第46話 大統領執務室にて

 はったんは再び島を隔てるベニヤ板の下をくぐり抜け、下水道をとおり、蚤ヶ島の住処に戻った。

「あひるランドのダニは、あっという間にいなくなったよ。それで、防衛大臣が、軍隊の再編はとどこおりなく進んでいること。それに志願兵も沢山集まっていることも枝子たちに伝えて欲しいって言ってたよ。援軍に関しても大丈夫だと言ってくれって。実際、軍隊の再編は進んでいないけどね。あとはしばらく様子をみて欲しいってさ」

 はったんは下水道の穴ぐらでサマンサに伝えた。

「分かった。枝子大統領にはそう伝える」

 サマンサはそういうと急いで大統領官邸に向かった。しばらく時間をおいてはったんもまた官邸へと向かい歩き出した。


 サマンサは官邸に着いてしばらく政策室にある自分の机で頬杖をついていたが、意を決したように立ち上がり、大統領執務室へと向かった。

 ドアの前で呼吸を整え、ゆっくりとノックをした。

「大統領、サマンサです」

「はーい。入ってちょうだい」

 なかから枝子の声が聞こえる。サマンサはドアを開けて執務室に入った。


「あひるランド軍の再編、整備は進んでいます。ご存じの様にみな精鋭です。また志願兵も毎日のように集まってきているようです。いつでも援軍を出せる状態です」

「あっ、そう! ありがとう。電話で連絡したの? あなたは政権の幹部だし、なによりあひるランドの首相でもあるんだから、国境なんかフリーパスよ」

「行ったり来たりでは時間がかかるので、電話が主な連絡手段になります」

「元々、伝書バトなんだから飛んでいけばいいのに」

 枝子は微笑みながらそう言い、ソファーに座るようサマンサに促した。

「私が国境を通れるように手配されていたのですか」

 サマンサが尋ねる。

「ええ、もちろん。それでダニのほうはどうなったの」

「一夜にしてきれいさっぱり消えました。ありがとうございました。しかし、いったいどうやってあんなに沢山いたダニを退治したのですか?」

 枝子もソファーに座りながら答えた。

「ここは蚤ヶ島でしょ。あなたも聞いたことがあると思うけど蚤の三兄弟の一人というか、その一種なのよ、ダニは。いわば仲間だからね。話しはすぐに通じるのよ。ごめんね、ダニたちがあひるランドを荒らしちゃって」

「なるほど、そういえばそうですね。蚤とダニですもんね。でももうすんだことですから」

 サマンサがさも納得したように言うと、枝子が書類を取り出して見せた。

「これ援軍要請書。出来るだけ早くアヒルの軍隊にこっちに来て欲しいのよ。村が本当に危ないらしいの。村は私のふるさとでもあるし、あなたのふるさとでもある。母や父、それに太郎もいる。早く助けなきゃならない」

「村はそんなに危ないのですか。詳しい状況は分かったのですか・・・」

「何よりも先手を打たなければいけないということよ」

 サマンサの問いを打ち消すように枝子は答え、間を置かずに続けた。

「アヒルの軍隊や志願兵の状態はどうなの。兵力をどう分析しているの? 兵隊の数とか、兵器の量とか、そういう詳しいことはどうなっているの」

「まだ詳しいことは分かりませんが、旧政権の頃の兵力には近づいているでしょう。そのうえ志願兵がいます。旧政権を越える力を持っていると言えますよ」

「そういうことが詳細に分からないと困るからね。これは戦闘、実際の戦争なのよ」

 枝子が語気を強める。

「実際のデータを早急にうちの軍事大臣に報告して欲しい」

 サマンサは枝子を見つめ答えた。

「分かりました。出来るだけ早く用意します」

「出来るだけじゃダメよ。無理にでも早く、早くして。そのあとで軍事協定を結ぶ。協定の内容は私たちが決める。それでいいでしょ」

「はい。分かりました」とサマンサは自信ありげに枝子を見つめて答え、執務室を出た。


 サマンサが執務室を去ったのを見計らい、あひるランド旧政権の首相であったアヒルのバオバオが入れ替わるように部屋に入った。

「あいつらが俺たちアヒルを見世物にしながらなぶり殺しにしたんだ。公開処刑をやったんだ。あいつは生き物の命なんかなんとも思っちゃいないんだ」

 バオバオは枝子に訴えるように言った。枝子は静かにそれを聞いていた。




(つづく)


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