第3章:葬魂の一族
第32話:紫紺の少女
「お願いします……村を助けてください!」
「誰が好き好んでおまえらみたいなのを助けるかよ」
一人の少女が、鎧を着た大柄な冒険者にすがりついて、振り払われる。
少女は勢い余って床へ倒れ込んだ。
「おい、なにしてんだ!」
思わず叫んで、騒ぎの中へ飛び込んだ。少女の側でかがみ、上半身を助け起す。
小柄だったため幼く見えたが、近くで見ると少女はそれなりに大人びた顔をしている。僕よりも一つか二つ、歳が下くらいだろうか。
紫紺のまん丸な瞳が怯えるように僕を見つめていた。瞳と同じ色をした、肩まで伸びた髪は、毛先がくるくると螺旋をえがいている。黒いローブを身にまとっていて、いまは使われていないフードが首の後ろに垂れている。
少女の側に、白い杖が転がっている。なにげなくそれを観察して、驚いて息を飲んだ。杖は何かの骨で作られていた。根元には、これも紫紺の、大きな水晶のようなものがついている。
「この女がしつこくからんできやがっただけだ。俺は悪くねえぞ」
少女と相対していた冒険者の男が、ばつが悪そうに言う。周囲の注目を集めていることに気づいたらしい。
「だからって突き飛ばすことはないだろう」
「この女が自分で言ったんだ。葬魂の村からきた、ってな。下手に近づくと俺の魂まで葬られてしまう」
男が恐ろしそうに身を震わせる。
その言葉を聞いて、周りの冒険者たちもざわついた。人垣が、数歩、怯えたように後ろに下がる。
「おい坊主、お前も離れろ」
人垣の中から、年配の冒険者が僕に声をかける。
どうして皆が怯えているのか分からず、僕は戸惑うばかりだった。
「大丈夫か」
人垣を割ってエリルが近づいてくる。
「おっと、これはこれは、女王様もご一緒か。となると、こいつが噂のランクゼロか。それで、この女をかばうのにも合点がいった」
男は、僕とエリルを交互に見ながら、頷いた。
「相手が誰であれ、若い女を邪険に扱うとは。なんというか……モテなさそうな男だな」
「余計なお世話だ! 俺を悪者にしたいようだが、俺はなにも間違ったことは言ってない。誰であろうと、葬魂の村なんかに行きたがる冒険者がいるかよ」
「葬魂の……」
エリルが驚いて少女を見る。
少女は、自分の味方に見えた女性までもが戸惑っている様子に気づいて、さらに怯えるように身を縮こまらせた。
「エリルさんまで、どうしたんですか。その葬魂っていうのが、そんなにいけないんですか」
「葬魂の一族は、輪廻を断ち切り、魂を葬るという。だから街のヒトからは避けられていて、彼らも外部の人間とは、ほとんど接しようとしないはずだが。それが、どうしてギルド協会に……」
「とにかく、俺はこいつと関わるつもりはない。女王様に、ランクゼロに、葬魂か。お似合いじゃないか。せいぜいお前らで面倒を見てやれよ」
言い捨てると、男は人垣をかき分けて去っていった。
他の冒険者たちも、少女を助けようとはせず、ひとり、またひとりとその場を去っていった。
僕はいまだに状況を飲み込めずにいた。この街では様々な種族のヒトが上手く共存しているように見えた。しかし、その血のせいか習慣のせいかわからないが、ここまであからさまに忌み嫌われている一族がいるのか。
この世界にも、僕の知らない問題が、いろいろとあるのかもしれない。
少女は、ユウトをじっと見つめ続けていた。僕は、自分が少女を助け起こして、その手をずっと握ったままであったことに気づいて、慌てて離す。頬が赤面するのを感じる。
少女が申し訳なさそうに、自身の手を、もう一方の手のひらで包む。
「いや、違うんだ、触れるのを避けたわけじゃなくて」
ユウトは慌てて言い訳する。
それは本心で、歳頃の近い女の子の手を握ってしまったことに照れただけだった。
「お前もモテそうにないな」
エリルが言って、少女の手を握ると、立ち上がらせた。
エリルがついてくるように促して歩き始めると、少女は杖を拾ってその後を追った。三人は、ギルドの一角にある休憩所の椅子に座り、机を囲んで話をはじめた。
少女は人目を避けるようにフードを被り直していた。
「葬魂の一族が、こんなところに一人で来たら、危ないに決まっているだろう。君だって、それが分からない年齢ではあるまい」
エリルが少女を諭すように言う。
少女は小さく頷いた。
「あのっ……ご迷惑をかけてしまってごめんなさい。助けていただいて、ありがとうございました」
「謝らなくていいよ。それより、どういう事情があるのか、教えてくれないかな」
できるかぎり優しい口調になるよう気をつけながら、僕はたずねる。
「私の村で、魔物が暴れていて……私たちではもう、どうしようもなくて。村の人たちには止められたんですけど、誰かに助けてほしくて、一人でここまできました」
「しかし葬魂の一族は自衛力も高いはずだがな。だからこそ、外部との繋がりを絶っても自立して村を築いているわけだし」
エリルが首をかしげる。
少女は、小さな声で、おそるおそる説明を続けた。
ある日突然、村に凶暴化した魔物があらわれた。葬魂の一族も魔物に立ち向かったが、歯が立たず、いまは森の中に身を隠しているそうだ。魔法も使って魔物の目を欺いているが、それも限界が近い。
一縷の望みをかけて、村から最も近くにあるダンジョン街、テトラ・リルに助けを求めに来たらしい。
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