第6話 ピジョーと平和の塔、現わる

 もちろん川のほとりにあるのだからそれでいいのだが、「リバー・バー」という酒場の周りには、何時ものごとくロクデナシたちが千鳥足でふらふらしている、真昼である。

 サマンサの頭はドブから小川へと流され、とうとうここ母なる大河リッフィー川に流されていた。川は昼の光に輝きながらゆっくりと流れていく。そのなかをサマンサの頭も流れていた。

 ドバトのサマンサの頭部は、気持ちよく昼寝の最中であったが、広大に開けた川の静謐と川面に散りばめられた光彩に、いままでのドブとは違う心地よさを感じ目を覚ました。

 大河に悠々と流れるドバトの頭。その上にさらにハトが乗っていた。

「あっ!お前だれだ」

 頭上に乗り川面に出ている顔面をくまなくつつきまくるハトにサマンサは叫んだ。しかし頭上のハトはバカになったようにつつき続けている。

「だまれ!おまえ頭だけじゃないか」

 頭上のハトが忙しくつつきながら答えた。

「おまえ、ピジョーじゃないか!」

 サマンサは驚いたように訊ねた。ハトはつつくのを止め豆鉄砲を喰らったような表情でサマンサを見つめた。

 紛れもなくそれは下連雀工業小学校に通っている頃の同級ピジョーであった。


 一方、サマンサの飛んでいる胴体部分は、いつの間にか目的地であるユーラシア大陸を通りすぎていた。いかんせん頭がないので前が見えないどころか、何も見えない。いまどの辺りを飛んでいるのかさっぱり分からないのだった。疲労が両の羽根のバランスを奪い、不揃いな羽ばたきは段々と低空へと沈んでいく。

「もう、落っこちちゃうぞ!何も見えないけど歩けばいいか」

 サマンサの胴体は不運にも大きな川の水面へと近づいていた。そこに落ちたら歩けもしないのだ。

 バサッ。サマンサの胴体は幸か不幸か、川に浮かぶ羽根のかたまりの上に落ちた。

「あっ!誰だ。俺の背中に乗っかったやつは」

 サマンサの頭を無心につつき続けるピジョーが叫んだ。ピジョーの背中に頭のない胴体だけのドバトが乗っていた。怒ったピジョーは背中に乗る頭のないドバトを振り払おうと、頭だけのドバトの上で精一杯体を振った。

「降りろ、ドバト!」

 自分もドバトではあるが、ピジョーはさらに激しく体を振った。するとピジョーの頭が取れた。外れて取れたピジョーの頭部は、風に吹かれてサマンサの胴体の上に乗った。すると驚いたサマンサの胴体は羽根を振り回し身をよじった。今度はサマンサの羽根が取れ、上に乗るピジョーの頭の上に乗った。


 そんな感じでサマンサの上にピジョーの一部、ピジョーの上にサマンサの一部が乗り、さらにまたサマンサの上にピジョー、ピジョーの上にサマンと幾重にも重なり、高さはゆうに二百メートルを超えていた。

 いままさに偶然とはいえ、サマンサとピジョーによって母なる大河リッフィーにドバトの塔が出現したのである。

 ものが平和の象徴であるハトだけに、地元の市民は仕方なく「平和の塔」と名づけた。



(続く)

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