第26話:努力への報酬

「もし死んだら、僕の体はあの狼みたいに消えるのかな」


「知的生命体の体は、データ構造も密ですからね。消えることはないですよ」


「となると、あの多重人格勇者野郎の言うとおり、食い散らかされて体が部分的に残ることもありえるわけだ」

 そんなことは避けたい。なんとしても生き残って、あの男を告発するのだ。やつの目的を探るのは、そのあとだ。


「普通の冒険者なら、ランクゼロで第三十層に放り込まれたら、生き残れないですけど、ユウトさんは管理人ですからね」


「いまのところ管理人の恩恵はあまり感じないけど」


「探知魔法も移動魔法も、本来はもっと高ランクにならないと覚えられない貴重なものですよ。うまく使いこなして下さい」


「そうだな。やってみるよ」

 先ほどは気が動転していたが、魔物を相手に試してみたいことがあった。


 先へ進むと、道を塞ぐように、三体の魔物が円になって座り込んでいるのが見えた。あの緑の醜い姿は、ゴブリンだ。


 僕は足を止める。いきなり複数の魔物を相手にすることは想定していなかった。しかし、魔物を見かける度に迂回していては、いつまでたっても地上に戻れない。食料も持たない僕は、餓えも恐れなければならない。


 ゴブリンのうちの一体が、僕の気配に気づいて顔を上げる。獲物の姿を見て、耳障りな金切り声を上げて襲いかかってくる。


「チェンジディレクトリ!」

 唱えた瞬間、僕はゴブリンの背後に立っていた。獲物の姿を見失ったゴブリンが、不思議そうに足を止める。


 背後から、その首筋に、短剣を突き立てる。ゴブリンは短くうめいて、消失した。


 残った二体のゴブリンが怒り狂って殺到する。


 今度は呪文の詠唱もなく、姿を消し、またもやゴブリンの背後にあらわれる。


 一体を背後から斬り捨て、もう一体が振り返ったところに、探検を振り下ろす。胸に短剣を突き立てたまま、ゴブリンはゆっくりと倒れ、消えた。


 短剣が音を立てて地面に転がる。


 僕は呼吸の仕方をいま思い出したかのように、深く息をはいて、どかりとその場に座り込んだ。


 うまくいった。遠くへ行けない移動魔法も、敵のそばで戦闘中に使えば、まるで瞬間移動だ。初見の魔物に、その姿をとられられることなどないだろう。


「すごいですよー! ゴブリン三体を討伐するなんて」

 シャインがうれしそうに飛び回る。


「通用して良かったよ。これがダメだったら、いまの魔法と武器では戦いようがない」


「これなら余裕で魔物を倒せますね」


「いや、調子に乗らない方がいい。短剣が通用しない魔物がいたらおしまいだし背後からの攻撃に反応する魔物もいるかもしれない」


「はー、慎重ですね」

 感心したようにシャインが言う。


 自分の命が懸かって、集中力が高まり頭が冴えるのを感じていた。こんなところで死んでしまっては、せっかくの転生を無にすることになる。


「僕はもう、死にたくないんだ」


 元の世界を思い出す。高校にも行かず、ただオンラインゲームの運営のために必死に働いた。


 その僕を責める、ユーザのメッセージの数々。運営は無能だ、つまらないゲーム、時間の無駄、金を返せ、対応が遅い、死ね。


 真摯な対応も、ゲームをよりよくするための努力も、なんにもならなかった。


 その世界をよりよくするために働く人々の努力など、ユーザにとっては関係ない。彼らは、完璧な世界が提供されることが、当たり前だと思っている。


 僕は彼らの不満をすこしでも和らげるために、働き続け、そして死んだ。


 もう、あんなことは繰り返さない。今度こそ、自分のために生きる。


 ユウトは上層へ登るための階段を捜して、ダンジョン内をさまよい続けた。新たなゴブリンや、コウモリや巨大なクモのような姿を持つモンスターに出くわしたが、全て同じやり方で討伐することができた。


「すごいですー。私も担当のナビゲータとして鼻が高いですー」


「シャインのおかげだよ。ダンジョンにくる前に、自分の使える魔法を知ってなかったら、こんなにうまくはいかなかった」

 礼を言うと、小さな妖精は嬉しそうに宙返りをする。


 戦いながらダンジョンを進み、ついに巨大な石造りの螺旋階段を見つけた。しかし期待とは裏腹に、その階段は下の層へ向かっていた。


「嘘だろ……」

 落胆しつぶやく。


 これまでの苦労が無駄になった。いや、それどころか、状況が悪化しているともいえる。


 あたりの様子を確かめるため、リストセグメンツの魔法を発動してマップを表示して、息をのんだ。


 赤く灯る光の塊が近づいてきている。そして姿を隠す間もなく、僕がさきほど歩いてきた道から、ゴブリンの群れが姿を現した。


 次から次に、さまざまな体格のゴブリンたちが曲がり角から出てくる。ようやく列が途切れたときには、三十体を超えるゴブリンが、前に立ちふさがり、金切り声をあげて威嚇してきていた。


 道を塞がれ、完全に逃げ場を失う。恐怖に震えながら、気力を奮い立たせて短剣を構えた。

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