第36話:新たな魔法
それは、これまで見てきた獣のような魔物たちとは、異なる様相をしていた。緑色のドロドロとした液体が丸く固まり、地面を這っている。高さが僕の膝くらいまであり、意外と大きい。
「これ、スライムってやつですよね。こう見えて危険な魔物だったりします?」
「いや、スライムなら、ランクゼロの時でさえ倒せるんじゃないか」
それを聞いて、僕は安心する。新しい魔法を使う絶好の機会だ。
「こいつは僕に任せてください。エリルさんの戦闘は、もっと強そうな魔物の時に見せてください」
スライムに向けて手をかざす。
短剣はダンジョンで失ったが、新しい魔法に攻撃魔法のような呪文があった。それを試してみる。はじめての魔法であるため、集中力を高めて詠唱する。
「リムーブ!」
草原に僕の声がこだまする。スライムが、何事もなかったかのように、もぞりと身を動かす。
しばしの沈黙が流れ、メアが気まずそうにそれを破った。
「あのう……どういう魔法なんでしょうか。なにも起きませんが」
「お、おかしいな。なにかまちがえたかな」
リムーブ、リムーブ、と何度も叫ぶが、やはりなにも起きない。
「ビッグマッシュに殺されかけるやつははじめてみたが、スライムを倒せないやつもはじめてみるな」
エリルが呆れている。
「ま、待ってください。他にもあと二つ、新しい呪文を覚えているんですから」
気を取り直し、改めて手のひらをスライムに向ける。
「コピー!」
渾身の思いをこめて、呪文を唱える。
この呪文で、スライムがコピーされて増えるのではないかと、予想していた。強力な魔物を増やしてしまってはたまらない。スライムのような弱い魔物で試せるのはありがたい。
しかし、やはりなにも起こらない。スライムは平気そうな様子だ。
この呪文も外れか。落胆しかけたその時、僕は異変に気付いた。自分の右腕が、根元からゆっくりと緑色に染まっていく。そして、硬度を失っていき、ぷるんと揺れる。
「な、な、な、なんじゃこりゃあ!」
慌てて、とっさに右腕を左手で掴む。しかし、同じくスライム化した左手が、ぺったりと右腕にくっついて離れなくなった。
「エ、エリルさん。俺の腕がっ! なんとかしてくださいっ!」
必死で助けを求める。
「いや、腕っていうか、お前は……」
エリルは、笑いをこらえて体を震わせている。
「ユウトさん、これ……」
どこから取り出したのか、メアが手鏡を向ける。
そこには、粘り気のありそうな、大きな謎の半液体がうつっていた。
かろうじて、輪郭が人の形のようなものを描いている。唇もなく、へこんでいる部分がかろうじて口だとわかる。瞳は肌との境がなく、白目のない黒く丸い目玉だけが、粘液に埋め込まれたように二つある。
「た、助けてっ」
僕は悲鳴をあげる。全身がスライムになっている。自身の悲鳴に共鳴して、胴体がぷるぷると震える。
「いやー、お前は本当に面白いな」
エリルが大爆笑する。
「落ち着いてください。私たちがなんとか……ふふっ。や、やめてください、体をぷるぷるさせるのは」
メアまでもが、こらえきれず吹き出す。
地獄絵図だ。スライム男が、体を震わせながら、綺麗なお姉さんと可愛い少女に笑われている。どうしてこうなった。
やけくそでスライムに対してパンチを繰り出す。もしかしたら戦闘にも役立つ擬態魔法かもしれない。
しかしその拳は、ぺちゃっ、と音を立ててスライムにくっついた。
「や、やばいっ! 取れないっ! 助けてっ!」
このままではスライムに取り込まれてしまう。焦ってスライムを蹴って引き剥がそうとするが、足までもがスライムに飲み込もれれる。
「お前、それ自分の魔法でそうなったんだろう。魔法を解いたらどうだ」
エリルに言われ、僕は、魔法を解除する。
体が、徐々に硬度を取り戻し、肌色をおびていく。スライムに手足を突っ込んだ状態で、僕の体は元に戻った。
ぬめりとしたスライムの感触を感じながら、手足を引き抜いた。
「あ、あの、このスライム、倒してもらえませんか」
情けなく助けを求める。もう一つ使っていない魔法があるが、もう試す気にもならない。
エリルが手をかざすと、スライムが発火し、燃え上がった。ぷしゅうと音を立てながら、スライムが消える。僕の手足をべとつかせていた粘液も同時に消えた。
「いまの、攻撃魔法ですか」
「私の職業魔法を応用すればこれくらいはできる」
エリルは事も無げにいう。
魔法に応用がきくとは考えた事もなかった。別の使い方をすれば、僕も魔法でもっと色々なことができるのだろうか。そういえば、チェンジディレクトリの瞬間移動も、もともと戦闘用ではない。
「ほら、遊んでいる時間はない。とっとといくぞ」
エリルは前を向いて再び歩き出す。
そうだった。メアの村が大変なことになっているのだ。行く手を遮る魔物の退治や、魔法の確認は必要だが、それ以上に時間を潰しているわけにはいかない。
「ごめん、メア。こんな時に時間を無駄にして……」
「謝らないでください。慌てても、大して到着する時間は変わりませんから。これまで一人でずっと思いつめてきましたから、こうして穏やかな気持ちになれて、むしろありがたいです」
僕を助け起こし、メアは優しい笑みを浮かべた
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