152 戦後処理 その3


「なんとか使徒ユーリを戻せんか?」

 三国を撃退した戦後の二度目の十二天座会議だった。

 天秤宮リブラの言葉に金牛宮タウロスが頷く。

「内政ができる人材が足りないのだ。ニャンタジーランド教区をこれからどうすればいい? 降伏させたはいいが、どうするのだ?」

 どっしりとした雰囲気の巨漢ではあるが、仕事が多いのか言葉の端々に疲労が滲んでいる。

 それはまた他の十二天座も同じなようで、双児宮ジェミニを除く全員の顔に疲労が滲んでいる。

「巨蟹宮があちらで防衛拠点の建造を行っているが……資材要求が凄まじい」

 宝瓶宮アクエリウスが発言をする。

「資材に関しては、使徒ユーリが送ってくる元貿易拠点の殺人機械のドロップ品をそのまま送りつけてやればよかろう」

 天秤宮が宝瓶宮に返答した。続けて議題の書かれた紙を見ながら周囲に問う。

「だが食料はどうする? ニャンタジーランド教区の民を飢えさせるわけにはいかん。聖書にもある通り、新しく国民となった者を飢えさせては女神アマチカへの顔向けができぬ」

 それには金牛宮が答えた。

「今、ニャンタジーランドにいる処女宮ヴァルゴがその辺りを直接、十二剣獣に指導している……あいつにそんな技能があったとは知らなかったがな」

「感心するな、あいつはユーリに聞いているだけだ」

 宝瓶宮が処女宮に感心しかけた空気を戻した。

 ちなみに聖書の『飢えさせるな・・・・・・』、とは信仰ゲージの最低値維持を目的とした君主『天国千花』の方針であるが、この場の全員はそんなことは知らなかった。

「処女宮についてはおいておいて、とりあえず連合軍と王国軍から接収した兵糧をそのままニャンタジーランド教区に送って、国民に配給したが……このあとはどうする?」

 金牛宮の問いに、沈黙が広がりそうになるものの、えっと、と白羊宮アリエスが手を上げた。

「なんじゃ? 白羊宮」

「船の建造熟練を貯める過程で作った小舟をニャンタジーランド地域の国民に貸し出して、それで漁をします」

「魚は、たまにうちに入ってきてた干物じゃな……保存食として冬の食料になるか」

「それもありますが、マジカルステッキを内蔵させた冷蔵ワニ車がありますから、道を整備することで魚を腐らせることなく、そのままニャンタジーランド教区全域に魚を分配できるようにします。それと巨蟹宮様が降伏前にシステム化させたダンジョンがニャンタジーランド国内にありますから、それを使って近畿連合への輸出用スライムの生産とともにモンスタードロップから食料品などの回収が行えます。ニャンタジーランド全体のレベルアップと平行して」

 ニャンタジーランド国内のダンジョンでは魚介系モンスターが出現する。

 巨大蟹ヒュージクラブや殺人ハマグリなどのモンスターのドロップはそのまま強力な甲冑や盾になることでそれなりに有名だが、食料アイテムが取れることも多い。

 とはいえ、白羊宮がここまで言ったことは普段の彼女の口から出るような言葉ではない。

「白羊宮……その案は使徒ユーリに聞いたのか?」

「……すみません天秤宮、でも、私、その、不安で……」

「責めてはおらん。だが、やはり使徒ユーリを戻すべきじゃ……全体を見て、内政ができる人材がおらん。処女宮をニャンタジーランド教区に送ったままというのも問題じゃしな。儂としては処女宮を引き上げさせ、使徒ユーリをニャンタジーランド教区に送りたい。処女宮あれも十二天座、女神アマチカの言葉を我らに伝える存在じゃ。ニャンタジーランド教区はもう神国領とはいえ、処女宮にこのアマチカの地を長く離れさせてはならん」

 天秤宮の言葉に、少なくない人数の口からため息のようなものが漏れる。

 確かに、だいぶ処女宮の託宣を聞いていない。

 この場の全員の胸中には、少なからず将来への不安がある。

 合議制がゆえに、国家戦略を明確に描ける人材が少ないためだ。

 何人かの十二天座がユーリを頼りにしてしまうのはそこに原因があった。

 空気を切り替えるためか、咳払いをした金牛宮が全員を見渡した、処女宮と巨蟹宮はいないが、金牛宮を含めた十人が会議には参加している。

「それで、磨羯宮カプリコーン獅子宮レオは何かないのか? 人馬宮サジタリウス天蝎宮スコルピオと双児宮も」

 あえて金牛宮は双魚宮を無視した。国家間貿易に加え、魔法王国や帝国、王国からの使者が毎日訪れて、それに対応している双魚宮は、机に額を張り付けて死んだようにうつむいている。

 神国の外交方針は、不戦条約に関してはとにかく引き延ばせ、だった。

 話し合っているうちはとにかく神国にとっては不戦条約を結んでいるにも等しいからだ。

 これは予め決まっている国家戦略方針に従った結果だ。

 警戒させ、戦力を割かせ、全力を出させるな。その間に神国はニャンタジーランド教区の整備を行い、獣人を戦争に使えるようにする必要がある。

 ゆえに双魚宮は様々な権限を与えられているが、そのために多忙な毎日を誰よりも送っている。

「私は何もない」

「天蝎宮か……お主、三国の捕虜からの情報収集はどうなっておる?」

「教化の終わった人から情報を引き出して、照合中かな。あとで紙に書いて出す」

「ふむ。そういえば、何やら奇妙な報告が届いておるが、あれはなんじゃ? 『扇動』とか言ったか? 効果はあったのか?」

「さぁ? 私は頼まれただけだから」

 頼まれた・・・・、で天秤宮は頭を抱えたくなった。

「それも使徒ユーリか……それで、なにをしたんじゃ?」

「三国がお互い裏切ったっていう噂を流しただけ、そんなに手間は掛かってない」

 とにかく人口の多い三国内では噂を流すだけなら簡単だ。SNSにでたらめな情報を捏造写真付きで流したり、貧民に金を握らせたり、現地協力者にそのまま情報を流すだけでもいい。

 通常ならくだらないと一蹴されるような情報でも、現在の情勢なら誰もが信じる猜疑心の種となる。

「結果として、帝国と魔法王国が周辺国家への侵攻を中止、北方諸国連合へ侵攻中だった王国軍が軍の半分を帰国させたそうじゃがな」

 天蝎宮の報告に、磨羯宮が補足を入れれば、ほう、と情報の入ってなかった十二天座たちから感嘆の吐息が漏れた。

「これで連合は阻止できたというわけか……」

 天秤宮が安堵するように言えば「まだわからない。引き上げた侵攻軍をそのまま神国に向ける可能性があるから」と天蠍宮が言うも獅子宮が声を上げた。

「しねぇだろ……魔法王国の軍を動かすならどうやっても王国を通過する必要がある。暗黙の同盟関係があったならともかく、噂に踊らされた状態で王国が自国の領土を他国の軍に通過させるわけがねぇ」

 エチゼン魔法王国の支配領域である旧群馬から神国アマチカの支配領域である旧東京に軍を動かすなら旧埼玉を支配しているくじら王国をどうしても通らなければならない。だから連合ができないのである。

 獅子宮が冷静に指摘を入れれば、なるほど、という空気が広がっていく。

「で、単独で王国も帝国も攻めねぇよ。扇動で三国の同盟関係に亀裂が入ってるからな。次、負けたら他の二国が攻めてくるかも、と思わせた時点で成功してんだよ」

 獅子宮がこうして帰ってきているのはそれが理由だ。砦の普請のために労働力として軍は残したが、獅子宮自体が十二天座会議を欠席するほどの状況ではないのだ。

あのガキユーリが戻ってこねぇのは連合軍への警戒もあるだろうが……国内政治の方じゃねぇのか? 金牛宮、てめぇのとこの使徒はまだ騒いでんのか?」

「いや、最近は自信を失ってるな。使徒ユーリのあとの仕事をアイツに割り振ってやったら苦情が殺到したからな」

 お灸をすえてやったという気分でいる金牛宮に冷たい視線が刺さる。

「いや、いや、待て待て。俺も後から概要を把握したが、あれは誰がやっても一緒だっただろう?」

 金牛宮の言葉に、誰もが押し黙る。あの仕事は、とても自分がやるとは言い出せないものだ。

 自業自得とはいえ、泥をかぶった金牛宮にむしろ頭を下げたくなるほどである。

 ユーリのやっていた仕事。それは適切な人材を借りてきて、適切な仕事に割り振るといえば聞こえがいいが、その実やっていたことは割り振った本人が適宜現場に赴き、現場で細かく調整をして無理を通していただけのことだ。

 この場合、内政系の技能ではなく生産系の、それもあらゆることが可能な錬金術が最適だった。

 割り振られた金牛宮の使徒タイフーンは、内政要員で言えば神国でも優秀な方だったが、それでも失敗していた。

 金牛宮がそのようなことを言いながら説明をさらに加える。

「第一、あの仕事をしてて贔屓・・をしないってのは他の使徒には無理だろう?」

 加えて言えばユーリはこの手の作業で手数料マージンを全く取らなかったし、本人がどこの派閥にも属していないためにどこの派閥にも贔屓をしなかった。あいつはよくやってるから良い仕事をやろう、あいつが気に食わないからきつい仕事をやろう、などとは考えなかったのだ。

 使徒タイフーンはその点では金牛宮派閥の主流派だったために、だいぶ自分の派閥にかたよった割り振りを行ってしまっていた。

 現状、ユーリなしにこの作業はできない状態になっている。

 人員を増員してユーリ抜きでも機能する部署にする計画も出ていたが、二ヶ国の防衛戦もあって棚上げになっていた。

「つかよ、帝国が問題ねぇんなら、ユーリってガキを戻した方がいいんじゃねぇのか? オイラァ、そう思うがね」

 人馬宮の発言に視線が集中した。

「なんだお前もユーリと親しかったのか?」

 宝瓶宮の言葉に人馬宮は「違ぇよ」と返答する。

「オイラが言ってんのは、必要なら戻せってことさ。内政をできる奴が使徒ユーリしかいねぇんなら、任せるしかねぇだろ」

「ではもし帝国が攻めてきたなら、防衛はどうするのです?」

 人馬宮の言葉に双児宮が鋭く意見をぶつければ、磨羯宮がゆるりと手を上げる。

「ニャンタジーランド教区の拙僧の兵を引き上げて、使徒とともに元貿易拠点に向かわせよう。我が磨羯宮流になるが、廃ビル地帯でなら魔法部隊三千でも一万程度なら相手にできるはずだ」

 マジックターミナルもあるしの、と言えば納得の気配が広がっていく。

「なんだ、お前のとこの兵は休ませないでいいのか?」

 たった一戦とはいえ、王国との戦いは激戦だった。兵の精神的疲労を考えれば休養は必要だ。

 獅子宮がそのことを問えば「問題ない。あの地点にはユーリが先だっての罠の作成の際に、兵の休養所を作っておる」と返答する。

 わざわざ調べていた、ということは磨羯宮は何もなくともユーリと自分の兵を入れ替えるつもりだったのだ。

 磨羯宮は以前に見た暗い目をしていて、獅子宮は嫌な気分にさせらえる。

 天秤宮が全体の気配を察し、まとめに入った。

「では、そのようにしよう。使徒ユーリを帰還させることに反対する者はおるか?」

 手は上がらない。満足そうに天秤宮が頷くと「では、次は遅れている論功行賞についてだが――」と議題を進めていく。


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