男もすなる異世界転生といふものを女もしてみんとす

K

第1話 夢で会えたら

誰だって一度は異世界転移をしてみたいと思うだろう。

それは男の子だけの願望じゃない、私だってそうだ。

でも実際、本当に出来ちゃったらものすっごく困る……




ユメコは森の中を走っていた。

途方に暮れる暇もなく、

異世界に着地早々全力ダッシュだ。


こちとら制服に学生カバンと、

現実世界から飛ばされたままの姿だというのに……

もう少し余韻というものを大事にして欲しい。


「いたぞ! 女だ!」


女ですけど、それが何か……?

なんて尋ねる事が出来る雰囲気ではなかった。

何故なら相手は、刃物を振り回しているからだ。


現実世界であれば凶悪犯確定だが、

この世界では多分、そういった職業の方なのだろう。

来て早々にケチをつけるのもなんだが、嫌な世の中だ……


「逃がすな! 捕らえるのが無理なら殺しても構わん!」


そこは是が非でも構っていただきたい。

でも、私には構わないで欲しい……


異世界に行ってみたいなぁと思っただけでこの状況、

神様はどういうおつもりなのか。


「これは一体なんの罰ゲームなのよ……!!」


毒づきながらも全力で走っていると、徐々に森の終わりが見えてきた。

この先は村だろうか?

寂れてはいるものの、人の気配が微かにする。


ユメコは考える間もなく、目の前にある建物に駆け込んだ。

追いかけてくる輩よりは、

家でくつろいでる人間に出くわした方が安全な気がしたのだ。

誰だって家では刃物を振り回したくない筈だ。多分。


「なんでこんな目に…… 

 ただ本を読んで、私も違う世界に旅立ちたいな〜って

 軽く思っただけなのに……」


しかも、そんな事はユメコにとって日常茶飯事だった。

何故ならユメコは、根暗オタクだからだ。


物心がついた頃から生粋の人見知りで、

人の気配には敏感な癖に話術はからっきし。

いつも教室にひとりぼっちだ。


しかし皆がクラスメイトと話している様に、

ユメコも教室ではいつだって本と会話をしていた。


悲しい事も、楽しい事も……

きっと皆が友人と過ごす時間と同じ位、

本と分かち合ってきた。


だから後悔はしていないし、実は友達が欲しかったとも思わない。

ユメコは根暗だし自分を卑下もしていたが、態度は堂々としたものであった。

本が大好きな自分に対する誇りだけは確かだったからである。


本を読んで想いを馳せれば何にだってなれたし、何処へだって行けた。

でもまさか、リアルに飛ばされるとはな。


「ここ、どこなんだろう…… 

 なんかこの建物の中、本ばっかり。図書館なのかな……? 

 って、施設じゃなくて世界そのものがどこなんだって話だけど」


心細くて独り言も捗る。

ユメコは根暗だが、脳内人格ならむしろ明るいタイプだった。

そんな事、誰も知りはしないのだけれど……


ガサガサガサッ!!


見た事もない文字で書かれている本たちが気になり、手を伸ばした矢先。

どう考えても家でくつろいでいる人間が出す事はない音が聞こえ、

ユメコは本を手に取る事も出来ずに固まってしまった。


グルルルルル……


うん、どう考えても人が出す音ではない。

どちらかといえば、獣……かな?

ユメコは認めたくなかった。


「もうやだぁぁぁーーーー!!!」


可愛い悲鳴を上げる才能もなく、

ユメコは駄々をこねているような叫び声をあげて、

近くにあるドアへと駆け込んだ。


周囲にあったイスでお粗末なバリケードを作り、

ドアから1番遠い壁に向かって這う様にしてへばりつく。


外から体当たりをする様な音がするので、思わず耳を塞いだ。

人も獣も、何もかもが突然襲ってくる。RPGってこういう事か。


「……って、私の趣味は読書なの! 

 そりゃゲームだって好きだけど…… 

 RPG仕様なんて求めてないのよ神様!!」


天まで届け、私のツッコミ。

神様お願い、バグってるのに気付いて……


「私の夢を叶えてくれるなら、小説の世界じゃないの?! 

 勇者さまが助けてくれるような……!!」


そう、今日読んでいた本もそんな内容だった。

ありきたりなお話だったけど、

勇者さまが恰好良かった記憶だけは輝いている。


でも、もしかしたら挿し絵が良かっただけかもしれない。

イラストの力がなかったら微妙だったかな…… 

私ってもしかして、顔で勇者を選ぶタイプ??


ガンッ! ガンッ! ガンッ!


どんな状況下でも空想に耽れる精神には脱帽するが、

塞いだ耳にも届く程に音が大きくなってきた。

ドアはもう限界そうだ。

窓も人が余裕で通れるサイズではあるものの、

はめごろしになっていて出られそうにない。

八方塞がりだ。


「もうダメだ、詰んだ……」


ユメコは考えるのを諦めて、空想の世界に戻ってしまった。

現実逃避には慣れている。


勇者さまが本当に格好良かったか確かめようと、

カバンから本を取り出して表紙のイラストに触れた。


……うん、やっぱり格好良い。

中身はちょっと空っぽだったけど、勇敢ならそれで良いかな?

私を守ってくれればそれで良い。


バキバキバキッ!!


最期の音がした。

ユメコは本を抱き締めて、来たるべき衝撃へと身を構える。

何に襲われるのか、見るのも怖くて無理だった。


少しでも気持ちを落ち着かせようと、

ユメコは瞳を閉じて勇者さまの姿を瞼の裏に想い描いていく。

それはユメコを背に庇う、勇ましい立ち姿だ。


もし勇者さまがいてくれたら、絶対に私を守ってくれるのに……


「勇者さま……」


ユメコが描く世界に、もう獣はいなかった。

代わりに素敵な勇者さまだけが、ユメコの傍に佇んでいる。


想いが募り、願いが重なり……

閉じた瞳にハッキリと勇者さまの輪郭を捉えた、その瞬間。


「お願い、助けて……!!!」


感極まって口から溢れた言葉に応じるかの如く、

閉じた瞼さえも貫く眩しい光を感じ、ユメコは目を見開いた。


そして自分の瞳に映った光景に、思わず目を凝らす。


「……え?! 一体どうなってるの?!」


ユメコの前に広がっているのは、

目を閉じる前の景色ではなく、目を閉じた後の景色だった。


そう、ユメコが必死に思い描いた姿……


全てから守ってくれそうな大きい背中。

はためくマント。

サラリと流れる黄金色の髪。


夢にまで願った、格好良い勇者さまだ。


「おい、大丈夫か?」


透き通った声が聴こえる……


何だかまるで小説みたいだな、とユメコは思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る