第36話 死んで居る

君をさらって、どこか遠くへ逃げようか……


何度そんな事を思ったか、君は知りもしないだろうね。

僕が君の隣で、どれだけ自分を抑えていたかなんて……



僕の瞳はもう、涙なんて流せないけれど。

僕はいつだって、君に泣き縋りたい衝動を抱えていた。


僕の全てを奪った、君の全てを奪って……

僕はどこまでも、君と一緒に旅立ちたかった。







「……逃げないの?」


あの夜も、死の瀬戸際さえも……

君は絶対に僕を拒絶しない。


君はきっと、僕の罪を全て受け入れて笑うだろう。

ヒミコの顔をして、ルイと同じ様に……



たとえ君が僕を許しても、僕は絶対に自分を許せはしない。

君をさらって逃げたとしても、

影はどこまでも僕を追いかけてくる。

これを消すには、死ぬしかないと分かっていた……







「とても良い悲劇だったわ」


「うん、とても良い悲劇だったよ」



双子の魔物は僕の魂へ、

無表情のくせにどこか満足げな拍手喝采を送った。


左眼の代わりに魂をよこせ、

そういう契約なのは承知の上だけれど。

まさか踊り食いにされるとは予想外だな……


というか、魂になっても記憶があるとは思わなかった。

前世とか来世とか、いまいち信じてなかったけれど。

これなら確かに納得かな。


「食べるのは、順番待ちだから待っててね」


「生まれ変わらないで済むように、しっかり食べてあげるからね」


それは有り難いと、純粋に思ってしまった。

僕はユメちゃんみたいに、自分の前世を背負う覚悟なんてない。

こんな思いをするのは、今生限りでもう沢山だ。

僕の罪と共に、全てが消え去ってしまえばいい。


心の底から、そう思っているのに。



(ユメちゃんの笑顔だけは、忘れたくないな……)



僕は魂が消滅するその日まで、あの笑顔を思い出す。

あの時の仕草も、あの時の表情も、あの時の声も……

あれは全て僕だけの為にあったと、自惚れてもいいだろうか。



ねぇ、僕のファム・ファタール……


我儘ばかり言ってごめん。

せめてこの想いを、道連れにする事だけは許してくれないか……



どこからともなく、世界が壊れるかの様な衝撃音が聴こえる。

これは閉幕の音か、それとも開幕の合図なのか……

魂以外の全てを失った僕には、何も分からないけれど。



僕の心にただ一つ、決して離れる事のない面影……



僕はもう一度、君の笑顔に会いたかった。

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