第11話 死神と悪魔が一人の男を取り合う!? 言葉にするとなんて怖いんだ……
ぴゅーと何の気なくミルクが俺とサナタンがやり取りしている現場に飛んでくる。
た、助かった……のか?
俺は心のどこかにサナタンへの罪悪感を隠し持ってはいないだろうか?
「まっ、真彦さん、その悪魔と何をしてるんですか!?」
当然ながら、俺たちの様子に気がついたミルクは詰問口調になる。
「い、いや、実は困っていたんだ。この悪魔が俺に天界を案内するなどとしつこく勧誘してきて……」
「えっ、しつこく? 勧誘? そんな……あたしはただ……」
またサナタンが涙目になる。
うるうると今度はミルクのほうを向いて申し開きを始める。
「あたしはただ、この殿方に天界を案内するように頼まれて……、それでその……」
「真彦さんを案内する責任は魂を抜き取ったわたしにあります。なぜよりによって悪魔なんかが出てくるんですか」
どう見てもミルクはこの悪魔にいい感情を持っていないらしい。
「さ、帰ってください。真彦さんはわたしがこれから水晶髑髏を渡して、天界を案内して、そして一緒に図書館に行く約束をしてるんですから」
「ふっ、ふええええ……」
とうとう、サナタンが泣き出す。
と、同時にこの悪魔が後ろの方にチラッと視線を送ったのを俺は見逃さなかった。
しかし、その方角には誰もいない。
ちなみに、ララファはミルクが現れた時点でとっくに逃げ出していた。
これ以上ミルクと真彦の間に厄介ごとを撒き散らしたとしてミカ天使長の怒りを買うのは御免だったからだ。
あの人は怒らせると天界三幹部(天使長、死神長、閻魔長)の中でも一際恐ろしい。それが自分の直属の上司ならなおさらだ。
だから、サナタンが助けを求めようとララファのほうを振り返ったときには、全ての責任をサナタンに押し付けるべく、さっさとおさらばしていたわけである。
「えーん、ですから、あたしはこの人に天界を案内するように言われましてえ」
「召喚に関わってもいない、しかも死神が連れてきた死者を悪魔が案内するなんて話聞いたことないですよ。さ、真彦さん、もう行きましょう」
そういってミルクはいつものように俺の手を取り、腰の羽根をパタパタさせた。
いつも思うが、ミルクは俺と手を繋ぐのが嫌だったり恥ずかしかったりしないのだろうか?
そして、これもいつも思うことだが、あの腰の小さな羽根でちゃんとミルクと俺の体重分が浮くだけの浮力が出ているのだろうか。まあ、これは天界なんだから何らかの超常的な力が働いていて、死神が「飛ぶぞ」と思うと飛べるのだろう。
「ああ、待ってください」
サナタンが俺とミルクを追いかけてくる。こっちはちゃんと背中からコウモリの羽根が生えている。俺が抱いている悪魔のイメージ通りだ。
って、そんなことはどうでもよくて。
「な、なあミルク。あの子、放っておいていいのか?」
「なんですか? 真彦さんはわたしよりあの子に案内してもらいたいんですか?」
「いや、まったくもってそんなことはない。ミルクがいい」
「じゃあ何も問題ありませんよね。なんで悪魔なんかが来たのかは気になりますけど、とりあえず、真彦さん用の水晶髑髏がもう申請通ってるので、まずは死神庁に行きましょう。
わたしの職場ですよ。
わたし、真彦さんに死神庁を案内するのも楽しみにしてたんですよね~」
おお、自分の職場を紹介してくれるのを楽しみにしていたとは。
ミルクはどこまで俺を幸せな気持ちにしてくれれば気が済むのだろう。
だんだん遠ざかっていくサナタンのことはもうとっくにどうでもよくなっていた。
そうして俺はミルクに案内されるまま、空を飛び、日本で言う埼玉くらいの都会度というか田舎度だろうかという牧歌的な町に着いた。
「さあ、真彦さん、ここが死神庁ですよ。天使庁に比べると随分田舎でしょう?」
まったくもって思ったまんまのことを言ってくるミルク。だが。
「俺はこれくらい自然がある方が好きかな。あんまりビルばかりだと気疲れする」
「ふふふ。でも中央エレベータは天使庁がある区域にありますから、一人で行くときはあのあたりから行かないとだめですよ?」
「え? そうなのか」
「さあ、早く真彦さんの水晶髑髏を取りに行きましょう。庁で本人の魂紋登録をしないとその人のものにならないので、わたしが持ってくるわけにもいかなかったのですよ」
すでに地面について歩いていた俺たち。
そうだ。
今のうちにこの話をしておかなくては。
「ミルク、この水晶髑髏、今までずっとありがとうな。さっきは助かったし、昨日も助かった。えっと、それだけじゃなくて、これがあったおかげで四年間、完全にはミルクを忘れずに済んでいたというか、なんというか」
俺は死ぬまで、いや死んでからも肌身離さずだった首の水晶髑髏を外し、ミルクに返す。
ミルクは、それを見つめて、不思議そうな、だがそれでいて何か深く感銘を受けたような、何とも言えない顔つきになった。
「真彦さん……、やっぱり大事にしてくださってたんですね。預けてよかった……。実はこの水晶髑髏、わたしの恩人というか恩死神というか、迎えに来てくださったメルテさんがくれたものだったんですよ」
「え、そんな大事なもの借りててよかったのか?」
「ええ、はい。会話機能は残してありましたけど、メルテさんが更新したときに記念に貰ったものですし、わたしはわたしで仕事用と個人用を持ってますから。純粋なアクセサリのつもりで持ってたんですけどね」
「なるほど、たしかにアクセサリとしても成り立つよな、このデザイン」
なんか、こういう死神っぽいアイテムが出てきてくれるおかげでミルクが死神なのだと忘れずに済む。
とにかく、俺は初めて入った死神庁とやらの一階で水晶髑髏の登録をし(といっても額に髑髏を当てるだけだったが)、ミルクの個人用水晶髑髏といつでも連絡がつくようにしたうえでほっと一息ついたのだった。
そこで、ミルクが思い出したように言う。
「さ、真彦さん、天界図書館へはわたしが飛んで連れて行くつもりだったんですけど、せっかく話に出たので、中央区から中央エレベータを使っていく方法を案内しておきますね」
そうでないとわたしがいつまでもアッシーちゃんですから、と古いんだか新しいんだかよく分からないことを言われた。
そういえば、ミルクは一体いつごろ死んで、どれくらい天界にいるのだろう?
銃乱射事件で死んだということは、おそらくアメリカあたりの人間だったのだろうが、そのへんはまだ全然聞いてないままだ。
「ああ、俺もミルクと色々おしゃべりしたいことがあるんだ。話しながら行こう」
「はい、では中央区まで列車ですね。あ、列車はタダだから安心していいですよ」
現世から来た人は、まず天界ではほとんどのものがタダで使えることに驚くらしいですね、とミルクはまたしても俺が思ったことそのまんまを言った。
ぺちゃぱいの件で少し感じたが、もしかして死神って死者の心が読めたりするのだろうか? それとも俺の表情が分かりやすすぎるだけか?
「あー、今日はオフだから、死神の鎌、職場に置きっぱなしなんですよね~。今からでも取ってきていいですか?」
うーむ。
やはりこいつ俺の心読んでる。
死神、恐るべし。
背筋が凍る思いをしながらも、まずは死神庁から天使庁行きの列車に乗り、その間一時間ほど、俺はミルクにこれまで聞きそびれていたことを聞いた。
まず、生まれはやはりアメリカだということ。
その割に流暢に日本語を話しているのは、別に日本語を話しているわけではなく、ミルクが英語で喋ると俺には日本語で意味が伝わるらしい。さっすが天界。便利なことだ。
そして、享年は十六歳なこと。
勇気を出して聞いてみたら、初恋の相手はお父さんだったそうで、生前に誰かと交際したことなどは一切ないらしい。
それに死後、誰かを好きになるという感情を持つこと自体がかなりイレギュラーなことらしく、死者同士は男女交際をしたりしないらしい。なんともったいない。
そのことをミルクが聞いた時はたいそうがっかりしたそうな。美少女になって死ねばモテるとでも思っていたのだろう。
ついでに、今はすでに死んだ祖父と二人暮らしだが、ミルクは死んでからの時間をほとんど死神になるための勉学に費やしたため、一緒にいたことはあまりないという。
ちなみに見習いの死神になるための期間は昼夜の概念がない天界で、ぶっ通しで勉強して二年かかったそうな。これは死神としてはかなり出来が悪い方らしく、ほとんどの死神は数か月で見習いになり、二年もかければ正死神となって死者の魂を抜き取りに行く業務に就くとのこと。
ミルクの場合は俺の魂を抜き損ねたために与えられた罰の四年間の間に正死神の資格を得、無事、俺の魂を抜きに来られた、と言っていた。
話は時間にして一時間ほどだったが、俺は、本当にミルクのことを何も知らないまま、こんなにも好きになったんだということを実感した。
そんなこんなで、やたらインパクトのある思い出のある天使庁にまず着いた。
主にオパーイとかオマーンとか。
「真彦さん、水晶髑髏って実は魂魄体相手にも投擲武器になるんですよ? 握って殴ったらさぞ痛いでしょうねえ、ふふふ」
ミルクがそんな怖いことを言ってきた上に、別に今回は用はないので素通りだ。
天使庁駅で乗り換え、中央エレベータ駅へ。
天使庁駅からでも、「これから月か太陽に行く」と言われたら納得できそうな高さの中央エレベータを見上げることができた。
ふむ、これは高い。
埼玉から東京までのイメージで約一時間だったが、ここから天界図書館とやらまでは何時間かかることやら。
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