第17話 蚤の三兄弟

 蚤の兄弟がダニとシラミであることは周知の事実であろう。蚤を筆頭に次男がダニ、三男がシラミである。これを世間では「蚤の三兄弟」といって恐れていた。蚤の三兄弟はいまや世界中に拡がっているが、故郷は言わずと知れた蚤ヶ島である。長男の蚤と三男のシラミは動物のみならず人にも寄生し血を吸ってひどい痒みをもたらす。一方、次男のダニは人よりも動物を好んだ。


 蚤ヶ島では、現金の支給や食料の無料配布により、多くの蚤たちの絶大な支持を得て、神がかった女性カリスマによる支配が滞りなく進んでいた。蚤ヶ島の住民たちの生活水準や教育レベルは急激に上がり、経済状況も安定が保たれるようになった。

 学校に行けなかった蚤の子どもたちも、教育費は無料になり、学校にかかる費用のみならず、衣服やゲームといったおもちゃも配給されるようになった。

 継ぎ接ぎだらけで汚れた服を着ていた貧しい子どもたちも真新しい服装で、胸を張って路地から出、通学できるようになった。


 しかし一方で、新政権の財政が逼迫し始めていることも事実であった。当然である。蚤ヶ島の住民からは、ほとんど税金を徴収せず、保険料の支払いも求めないまま、生活保障だけ行なっていたのだ。

 そこで女性カリスマは一計を案じた。案じたといっても以前から、お金はどこかから盗んできたものであり、食料も他所から捕まえてきたネコなどであったが、その拡大を図ろうというものだった。

 カリスマは、「緊急財政会議―もっこ25」を開催し、蚤ヶ島のベニヤ板の向こう側、つまりはあひるランドへの侵攻と多摩の浦を隔てた村への侵入と略奪を部下たちに指示した。


 そこで蚤、ダニ、シラミの三兄弟のトップたちは語らって、先ず次男のダニをあひるランドへと進入させアヒルに寄生し、いてこます。次いで三男のシラミを村に送り村人たちに寄生して混乱させることに決定した。


 すぐさまこの計画は実行に移された。

 ある月夜の晩であった。蚤ヶ島のちょうど中央にあるベニヤ板を無数のダニたちが粛々とくぐり抜けて行った。以前クーデターの際に、旧政権に属す蚤たちが逃げるために開けた穴だ。そこを何百メートルにも及ぶダニの行軍が僅かの音も立てず黙々と進んでいった。


 あひるランドではすでに、蚤ヶ島から逃げてきた蚤による被害が報告されていたが、それに倍する被害が爆発的に増え拡がった。その新たな被害は殊にアヒルたちであった。

 ダニはあひるランドに侵入すると計画どおり、すぐに美味しそうな生き物に襲いかかった。もちろんそこにはアヒルがいる、カモメもいる、ハトもいる。すべてがご馳走だ。

「アヒルがいるぞ!ハトもカモメもいるぞ。襲いかかれ」

 ダニたちは一目散にあひるランドの生き物たちに突進していった。

「しまった。逃げられた」

「こっちもだ、また逃げられちまった!」

 ダニたちは悔しそうに叫んだ。

 ダニが狙いを付けたカモメやハトは用心深さもあって、近づくとすぐさま羽根を羽ばたかせて飛んで逃げた。


 この騒ぎはドバトのサマンサにも、無期懲役のはずが、わずか一ヶ月で仮出所になって、だふリンの街の警備に邁進するピジョーの耳にも入っていた。


 相変わらずボスである社長を捜しているサマンサとピジョーも突然、ダニに襲われたが、簡単に飛んで逃げた。呆気にとられるダニたちをサマンサとピジョーは電線に止まって見下ろしていた。

「一体、何が起こっているんだろうね」

 尋ねるサマンサにピジョーが答えた。

「刑務所にいるときに聞いたことがあるぞ。あれは、あのベニヤの向こうの生き物たちだろう。こちら側に攻め込んで来たんだ」


 ダニたちは悔しそうに辺りを双眼鏡で眺め回していた。

「あっ、あそこに何かいる。アヒルだ」

 その声を聞くなり、ダニの大群はアヒルたちに一斉に襲いかかった。アヒルは上手く飛ぶことが出来ない。飛ぶにしても助走が必要だ。その助走にいたってはヨタヨタと走っているのか、歩いているのか、二人三脚かというほど下手で無様なものだ。これではすばしっこいダニから逃げることは出来ない。

 多くのアヒルたちがダニにたかられ、痒みでのたうち回っている。

「何とかしなきゃ。アヒルが死んじゃうよ」

 サマンサは叫んだ。

 しかし、空へと逃げて無傷である多くのカモメやハトは手を叩いて笑っていた。彼らはアヒルの敗北ととともに、抑圧からの解放をその目で現に見ているのだ。

「助けてくれ!痒くて息ができない」と叫び、川に飛び込んでいくアヒルたち。川に入っても潜ってもダニはアヒルから離れず、その血を吸い続けた。泳げるはずの水の中に、静かになった沢山のアヒルが沈んでいった。


 アパートに戻ったサマンサとピジョーはテレビを点けた。

「あひるランド史上最悪の悲劇です。カモメやハトならまだしも、優良市民であるアヒルたちが、飛べないばかりに襲われるなどということがあってはなりません」

 ニュースの解説者は感情的にまくし立てた。

「ひどいこと言うもんだ。飛べないのはアヒルのせいじゃないか。鳥なんだから飛べて当たり前なんだよ。それができなきゃ死ぬしかないよ」

 ピジョーは夕食の豆鉄砲を作りながら言った。

「でもアヒルを助けなきゃ。ベニヤの向こうから悪いダニが襲ってきているんだ。いつかぼくたちもやられて、きっとこの島がダニに支配されるに違いない」

 サマンサは続けた。

「ぼく、明日にでもアヒル政府に協力の申し出をしに行こうと思う」

「あいつらに協力する気か。本気なのか?」

 ピジョーは驚いたように調理の手を止めて言った。

「うん。同じ鳥だし、飛べないからといって、命が奪われるのをただ見過ごす分けにはいかないと思うんだ」

 サマンサは言い、またテレビのニュースに目を向けた。


「情報によりますと、今回のダニ騒動の裏にはベニヤ板の向こう側で暗躍する蚤が深く関係している模様です」

 キャスターは抑制した声で坦々と告げた。

「蚤が・・・」

 サマンサは蚤という言葉を聞き、まるで闇を探るように、記憶の灯りを静かに一つひとつ点けていった。



(続く)

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