【番外編】ユゼフの休日−3

その日ユゼフに会えなかったことが、余計にユリウスの懸念を大きくした。


ーーまた何かに巻き込まれてんじゃねえだろな?


心配になったユリウスは、後日、王都の外れのアドリアンの店まで足を運んで最近ユゼフと会ったか聞いてみた。


「ユゼフ? いや、ご無沙汰だな」


アドリアンはあっさりと首を振った。


「ちょっと前に彫刻の材料の木を運んでくれたことがあったんだが、それ以来は会ってねえな。なんだ? あいつがどうかしたのか?」

「……最近早く家に帰るらしいんだ」


アドリアンは首を傾げる。


「いいじゃねえか」

「休みも休むらしい」

「結構結構」

「それだけじゃない。この間は急に休みを取ったし、朝もギリギリまで家にいるらしい」

「何がいけないんだ?」

「いけなくはないんだけど、なんかおっさんらしくないなって」

「理由が知りたいのか? 本人に聞けばいいじゃねえか」


ぐうの音も出ない正論にユリウスはため息をついた。


「話したくないことかもしれないだろ?」


話せるような理由なら、ユゼフはすでに港の連中に言っている。そうではないから、ユリウスもアントニも心配しているのだ。何か隠しておきたい事情があるのかと。


「なるほどなあ」


アドリアンが納得した声を出したそのとき。


「ねえ、それってあれじゃない?」


アドリアンの孫娘のハンナが奥から出てきた。縞のエプロンを腰に巻き、髪はスカーフでまとめている。すっかりおかみさんらしい風格だ。


「ハンナさん、来てたんですか」

「お爺ちゃん、放っておいたらお酒ばかりでご飯食べないからね、たまに面倒見てるのよ」

「うるせえな。ちゃんと食べてるよ」

「嘘ばっかり」


分が悪くなったアドリアンは誤魔化すように言った。


「それよりあれってなんだよ」


ハンナは目を輝かせた。


「あれはあれよ。ふふ、わかんない?」

「わからん」

「つまり、いい人ができたんじゃないのってこと」

「いい人?」


瞬きを繰り返すユリウスを、ハンナは面白そうに見つめる。


「恋人よ、恋人。ユゼフさん、独り身でしょ? 朝のギリギリまで離れたくないって、そういうことに決まってるじゃないの」

「へえ?!」


その発想は全くなかったので、ユリウスは気が抜けた声を出した。だが、辻褄は合っている。


「じゃあ、休みもその人と?」

「そりゃそうじゃない」

「突然休んだのは」

「今日は一緒にいてとか甘えられたんじゃない?」

「なるほど」


納得しかけたユリウスだが、アドリアンはうーん、と低い唸り声を上げた。ハンナは不満そうな顔を向ける。


「何よお爺ちゃん。違うって言うの」

「違うかどうかはわからないが、そんなことなら港の連中には真っ先に言うんじゃないか」


それもそうだ。そういうことなら皆諸手を挙げて喜ぶだろう。照れ臭いだろうが、皆が祝福してくれるのをわかっていて黙っているユゼフではない。

しかしハンナは引き下がらなかった。さらに目を輝かせてこう言った。


「……訳ありなんじゃない?」

「訳あり?」

「鈍いわね、相手は既婚者なのよ、きっと」

「えええ!」


驚くだけのユリウスに対し、アドリアンは感心したように頷いた。


「それなら表沙汰にしないのも納得だ。さすが俺の孫だ」

「ね? そうでしょ? そうだ!」


ハンナは両手をパチンと合わせて饒舌に語りだす。


「既婚者じゃなかったら、婚約者のいる貴族の令嬢かもしれないわ! 身分を隠して街を歩いていたとき暴漢に絡まれて、そこをユゼフさんが助けたの!」

「いやいやいや……でもありうるのか?」


もはや何が現実かわからなくなってきた。そこにアドリアンがユリウスにだけ聞こえるように囁く。


「いいじゃないか」

「何が」

「訳ありでもなんでも、家族ができたらあいつはもうあんな無茶はしないだろう」

「……そうだな」


同じことを思い出しながらユリウスは頷いた。昔、ユゼフが無鉄砲にアドリアンを助けに行ったときのことだ。あのときユゼフはユリウスの剣に屈しなかった。


ーーじゃあもう殺せ、その代わり爺さんは助けろ、俺は独り身だから子もいなければ孫もいない。


そんなことを言いながら。


「おっさん、家族は全くいないのかな」


独り言のつもりで呟いた。すると。


「お父さんとお母さんは昔事故で亡くして、兄弟も流行り病で死んだそうよ」


ハンナが即座に答えたので、アドリアンと声を合わせて驚いた。


「なんで知っているんだ?」

「聞いたからよ」

「いつ」

「お爺ちゃんが飲んだくれて潰れたとき、ユゼフさんここまで送ってくれたでしょう? せっかくだからうちの人と一緒に飲み直したあのとき」

「お前、また根掘り葉掘り聞いたんだろう」

「だって知りたかったんだもん。ちょっとしか聞いていないからいいじゃない」

「それで、嫁さんはいないのか」


なんだかんだ自分も知りたかったのかアドリアンが身を乗り出した。ハンナは流暢に答えた。


「かなり前に悪い風邪を拗らせて亡くなったみたいよ。お嫁さんも敬虔な聖女信仰の信者で、臨終の際にユゼフさんの手を握って、後を追わないようにきつく念を押したんだって。しっかり者なんだって笑ってた」


目を赤くしたアドリアンは鼻を啜った。


「そうか、それであいつ、あんな無茶ばかりするんだな」

「無茶って?」

「なんでもねえ」


ハンナはそれ以上何も聞かなかった。ユリウスも黙っていた。だが、ユゼフの相手が例え公に出来ない人としても、自分だけは祝福してやりたい、そう思った。


だからその数日後。

ユリウスは再び港を訪れた。


「よう! ユーレ! よく来たな!」


ユゼフは今度はちゃんとそこにいた。




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