【番外編】ローゼマリーの恋10ー勝ち抜き大会
クリストフが勝ち抜き大会に出ることを了承したとルードルフ様から聞いたわたくしは、次の刺繍の時間にローゼマリーにそれを伝えました。ローゼマリーは目を見開いて驚いた様子を見せました。
「どうしてそんなに驚くの?」
わたくしが尋ねますと、ローゼマリーは言葉を選ぶようにためらいながら答えました。
「その……トゥルク王国に付いて行った騎士たちは、誰も参加しないと聞いていたので」
歯切れの悪さが気になります。
「そんなふうに聞いたのですか?」
ローゼマリーは首を振って、小さい声で言いました。
「いいえ……失態を犯した騎士たちは、これ以上恥をかきたくないから参加しないだろうと聞いたのです」
「どなたから?」
「アヒムです」
確かにアヒムはトゥルク王国に付いてきていませんでした。わたくしは小さく息を吐きました。
「アヒムは参加するのですね」
「はい。必ず勝つからとヘラヘラ笑って言われました」
「クリストフからは何も言われていませんか?」
「いえ、あの」
ローゼマリーは気まずそうに言いました。
「今は私が避けていますので……」
わたくしは頷きました。
「では、せめて当日はしっかりと見届けてあげましょう」
「……わかりました」
「ところでローゼマリー」
わたくしは明るい声で言いました。
「今度はわたくしの相談に乗っていただけますか?」
「エルヴィラ様の? もちろんです! なにかお困りのことでも?」
わたくしは一枚のハンカチを広げました。
「これをルードルフ様に渡したいのですが……」
ローゼマリーはまたもや目を見開き、しかし、すぐに笑顔になって言いました。
「はい、エルヴィラ様! 承知しました」
わたくしはその笑顔を頼もしく見つめました。
‡
バザーは大盛り上がりでした。
人が集まるところには、商機があります。
屋台が並び、大道芸人が芸を披露し、それを聞き付けた貴族や庶民が、大勢広場に集まりました。ちょっとしたお祭りです。
「見て、エルヴィラさん、あんなに賑やかで、楽しそうだわ」
広場を見下ろすように作られた塔の貴賓席で、クラウディア様がわたくしにそう話しかけます。
「ええ、お義母様。とっても楽しそうですね」
次期大神官と言われる神官三人は、この日のために設えた説教台で話をするのですから、それだけでも大にぎわいです。
午前はコンラート様、午後はウラジミル様、夕暮れ前にエリック様という順番になっていました。
近衛騎士たちの勝ち抜き大会は、ウラジミル様のお説教が終わって、エリック様のお説教が始まるまでの間に行われます。どちらも人気の催しだったため、時間が重ならないように考慮されました。
「本当ならあっちで、みんなと混ざって見学したいのに、陛下もルードルフも危ないからダメだって」
クラウディア様は不満げに仰います。
「当たり前ですよ」
呆れたようにルードルフ様が言い、皇帝陛下も笑って頷きます。
報告によれば、コンラート様もウラジミル様も無事にお説教を終えました。バザーの売れ行きも好調で、まずは成功したと言えるでしょう。
クラウディア様は諦めたように肩をすくめました。
「まあ、ここからでも勝ち抜き大会は観られるからいいとしましょう。エルヴィラさんは誰が勝つと思う?」
わたくしは、微笑んで答えました。
「それはもちろん——」
‡
「勝者、クリストフ・バーデン! これで四人抜き!」
うおーっ、と歓声が上がった。クリストフは荒い息を整えながら、それを聞いた。
「あと一人だ!」
剣術を見世物のように披露するなんて、と反対の声も上がったが、蓋を開けてみると勝ち抜き大会は一番の盛り上がりを見せた。
トゥルク王国に付いて行った騎士で参加したのはクリストフだけだった。他の者は、たとえ勝っても、過去の失態を揶揄されるだけだと消極的だったからだ。
クリストフも、もちろんそう思っていた。エルヴィラに言われたときに断ったのはそういう理由だ。だが、ルードルフと話をして、気が変わった。この大会に出ることで、もしかして伝えられるかもしれないと思ったのだ。自分の気持ちを、ではない。そうではなく、もう一度。自分はあなたの大切な人を守る気概があると、見せることができるのではないか。
そのことで、彼女を安心させられるのではないか。
そう思ったのだ。
もちろん、負けたらかっこ悪い。
負けなくても、かっこ悪い。
向こうはそんなこと期待していないだろうから。
フラれる覚悟で、とルードルフが言っていたのは、そういうことだと思っていた。
だけど。
かっこ悪くても、いい。
どうせ、そのままでもかっこ悪いのだ。
それでも、わかって欲しいと思う気持ちが、止められないのだ。
だからクリストフは剣を振るうことを選んだ。衆人環視の前で。
だがそれも次の相手で終わりだ。
司会が叫ぶ。
「次は、アヒム・バウムガルテンとクリストフ・バーデン!」
会場が沸いた。
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