第3話 表現力

女の子が本を読んでいる。

場所はどこだか分からない。


そこは女の子と本以外は床すらも見えない、

暗闇の中だった。


世界は完全なる無で、

その本だけが世界の全てだ。


女の子は本を読みながら泣いていた。

そんなに悲しい話なのだろうか……


涙は次から次へと溢れ、本へと零れ落ちていく。

それは四十日四十夜の大雨にも似ていて、

世界を滅ぼすのではないかと思えた。


本がダメになってしまったら可哀想だ。

どうすれば女の子は泣き止むのだろう?

彼女には勇者さまがいないのだろうか……

 

意識がだんだんと女の子から遠のいていくのを感じた。


これは夢なのだろうか。

それならば彼女も、

私が目覚めれば存在すら消えてしまうのか……


どうせなら、笑顔が見たかったな。


そんな事を願いながら、

ユメコは現実というには

あまりにも無理がある非日常へと帰っていった。








目を開けるとそこは、

異世界お約束の見知らぬ天井だった。

どうやら第一関門は突破したようである。


ゲームならこのタイミングでオートセーブされるに違いないが、

残念ながら私にはそんな機能なんてない。

人間って不便だ。


「お、目が覚めたか」


身体を動かす気力も起きず、ユメコは目線だけで声の主を追った。

そこにはあの青年がいる。


生成色の長袖に紺色のデニムという、

ユメコの見知った服装から離れていない姿で少し安心した。


本の文字が読めなかったので不安だったが、

どうやら言葉も通じる様だ。

異世界ってやっぱりそういうものなのか、と妙な感動を覚える。

感動ついでに、答えを聞いたところで無意味と知りつつも、

ユメコはお決まりの質問をしてみた。


「ここは一体……??」


「ここはリード村の図書館だ。

 勝手に入り込んで、どういうつもりだ」


横文字 + 村。

なるほど・ザ・異世界である。

本で読んだ事がある王道の異世界らしくて、妙に安心した。


「ごめんなさい。森の中で怖い人たちに追われていて、夢中で……」


「馬鹿だなお前、外を出歩くなんて……

 女人狩りと出くわすに決まってんだろ」


「へ……?

 女人狩り??」


王道の異世界ものから、

いきなり官能小説のタイトルみたいになってしまった。

大丈夫なのか、この異世界……


一気に不安が増して怪訝そうな顔をしたユメコに、

信じられないものを見る眼差しを青年は向けた。


「女人狩りを知らないって、ウソだろ?

 確かにお前、この辺の人間じゃないよな。変な服だし…… 

 一体どっから来たんだよ」


出た、説明力を問われる異世界の質問。

まずはシンプル・イズ・ベストか…… 

どんなに頑張っても序盤での説明は不可能に近いので、

ダメ元でユメコは正直に答えてみた。


「あの、実は私……

 こことは違う世界から突然飛ばされてしまったみたいで。

 だからこの世界の事は、何も分からないの」


「は……?」


ですよね。通じないですよね。分かってた。


ユメコは想定通りの返事を受け、

異世界ものではこの後どうしていたっけなぁと考えを巡らす。

こういう時、大抵は現実世界から持ってきたものが手がかりになるはずだ。

何か証明出来る様なもの、カバンに入ってなかったかな……


「あー!!!

 じゃあお前、異世界転移か!

 最近小説で流行ってるやつ!!」


「……えっ?!」


なんということだ、通じてしまった。

異世界でも流行ってるのか、異世界転移。


この世界だと、

私たちが住んでる世界に飛ばされたりするのかな……


ユメコはこの世界の異世界転移ものを読んでみたくなった。


「こう見えても俺、この図書館の司書だから!

 異世界転移に関しては心得があるつもりだぜ!」


小説と現実を混合している輩が司書で大丈夫か……

という言葉を飲み込んで、ユメコは素直に感謝する事にした。


助けてくれて話も通じる、第一村人としては最高レベルだ。

それに夢見がちという点では、ユメコはまったく人の事を言えない。


「そっか、それで本が光ってたんだな!

 あの光で騒ぎに気付いたんだ。

 あれって表現だろ? 前に見た事がある」


「表現……?」


「なんだ、分からないで使ってたのかよ。

 現実に表すで、表現。具現化っていう方が分かりやすいか。

 文字に書いてある事を、現実にしちまえるんだろ?

 知らないって事はやっぱりアレか、異世界に来て目覚めた力ってやつか」


話が早くてとても助かる。

ありがとう、この世界で異世界転移ものを書いてくれた人。


なるほど、これが異世界能力発動というやつか…… 

何もない状態で異世界に飛ばされる登場人物も多い昨今、

能力があった事にユメコは感謝した。

妄想も立派な才能なんだな。


ユメコ唯一の特技というか、

現実世界ではむしろマイナスなのだけれど……

一つの事を貫き通すというのは、何であれ悪い事ではないらしい。


「それなら一度、予言者に会いに行ってみるのが良さそうだな」


「予言者……?」


「そのまんまの説明をすると、予言書の作者だな。

 予言書って言うとこの先に起こる事が書かれてると

 思うかもしれねぇけど、実際は違う。

 表現の力で、書いた事を現実にしてるだけなんだ。

 つまり予言者のお告げは、当たって当然なんだよ」


「えぇ?!

 そんなの世界を好き勝手に出来ちゃうじゃん」


「まぁ、ほとんどは力のないインチキばっかだけどよ。

 中には本物だっている。

 予言者の存在は機密情報だから、

 実際この世界にどれだけ存在するのかは分からねぇ」


なるほど、作者の情報は非公開か……

脅されたりしたら大変だもんな。

予言書の作者といっても、小説家とあんまり変わらないものなのか。


「そんな何処にいるかも分からない人に、どうやって会えばいいの?」


「さっき言ったろ? 前に見た事があるって。

 こう見えても司書だからな、本を扱ってるうちに知ったんだよ」


凄い人なのに身バレあっさりだな……

というかそれをバラしちゃって職務的にいいのか。


この世界の情報管理が心配になったものの、

それよりもユメコは、青年が司書だという事に未だ疑心を抱いていた。

ムキムキという訳ではないけれど、

現実世界の同級生とは比較にならない位に逞しいし、

お世辞にも頭が良さそうには見えない。


「あの、なんで司書をやってるの……?」


こんなに重要な問題が山積みなのに、

どうでも良いとは分かりつつも、つい聞いてしまう。

そもそも先に名前を聞くべきだろうに。


「あぁ、くじ引きで決まったんだよ。

 とはいえこの村の連中は図書館なんて利用しないからな、普段は剣士をやってる」


やっぱり脳筋だった。しかも村ごと……

せっかく沢山の本があるのにもったいない。


「そういえば自己紹介もまだしてなかったよな。

 俺の名前はツカサだ!」


横文字の長い名前を予想していたけれど、

馴染みのある響きでユメコは拍子抜けをした。


けれど言葉が通じてる以上、

私の知り得る範囲の単語に置き換えられてる筈なので、

本当は違うのかもしれない。


司書で司(ツカサ)だなんて、出来過ぎてるし……

そう考えると、女人狩りも私のワードセンスなのかもしれない。

恥じ入る。


「私は夢女子。はてしな ゆめこ」


「ユメコか! よろしくな!」


中身は空っぽそうで不安が募るけど、笑顔が可愛いからいっか……


これから何が待ち受けているかも知らずに、

ユメコは顔が良いというだけで差し出された手を取った。

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