第44話:出陣の時
「ランクが低くてもサポートに長けた方もいますし、そもそも私たちだけでなんとかしなければならない問題だったんです。加勢していただけるというだけでも、感謝しなければ」
カルダが男を諌める。
「それに、エリルさんはランクセブンの冒険者だと聞いています。ここにいる誰よりもランクは高い。心強いじゃないですか」
「ランクセブン……」
村人たちは息を飲む。やはり、ランクセブンというのはかなりの上級者であるようだ。
「ヒト同士で揉めている時間はありません。いつヒュドラがやってくるか分からない。早く出発しましょう。それぞれの戦える仲間たちにも声をかけて、北側へ集まってください」
カルダが話をまとめると、村人たちは緊張した面持ちで小屋を出ていった。
「すみません、助けに来たのに、逆にかばっていただいて」
「いえ、謝らないでください。こちらこそ申し訳ない。なかなか、外部のヒトに対する警戒はとけなくて」
「分かっています」
「それに、勝手なことを言うようですが、あの若者のことも許してやってほしい。住んでいた集落をヒュドラに襲われて、家族を失い、気が立っているのです。他の者たちも、似たようなものです。既に数十人の仲間を失っている」
悲しそうに、カルダは肩を落とす。
正直、この村に来て、想像していたよりも平和な様子に拍子抜けしていた。ここに来てから、魔物の気配も戦いの跡も感じることはなかった。
しかし、これはやはり危機なのだ。人の命も、失われている。
けが人の姿が村になかったのは、もしかしたら僕から見えないところに集まっているのかもしれない。ただでさえ大変な目にあっているところに、外部の人間がくると、不安を煽ってしまう。
僕だって、他の誰よりランクが低いのだ。油断をすれば死んでしまう。死ねば、皆に迷惑をかける。それにメアはどれだけ気に病むだろうか。緩みかけていた気を引き締め直す。
戦いの準備をするためと言って、僕は自分の小屋へ戻る。そして、急いでシャインを呼び出した。
「お久しぶりですー」
場違いな明るい声を出しながら、シャインが現れる。
「なあ、時間がないんだ。手短に話をさせてくれ」
「数日ぶりに呼び出しておいて、一方的に自分の話ですか。そんなことじゃ女の子にモテませんよー」
「余計なお世話だっ! そんなことはいいから、新しい魔法のことを教えてくれ。あれは、どういう魔法なんだ」
「コピーはもう使われましたよね。対象の性質を、自分に適用する魔法です。無限には無理ですが、いくつかコピーしたものはストックしておくことができます」
「ということは、いまスライムになることもできるってことか?」
「はい」
シャインが頷く。
きいてみたものの、またスライムになる気はさらさらないが。もっと早く知っていれば、何か役に立ちそうな性質をコピーしておくこともできたかもしれない。昨晩のうちにシャインに確認しなかったのは、僕の油断からくる落ち度だ。
「リムーブは? スライムに使ったが何も起きなかった。あと、プロセスは一度も使わないままだ」
「リムーブは、主に魔法効果を取り除く魔法ですね」
「魔法効果?」
「例えば、身体強化の魔法とか。ユウトさんのレベルでは、強力な魔法は剥がせませんけど」
そうだとすれば、魔法を使うヒト相手には有用な魔法に思える。しかし、今回の魔物相手に通用するかどうか。
思い悩む僕の返答を待たずに、シャインが説明を続ける。
「プロセスは、状態表示の魔法です。リストセグメンツのような、検知魔法に近いでしょうか」
「状態って、どういうことだ。いまいち分からない」
「生物や無機物の、内部構造や流動を可視化するといいますか。うーん、これは説明が難しいですね」
シャインは説明に困っている様子だった。
さらにシャインに説明を求めようとしていると、小屋の外からエリルが呼ぶ声が聞こえて来た。準備の遅い僕に、ご立腹の様子だ。もう出発するらしい。
三つも魔法が増えたのに、今回の戦いに使えそうなものが一つもない。やはり、チェンジディレクトリの移動魔法で戦うしかないか。ヒュドラという魔物に、エリルからもらった剣が通用すればいいのだが。
重ねて呼ばれて、僕は慌てて小屋から出る。
「遅い! なにしてたんだ!」
「ええと、心の準備といいますか」
「軟弱な! 体も魔法も貧相なんだから、心くらい、いつでも準備万端にしておけ!」
いつものように毒づくと、エリルは歩き出した。どうやらそちらの方向に、北面の集合場所があるらしい。
方角もよく分かっていない僕は、エリルに黙ってついていく。
村の出口に、十数人の村人が集まっていた。男も女もいて、大人ばかりだ。メアが一番若いように見える。
骨でできた武具を持っている人が多い。弓、剣、楯など、様々な武具が揃っている。すぐに折れそうな骨の剣で、戦えるのだろうか。少し不安になる。
僕が一番遅かったようで、先ほど僕に敵意を見せた男が、苛ついて舌打ちをする。
全員が集まったことを確認したカルダが、出発の号令をかけた。ついに、強力な魔物との戦いがはじまる。
僕は武者震いする。そう、怯えているわけではない。きっと、間違いなく、これは武者震いというやつだ。
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