140 二ヶ国防衛戦 その11


 くじら王国の精兵一万が神国アマチカの兵一万二千と『這いずり平野』で対峙していた同じ時刻、神国領内でも戦いが起ころうとしていた。

 七龍帝国と神国アマチカ、その国境から神国側にいくらか進んだ先にある廃ビル地帯でだ。

 神国が長い時をかけ、殺人機械が近寄りにくくなる『聖道』を敷いた廃ビル地帯。

 とはいえ聖道があろうともそれは完全な安全地帯ではない。

 敵対状態になった殺人機械に追い掛けられれば当然ながら聖道のモンスター避け効果には何の意味もないのだ。


 ――神国アマチカは、人間の支配領域が極端に少ない小国家である。


 そんな廃ビル地帯が遠巻きに見える聖道傍に、七龍帝国とエチゼン魔法王国の連合軍三万が布陣していた。

「あそこはもともと貿易都市だったと聞いたが……」

「いや、都市ってほど開拓された場所じゃない。せいぜいが廃ビルを、砦と倉庫と宿屋代わりに使った貿易用の物資集積拠点だな。だから名前もない。いや、帝国側の貿易拠点、なんて名前だったかな」

 豪華な装飾の大鎧を巨体に纏った大男が二人、話していた。

 神国の兵が工事をしていたと報告があったその廃ビル地帯を遠巻きに見ながらだ。

 この二人こそは、七龍王国が『十二龍師』である『白龍鎚はくりゅうつい』と『炎龍槍えんりゅうそう』だ。

 それぞれ、白龍鎚が精鋭山岳歩兵部隊七千を、炎龍槍が精鋭長槍歩兵部隊七千を連れてきている。

 帝国軍一万五千のうち一万四千を彼ら二人が率いるのである。

 また、残り千は錬金術の使える工作兵や偵察兵などで構成されていた。

 そして神国対策も完了している。

 各々の部隊のスマホには殺人機械用に雷魔法、また神国で最近多様されるようになったと聞くスライムに対応するための属性魔法などもセットされていた。

「なるほどな……さて、あの廃ビル地帯にどれだけ兵が詰まっていることか」

「ここで獅子宮か磨羯宮を仕留められれば、あとが楽になるんだが……」

 くじら王国のニャンタジーランド侵攻を考えればここで悠長に立ち止まる時間はないが、あの廃ビル地帯は神国が防衛拠点として、八歳の子供を責任者にして拠点整備が行われているはずだった。

 帝国内にも廃ビル地帯はわずかながらあり、そこで帝国兵は今回の対神国戦の訓練を積んでいる。


 ――だから彼らは廃ビルの厄介さを知っている。


 あのビルの一つ一つに神国の兵が隠れていて、上から魔法を打たれるとなれば苦戦は免れないだろう。

 とはいえ彼らは兵数三万の連合軍だ。恐れる理由はないし、苦戦はするが、敗北はしないと確信している。

「おーい! お二人さん! 偵察結果はどうだったい?」

「…………」

 仁王立ちしている二人の帝国大将軍に向かって、エチゼン魔法王国の陣側から二人の人間が護衛を連れてやってきた。

「魔法王国の、炎魔えんま人魔じんまか……」

 それは炎のような赤い長髪の上に魔女が被るような黒い三角帽子をかぶった少女と、全身を包帯で巻いた無口な大男のペアだ。

 七龍帝国が合同軍を組んだ、エチゼン魔法王国の軍を率いる『十二魔元帥』である『炎魔』と『人魔』の二人である。

 それぞれ、炎魔が精鋭炎魔法兵部隊三千名を、人魔が頑丈奴隷部隊一万二千を連れてきていた。


 ――奴隷部隊・・・・


 魔法使い優遇制度を採用しているエチゼン魔法王国では魔法スキルのない人間の奴隷制が採用されている。

 エチゼン魔法王国が採用している政治ツリー初期技術『魔法絶対主義』は国民へのスキル付与の際に、魔法スキル抽選率が上昇する効果や国民に対する魔法研究、魔法学習の意欲上昇などの効果がある『技術』だ。

 ただしデメリットとして、戦士スキルなどの肉体系スキルの抽選率が下がったり、生産スキルを始めとした様々なスキルを持つ人間を奴隷として扱わなければならなくなる強制力がある。

 もっともそれだけではなく、内政系スキルでも魔法系の特殊内政スキル持ちが出るなどのメリットもあったりと、なかなか扱いの難しい魔法王国の独自技術であった。

 そんなエチゼン魔法王国が今回連れてきた『頑丈奴隷』部隊は魔法王国の最下層民である奴隷たちの中でも、特別にHPや防御力が高い人材で構成された部隊である。

 HPや耐久力補正のあがる『ジョブ』の耐久力特化系二次職『頑丈奴隷タフネススレイブ』。

 『HP再生』や『奴隷の刻印』などのパッシブスキルによって無限の耐久を持つ彼らは、魔物の中でも巨体を持つ鬼巨人オーガなどとも真正面から一体一で勝利することのできる、魔法王国が誇る最強の戦士集団である。

「調べたケド、あそこ……テキ、いなかったヨ」

 そんな奴隷部隊を率いる人魔の発言に三将の目が向いた。

「え? 人魔、勝手に調べちゃったの?」

「千ホド、奴隷いれたヨ。何もいなカッタヨ」

 驚いた顔をする炎魔に素直に答える人魔。

 人魔のそれは、包帯越しのボソボソとした聞こえにくい喋りだったが、全員が視線を合わさざるを得ない報告だった。

 帝国も少数の偵察部隊を廃ビル地帯に入れているが、そこまで大胆にはしていない。

 都市の外周から中に人がいないかスキルや双眼鏡などで確認した程度だ。

「いない? なるほど、逃げたか?」

「八歳児だものな……く、くくく」

 帝国大将軍である白龍鎚と炎龍槍の嘲りの声。

 同時に彼らは、首都アマチカこそが神国との決戦の舞台であると認識する。

「ふーん。じゃあ、ここで立ち止まってもしょうがないね。兵に移動するように指示出してくるよ」

 炎魔がそう言い、人魔を連れつつ陣に戻ろうとした瞬間、帝国兵の一人が走ってくるのが見えた。

「あれはうちの伝令だな……魔法王国の人魔の報告が正しいのなら何もないとの連絡だと思うが」

「失礼だね。うちの人魔は良い子です~!!」

 怒る炎魔を無視する炎龍槍。

 その間にも炎龍槍の側近の帝国兵がやってきた伝令に向かって走り、二言三言言葉を交わしていた。

 そして側近とともにやってくる伝令が差し出したのは、一枚の紙だ。

「都市の正面にあったゲート傍の無人の警備室で見つけました! またいくつかの場所から同じ内容の紙が見つかっているとの報告があります!!」

 白龍鎚が紙を受け取り、内容を読む。

「なんだこれは? スマホの番号に……ああ?」

 紙には、スマホの番号と『連合軍の皆様へ大事なお話があります。【処女宮ヴァルゴの使徒ユーリ】』と簡潔に書かれていた。

「ユーリってのは例の八歳児か。で、お前、これ掛けてみたのか?」

「はいッ! 繋がった先では神国の使徒が一番偉い人につなげてくれと仰っていました!」

 伝令の言葉に顔を見合わせる四人の幹部たち。降伏の申し出だろうか? それとも帰ってくれ・・・・・と泣きながら懇願するのか。

「とりあえず掛けてみたら? うちはもう兵を進める準備を使徒に頼んだけど」

「おでのトコロはもう進んでる」

 視界の端では、魔法王国軍奴隷部隊一万二千が都市に入り込んでいるところが見えた。

 奴隷は知能が低いというが、独断専行すぎる。炎龍槍が頭を抱えたくなる気分を抑えて炎魔に願う。

「炎魔、止めさせてくれ」

「あいあい。人魔、やめなよ・・・・。今日はお外だから集団行動だよ」

アイ・・

 何か権能を使ったのだろう。動き出していた一万二千の奴隷部隊が、がくん・・・、とつんのめるように立ち止まっていた。

 とはいえ、時間は無駄にはできない。白龍鎚と炎龍槍の二人も兵に移動準備をさせることにする。

「さて、じゃあ掛けてやるか。どんな命乞いか、少し楽しみだ」

 白龍鎚のそんな言葉とともに、兵に差し出させたスマホからその番号へ――


                ◇◆◇◆◇


 ――連合軍を始末する準備は終わっていた。


 地下に作られた処女宮ヴァルゴの使徒、ユーリの臨時学舎。

 部屋の隅にいる双児宮ジェミニの分身の姿に『要塞建築家』のベトンは巨体を緊張で震わせる。

「すみません。双児宮様は、その、私が彼女の目の届かないところにいるのがひどくお気に召さないようなので」

「……い、いえ……」

「大丈夫です。作戦中は黙っているようにお願いしていますので」

 ユーリのそんな説明にベトンは頷きながら、ユーリより賜った胃腸薬の錠剤を取り出してバリバリと噛み砕いた。

 胃が痛くて仕方がない。神国の命運がここで決まるのだ。

 こんなことなら出世なんてしなきゃよかった、という思いがここ最近、常にベトンの頭の中にはあった。

「薬ですから、あまり飲みすぎても健康に悪いですよ。それとさきほど帝国兵の方から連絡がありました」

「ユーリ様! あ、あの……どうしても、その、通話をするんですか?」

 ベトンが恐る恐るユーリに問いかけた。

 ベトンとしてはそんなことをせずともそのまま仕掛け・・・を使ってしまえばいいという思いがある。

 ユーリが作成した殺戮機構は完璧だ。神国は損害を受けることなく、連合軍三万はこの地上から消滅するだろう。

「き、奇襲にならないのでは? 連合軍が、警戒するのでは?」

「まぁ、その辺は心配する必要がないんですが、通話するのは彼らに悪いので・・・・……それに、これは私たちに必要なことですよ」

「わたし、たち……ですか?」

 はい、と電灯に照らされているものの、薄暗い地下の、教室を模した執務室でユーリが陰鬱な顔をしてベトンに言う。

「計画の全貌を知っていて、それを用意したのは私とベトンさんですから」

「は、はい? そうですが?」

「三万人……殺してしまうわけです」

「神国の敵ですよ? 女神アマチカに逆らう神敵ですよ?」

「はい。ですが、人間です・・・・

 悲しそうなユーリの顔に、ベトンは自分が間違っているような気分になる。

 だが相手は正真正銘の条約破りの侵略者で、女神アマチカを邪神扱いする神敵どもだ。

 なんで攻められる側の自分たちが悪いことになるのかわからない。

「私としてはお願いを聞いてくれることを祈るしか――ああ、掛かってきました」

 ユーリが自分のスマホを取り出し、通話を繋げる。

 地下でも通信は良好のようで「もしもし、処女宮の使徒ユーリです。連合軍の代表の方ですか?」と会話を交わし始める。


 ――ベトンの心臓がドクドクとなる。


 ユーリが用意した機構は完璧すぎる。だが敵が掛かってくれないと死んでくれないのだ。

 だからベトンはむしろ、ここで連合軍に撤退されたら困るという気持ちだった。

 なんらかの手段で敵が仕掛けを看破して、逃げてしまったら?

 それでは神敵を殺せない。それでは神国は常に帝国に怯えることになる。

 我が国の強さを知らしめて、奴らに後悔・・を与えなければならない。

 女神アマチカは敵対する国家を憎むことを禁じていない。むしろ敵は殺せと推奨するような――ユーリの声が聞こえる。

「あの、本当にその、帰っていただけないでしょうか? 我々もあなた方が率いてきた兵全てを殺戮することに対して何も感じないわけではありません」

 スピーカーにしたスマホからは笑い声が聞こえる。子供の戯言という言葉も聞こえる。

 ベトンは黙っていることしかできないが、ユーリの顔がつらそうに歪むのがわかった。

(お優しい人だ……)

「本当に、お願いします。我々にあなた方を殺させないでください。我々は、平和を望んでいます」

 スピーカーから爆笑が響いていた。兵の動く音。ユーリがああ、と顔を覆った。

 ベトンは自分がこんなに他人を憎めるのかと、不思議な気分になった。

 女神アマチカを邪神とする敵国に対して敵意は持っていたが、この感情は、むしろ殺意に近い。

 ユーリを嗤う敵国のクソどもめ、絶対に容赦するものか、生きて返すものか、という気持ちになる。


 ――いつしかスマホから、声は聞こえなくなっていた。


 通話が相手側から切られたらしい。

 ユーリが陰鬱な顔でベトンに言う。

「……ベトンさん、用意してください……」

「もう済んでいます。ユーリ様」

 用意していたものは地上に置いてある。そしてスマホで命令は済んでいた。

 今頃それは起動していることだろう。

「そうですか……ありがとうございます」

 ああ、とユーリが涙を流していた。本気で悲しんでいるようだった。あんなにもひどく侮辱されていたのに。

「ユーリ……」

 双児宮の心配そうな言葉に、ユーリは「私、ちゃんと止めましたので」とユーリは気怠そうに立ち上がると。

「ちゃんと止めたんですよ、お願いしたんです。私は」

 言い訳するように重い足取りで歩き出すのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る