第24話:もう一度死んでみますか?
すぐに落ち着きを取り戻したクラルクは、深く深呼吸をする。
「とにかく管理人なんかに、この世界をうろつかれては困るんだよ」
「僕を……殺すつもりか」
「おいおい、俺は勇者だぞ。斬り殺されたお前の死体を冒険者が見つけて、変な噂が立っては困る」
「じゃあどうしてこんなところに連れてきたんだ。勇者が、ランクゼロの冒険者を守りきれないなんて、あり得ない。僕が戻らないと怪しまれるぞ」
「そこはうまいことやるさ。創作は得意だ。喜べ、お前のことも俺の小説に登場させてやろう。勇者の言うことも聞かずに無謀な行動をして死んだ愚か者として」
「しかし、斬り殺すつもりはないと、いま言ったばかりだろ」
「なにもしないさ……俺はな。どれだけ食い散らかされても、そのベルトと短剣は残るだろう。あとは、頭でも残ってくれればちょうどいいんだが」
クラルクはそう言って、つま先で地面を叩く。ここにきた時と同じように、魔法陣がその足元に広がった。
「待て!」
「俺の創作に真実味を持たせるような、ほどよい死に方をしてくれることを祈るよ」
魔法陣が輝き、クラルクがおかしそうに笑うと、次の瞬間には姿を消した。
「そんなっ……」
伸ばしかけた手を握りしめ、うなだれる。
はじめてのダンジョンで置き去りにされ、絶望にうちひしがれる。
あの勇者が何者なのか、どうしてこのような仕打ちをするのか、全く心当たりはないが、とにかくいまは生きるためにできることをするしかない。
「リストセグメンツ!」
唱えると、光のもやがあらわれ、周囲のマップが描かれる。ひときわ広い空間に、青い点が光っている。そこに向かって続く細道に、赤い点が光り移動しているのが見えた。
慌てて、壁面の下方に開いた隙間に駆け込んだ。人一人が這ってようやく入れるような、細い空間だった。
広間に、魔物が入ってくるのが見えた。僕の半分ほどの高さのある、緑色の肌をした魔物だ。二足歩行で歩くその魔物の顔は、シワだらけで、その奥で一重の黄色い横長の目が光っている。
あれはゴブリンだろうか。武器は持っていないが、その爪は恐ろしく長く鋭い。
魔物がこちらを向いて、僕は慌てて顔を引っ込めた。目を閉じ、必死に息を殺す。やがて、小さな足音が、遠ざかっていくのが聞こえた。
何も聞こえなくなってから、さらに少しの間を置いて、ようやく広間をのぞき見る。魔物はいなくなっていた。
そこで、ようやく頼りになる人物を思い出し、ステータスを開いてヘルプアイコンを押した。すぐにシャインが姿をあらわした。
「お疲れ様ですーっ」
「静かにっ!」
シャインの口を慌てて塞ぐ。呼び出された妖精は不思議そうに何度もまばたきをする。
「いまダンジョンで一人きりなんだ。ここがどこかも分からない。いま魔物に見つかったら困るんだよ」
「大丈夫ですよ、声が届くようなところに魔物はいませんから」
「なあ……シャインは、俺の味方だよな?」
ギルド協会で信頼されている勇者に裏切られ、疑心暗鬼になっていた。
「味方といえるかはわかりませんが、少なくとも、顧客の不利益になるようなことはしません」
「でも、シャインならあの勇者の正体も分かってたんじゃないのか」
「それは企業秘密ですーっ」
緊迫した雰囲気の中、シャインの明るい声が響く。
怯える自分がバカらしくなって、僕は少しだけ笑みをもらした。
「念のためきくが、この世界で死んだとしても、街の教会とかで生き返ったりするかな?」
「そんなわけないでしょう」
「そうだよな。じゃあ、またどこかに管理人として転生できたりは……」
「可能性はゼロに近いですね。いまここにいること自体が奇跡みたいなものです。ユウトさんは宝くじの一等賞を二回連続で当てられますか?」
「もしからそういう豪運の持ち主かも」
「ではもう一度、死んでみますか?」
シャインが少し怒ったように言う。
「……いや、やめとくよ。ごめんな。そんなに都合よくはいかないよな」
ゲームのような世界だとしても、やはり一度きりの命は重い。
「なあ、これからどうすればいい?」
「どうすればいいか、といった曖昧な質問には私は答えられません」
「それじゃあ、ここはどこなんだ?」
「ダンジョンの第三十層のようです」
「三十!?」
「下層というほどではありませんが、もう上層ともいえませんね」
「少なくともランクゼロの僕が来るようなところではないか」
「ランクスリーになってから挑戦するのが一般的です」
「やはり慎重に動かないとまずいな。俺でも、ここの魔物は倒せるかな?」
「ランクに関係なく、倒すことは可能です。魔物の攻撃に当たらず、魔物の急所を的確につくことができれば、ですけど」
シャインの言葉を聞いて、少し希望がわいて来る。エリルとはじめてステータスを見たときのことを思い出した。そういえばステータスの表示は、職業、レベル、ランクしかない寂しいものだった。
僕の知るRPGのように、レベルがかけ離れた相手には絶対に勝てない、といったものではないようだ。レベルはあくまでそのユーザの経験や、使えるスキルや魔法を知るための目安のようなものか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます