければ祖母は医者を呼ぶことを許してくれた。
今にして思えばおかしな話ですが、私はそんな風に考えてしまいました」
中佐は何も言わずにマヤの独白を聞いていた。
「両親が死んだ日から、私はアルヴァンのすべてを憎みました。彼を見るたび、自分の胸に言いようのない怒りがわき上がりました。でも、彼にそれを気取られてはならない。私は我慢することを覚えました。そして、祖母に聞きました。計画のために自分にも協力できることはないか、と。祖母は快く私に魔術を教えてくれました。そうして月日が経ち、私たちはアルヴァンに簒奪する刃を与えました……後のことはもうご存じですね」
すべてを語ったマヤは恐る恐る中佐の方を見た。
「……マヤ君、私は君がしたことは間違っていると思う…………だがな、誰だってやり直せる。私はそうも思っているんだ」
しっかりとマヤの目を見据えて穏やかに、しかし力強く、エリヤフ中佐は言った。
「…………ありがとうございます、中佐。ありがとうございます」
マヤの目には涙が浮かんでいた。
「ここか……」
森の中の開けたところにある丘の上から、かつての隠れ里を見下ろしながら中佐がつぶやいた。
「ええ。ここが私たちの隠れ里です」
マヤが言った。
「……マヤ君、君は……」
中佐が言いよどんだ。
「エリヤフ中佐。私は自分の罪と向き合わなくてはならないんです」
マヤははっきりとそう言った。
「わかった。一緒に行こう」
中佐はマヤとともに里に下りていった。
「どういうことだ……」
一通り里を見て回った中佐は困惑していた。
里がきれいすぎるのだ。一部の家屋は倒壊しているし、里の外れのあたりには何か巨大なものが地面を大きくえぐった痕があった。
しかし、里の住民や偵察部隊の隊員の死体がない。マヤはアルヴァンに斬られた後もしばらくは意識があった。マヤがいた祭殿の外からは悲鳴や怒号が響いていたという。
その後でフレドたちも殺されたことを考えると里には相当数の死体が残っているはずだ。にもかかわらず、異臭もしなければカラスや野犬の姿もない。
「何もないはずはないが……」
いざとなればマヤをかばえるように油断なく構えながら中佐は周囲を警戒していた。
「……この感じは……」
マヤが突然走り出した。
「おい! 待つんだ!」
中佐の制止を聞かずにマヤは走って行く。
舌打ちを一つすると中佐はマヤを追いかけた。
中佐はマヤを追って林を抜け、広場にたどり着いた。
マヤは広場の中央で立ち尽くしていた。
「マヤ君、いったいどうしたんだ!」
中佐がマヤの肩に手をかける。
「……これは……」
マヤは中佐の声が聞こえていないかのように何かに見入っていた。
「いったい何が……」
そこで中佐も気づいた。広場にはいくつもの石が整然と並んでいた。それぞれの石の前には花がおかれていた。それは墓だった。
墓を前にして立ち尽くしていた二人は、墓に花を供えている青年がいるのに気づいた。
「……カイル……」
中佐は青年が誰であるかに気づいた。フレド率いる偵察部隊のただ一人の生き残り、カイルだった。その腰にはフレドの短剣とフレドの娘であるアーシャの剣が差してあった。
カイルは二人の存在などないかのように墓の前で祈りを捧げた。
「あなたが彼らを葬ってくれたのですね」
マヤが確認した。
カイルは何も答えなかった。
「ありがとうございます。これで里のみんなも眠りにつくことができます」
マヤはカイルに礼を言った。
「まさかこんなところにいたとは……」
中佐がかぶりを振る。
「眠ってなんていませんよ」
カイルが口を開いた。
「フレド隊長もアーシャもずっと僕を見てるんです。昼も夜も、寝ても覚めても、あのときと同じ目で見てるんです」
「カイル……」
中佐は何も言えなかった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……私のせいで……こんなことに……」
マヤは涙を流しながら頭を下げ続けた。
「なぜ、あなたが謝るんですか? フレド隊長が死んだのも、アーシャがあの目で僕を見るのも僕のせいなのに……」
カイルは不思議そうに言った。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
マヤはわび続けた。許しを請うこともなく、ただわび続けた。
「……もういい。もういいんだ」
中佐はマヤの背中を優しくなでてやった。
「……カイル、おまえはこれからどうするんだ?」
中佐がカイルに問いかけた。
「僕は罰を受けなければならないんです。もう一度、立ち向かわなければいけない……彼に」
抑えきれない恐怖に体を震えさせながらカイルが言った。
「そう、この恐怖を受け入れなければいけない。それが僕が受けるべき罰なんです」
自分が恐怖に震えていることを喜んでいるかのようにカイルが言った。
「……あなたが罰を受ける必要なんてないんです! 罰を受けるべきなのは私なんです!」
涙を流してマヤが叫ぶ。
「……カイル、おまえは彼に立ち向かってくれるのか?」
中佐はカイルを見据えてそう言った。
「中佐! あなたまで何を言っているんですか!」
「マヤ君、はっきり言うがカイルの力は役に立つ。私たちは孤立無援だ。戦力は欲しい」
「こんな状態の彼を巻き込むと言うんですか!」
マヤが怒鳴る。
「立ち向かいますよ。僕は立ち向かわなければならないんです」
体は恐怖で震えているものの、カイルの目には強い決意が表れていた。
「カイルさん……」
「……いいだろう。私たちともにアルヴァンを追おう」
中佐が手を差し出すと、カイルは中佐の手を握った。カイルの手は生者のものとは思えないほど冷たかった。
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