第34話:道程

 少しだけ歩く速度を落とすと、メアがその隣に並んだ。今度は、メアは距離を取ろうとはしなかった。


 しかし、並んだのはいいものの、何を話していいのかわからない。同年代の女の子と最後に会話をしたのは、小学生の頃だっただろうか。


 中学も高校も、趣味のコンピュータ漬けだったし、休み時間だって寝たふりをして過ごしてきた。そのつけが今頃まわってきた。


 趣味でもたずねればいいのか。最近はやりのドラマの話でもすればいいのか。いや、そもそもこの世界でテレビを見たこともないし、ドラマなんてものもないだろう。なんだ、この世界の女の子の、流行りの娯楽ってなんだ。


 ぐるぐると思考を巡らすが、会話の一言目が出てこない。


「お前は何をもじもじしているんだ」

 声をかけて来たのは、少し先を歩くエリルだった。


「いや、その……」

 しどろもどろになる。その様子を見て、エリルは合点がいったように明るい表情をした。


「あー、なるほど、メアと話したいのか」


「まぁ、そうですね……」


「なんだお前、童貞か」


「な、なんてこと言うんですかっ!」

 頬が赤く染まるのを感じながら叫ぶ。エリルの口からそんな言葉が飛び出すとは思ってもいなかった。完全に不意打ちだ。


「会話するくらいでもじもじしているんだったら、そうだろうと思ってな」


「思ってもそういうことは口にしないもんです!」


「あのう……ドウテイってなんですか?」

 メアが真っ直ぐな目を向けて聞いてくる。


「あー、その、なんていうか、真っ白なキャンバスというか、これから何色にでも染まる素直な男子のことをそう言うんだよ」


「そうなんですねぇ。はじめてききました。世間知らずですみません。ちゃんと覚えておきますね」


「いや、覚えなくていい!」

 語気を強めて否定すると、メアは不思議そうに首をかしげた。


 僕より少し歳が下くらいなはずなので、いろいろと知っていてもよさそうなものだが、外界との交流を断つ村で育てば、こうなるのが普通なのかもしれない。


「そう言うエリルさんはどうなんですか!」

 仕返しを試みる。


「なにがだ?」

 エリルは真顔で返す。


「だから、その……そういうことしたことあるんですか?」


「そういうことって、どういうことだ? 具体的に言ってくれないと分からない」


「もういいです。すみません、俺が悪かったです」

 僕はあっさりと折れた。エリルに口でかないそうにない。


 それに、さきほどからメアが不思議そうに二人の様子を眺めている。これ以上エリルと話をしていると、僕の方が怪我を負いそうな話題を出されそうだ。


「メアと話したいなら、難しいことは考えず、魔物のこととか村のこととか、聞けばいいだろう。まだまだ情報が足りていない」


「それもそうですね」


「あとは、メアの職業や戦闘力も聞いておかないとな。三人しかいないんだ。できることなら、一緒に戦ってもらわないと」

 エリルが視線を向けると、メアは慌てて視線をそらして俯いた。戦闘に自身がないのだろうか。


「私は……死霊術士です」

 消え入りそうなほど小さな声でメアが答える。


「なるほど。筋金入りの、葬魂の一族だな」


「死霊術士って、珍しい職業なんですか?」


「ああ、そうだな、一般にはほとんどいない。死んだ魔物を操ったり、自身に誰かを降霊させて戦ったり、そんなことができると聞いたことがある」


「はい、その通りです。私たちの中には降魂と言う人もいますが、降霊というのが一般的ですね」


「降霊っていうのは、例えば何か強い力を持った剣士とか魔法使いとか、そういう力を自分に宿せるっていうこと?」


「すみません……そういうことも、確かに可能です」


「どうして謝るんだよ。すごいじゃないか。立派な戦力だよ」


「メアが謝っているのは、降霊そのものについてだ。言っただろう。この国では魂を弄んでいるとみなされると。死霊術士は忌み嫌われる職業の一つだ」

 エリルが、お気楽なユウトを諌めるように言う。


 すみません、とさらに小さな声でメアが謝る。きっとこれまでも、多くの人に敵意を向けられてきたことがあるのだろう。


「謝らないで。職業に良いも悪いもないんだ。その力を、どう使うかが大事なんだよ」


「ほお、たまには良いことを言うじゃないか」

 珍しくエリルが僕を褒めた。


「そんなことを言っていただいたのは、生まれてはじめてです」

 涙をこらえているのか、メアが震える声で言う。それから、歩きながら僕の方に向き直った。


「お二人にお願いするだけじゃなくて、ちゃんと私もお役に立てるよう、がんばりますね!」

 メアが、出会ってからはじめて、笑顔になった。


 僕はまたもや頬が熱くなるのを感じて、それを悟られないように顔をそらす。


 可愛い。ギャップ萌えというやつだろうか。普段は内気な少女が、真っ直ぐに見せる笑顔は、こんなにも破壊力があるものなのだろうか。


「やっぱり童貞だな……」

 様子を見ていたエリルがぼそりと呟く。


「エリルさんはもう黙っていてください!」

 僕は力強く抗議する。


 これは、エリルに、新たなからかいの材料を与えてしまったのかもしれない。平静を装ってごまかせていればよかったのだが、もう遅い。気苦労が一つ増えたことを思って、深くため息をついた。

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