134 二ヶ国防衛戦 その5


 騎兵将軍ツナカンは小姓として連れてきた見習い騎士が彼のバトルホースの馬鎧を替えるのを横目に敵陣を見た。

 丘陵地帯に陣取る神国アマチカの兵一万二千だ。

(矢や魔法はペガサス部隊が防ぐと言っているが……多少は食らうだろうな)

 ペガサス部隊は千しかいない。彼らは矢や魔法から騎兵を守る壁だが、三千いる騎兵部隊全てをカバーできるわけではない。

(騎馬用の大盾を構えさせ……途中で突撃槍に替える必要があるが、そのタイミングが重要だな)

 とはいえ、彼は自らが率いる兵を信頼していた。

 大盾を構え敵の矢や魔法を防ぎながら突撃する訓練は行っているし、モンスターの砦を攻めた際にそういった経験を実際に積んでいるからだ。

 自分がまだ、ただの騎士だった頃、尊敬する大将軍、武烈クロマグロの後を必死に追い掛けながら、十年以上戦ってきた記憶が蘇る。

「ふッ……俺もここまで来たか」

 ツナカンの脳裏に勝利の景色が浮かんだ。

 この一戦で尊敬する大将軍の名を天下に知らしめる。その配下たるツナカンの名もまた天下に轟くのだ。

 くじら王国の精鋭騎兵部隊を率いる者の一人として、あまねく全ての障害を鉄の槍にて突き貫く!!

「全兵のバトルホースの装備換装、完了しました!!」

 伝令が走ってくる。自身の愛馬に目を向ければ、自身の愛馬の馬鎧も『浮遊』つきのものへと変わっている。

 微かに地面から浮いた愛馬の様子を見るツナカン。無骨な将軍の手が馬の頬を撫でた。

 この名馬は、くじら王国の特別な厩舎にて毎日、十分な餌と経験値を与えられ、しっかりと育てられた軍馬だ。

 両親は双方、王国でも名を残した名馬。最高の血統を組み合わせて産ませた名馬だ。

 そして今、将軍ツナカンの巨体を乗せても小揺るぎもしない、鍛え抜かれた筋肉の上には、太陽の光を反射するぐらいに磨き抜かれた鋼鉄の馬鎧が乗せられていた。

「我が愛馬、プランクトン号よ。『浮遊』の付与はお前も気分が悪かろうが今日もよろしく頼むぞ」

 ぶひゅるるるるる、と熱い吐息がバトルホースより吐き出され、ははは、とツナカンは楽しげに笑った。

「お前も戦意に満ちているな。今日は我らが一番槍よ! 他の将軍どもには負けんわい!」

 プランクトン号はツナカンにとって、親よりも妻よりも大事な愛馬だ。息子や娘によりもよっぽど金をかけている。


 ――騎士が愛馬を操り、身魂合一とすれば如何な敵も一撃粉砕する。


 ゆえに愛馬を何よりも大事にせよ、王国騎兵の鉄の掟であった。

「よし、行くぞ! 副将どもを集めろ! 兵どもに訓示を行う!!」

 控えていた伝令の騎兵が駆け出していく。

(さて、なんと言ってやろうか……悪神を崇める狂信者どもに正義の鉄槌を、あたりか?)

 ツナカンは地面に跪いた見習い騎士の背に足を乗せ、愛馬にまたがった。

 木製の馬防柵などという哀れな代物で身を守ろうとしている時代遅れどもが相手だ。

 敵を騎兵が殺し尽くしたせいで、歩兵どもの手柄を奪わないように注意せんとな、などと考えながらもツナカンに手加減する気持ちは一切なかった。

 神国を撃破し、王国の民に武烈クロマグロが最高の大将軍であることを示さなければならない。

 それこそが家を富ませ、自分たちの栄達に繋がるのだから。


 ――勝利こそが、唯一の道である!!



                ◇◆◇◆◇


「おい、連中。バカ正直に突撃の準備始めやがったぞ」

『それだけ騎兵に自信があるんだろう』

 馬防柵の上から平地を眺める獅子宮レオの傍にはスマホを持った兵が、地面から通話状態のスマホを差し出していた。

 スピーカーから流れる巨蟹宮キャンサーの声に獅子宮は、馬鹿にしたように笑った。

「はッ、馬鹿が死にに来たぜぇ」

 よし、と頷くと、獅子宮は馬防柵から飛び降り、彼の目の前に整然と並ぶ三千の兵たちに向かって声を張り上げる。

「てめえらッ!! 空飛ぶ馬を撃ち落としたことはあるか!!」

 ないです!! と三千人の兵から返答が帰ってくる。地を揺らすような大声に満足そうに獅子宮は丘の下に向かって片手を向ける。

 そこには『魔法防御』の付与を施された、金属大盾を構える騎士を乗せる、白銀の馬鎧を纏ったペガサスたちが見える。

 さらにその下には騎兵部隊が駆けてきている。

 ペガサス部隊は騎兵部隊の盾となるように低空を広く浅く展開しているのだ。

 獅子宮たちの眼前には木で作られた馬防柵があるが、王国騎兵の駆るバトルホースに対しては薄紙ほどの効果しか持たないだろう。


 ――獅子宮の鋭い目が空を飛ぶペガサスを睨みつけた。


 部下による鑑定のレベル測定結果は45。

 だがペガサスの種族値は高く、平均レベルが40前後の神国兵にとっては文字通り強敵だ。

 だが殺人機械という絶望的な強敵を相手にし続けた神国兵に恐れはない――否、新兵として補充されたばかりの若い人間も兵の中には多く混じっている。

 ゆえに恐怖はある。だが獅子宮の権能の一つ『獅子の心ライオンハート』による士気上昇効果がそれを忘れさせた。

 獅子宮はペガサス部隊を指し示し、大きく声を張り上げた。

「我が愛すべき兵どもよ! 俺がニャンタジーランドくんだりまで来たお前らに最高のプレゼントをくれてやる! 空飛ぶ馬を撃ち落とす権利だ!! 喜べ!!」

『応!!!!!!!!』

 兵たちが配布した『マジックターミナル』を手に叫ぶ。

 マジックターミナル。一年前に神国の神童ユーリが利用法を発見した装備だ。

 あまりの便利さに増産に増産を繰り返した強力な装備だ。

 それは魔法技術ツリーの恩恵を受ける魔法スキル持ちの兵には劣るものの、寄生させているレアメタルのレベルが上がることで登録した魔法の威力が増強する強力なマジックアイテムである。

 その特徴は、弓ほどの習熟を必要とせず、軽く、複数持てる・・・・・ということ。

 何より所持者の知能ステータスの影響を受けないために、知能ステータスの低い獅子宮の部隊でも十分な威力の魔法攻撃が行えるのだ。

「喜べ!!」『応!!』「喜べ!!!」『応!!!!』「喜べ!!!!」『応!!!!!』

 ペガサス部隊を狙う獅子宮部隊の蛮声はもはや地を揺るがすほど。

『さすが獅子宮だね。じゃあ、こっちも始めるよ! 皆! 構えて!!』

 スマホ越しの巨蟹宮の声ももはやかき消されて獅子宮には届かない。

「やれッ!!! ペガサスを撃ち落せ!!!!」

 そして射程内に入った、低空を飛翔する白馬の群れに向かって、平野を赤く染めるほどの炎の球が、神国軍の陣地より放たれた。


                ◇◆◇◆◇


 ペガサス部隊の将軍エデスタスは目の前に壁のように出現した炎の球の群れに驚愕することしかできなかった。

「全軍! 大盾を放すなよッ!!」

 ペガサスは飛行能力を持った白馬型のモンスターだ。王国でも希少価値の高いそのモンスターは育成に大量の経験値と高ランクの飼葉を必要とするが、その代わりに基礎的なステータスが高い。

 きちんと育成を行えば同じレベルの人間と比べて二倍ほどステータスが高くなるほどだ(優秀な血統を王国が選んできたためでもあるが)。

 加えて王国のペガサスは魔法防御と物理防御の高い馬鎧を装備し、そのペガサスを駆るペガサスナイトたちはペガサスの能力を上昇させるパッシブスキルを複数所持している。

 軍議の場にて、騎兵の盾役になれと言われても、爆薬の投下を却下されてもエデスタスが飄々としていられたのはそれが理由だ。

 ペガサスナイトは滅多なことでは落ちない。どんなことがあっても自分の部隊に損害は受けない。

 事実、今までのモンスター討伐でもペガサスナイトが落とされたことなどほとんどなかった。

「あ、ありえ――なんだこの密度はッ!!」

 エデスタスが驚愕の声を上げた。

 低空を飛ぶペガサスナイトたちに、強力な火球魔法が連続で着弾していく。

 一発一発はそうたいしたことはない。魔法ダメージカット率80%を誇る対魔法装備で受けているからだ。

 だが量が多い、密度が濃い。HPが削られていく。何より、着弾の衝撃で揺れる。地上に落ちそうになる。

(こ、高度を上げなくては……!!)

 このまま低空飛行を続けていればいい的だ。騎兵部隊に被害は出るものの、と手振りで指示を出そうとしてエデスタスは爆炎で周囲が何も見えなくなっていることに気づく。

 エデスタスに周囲が見えていないということは、部下もまた見えていないに違いない。手信号では駄目だ。

「くそッ! ならばッ!! ――駄目か・・・ッ!!」

 持ってきている笛も駄目だ。爆音が激しく、吹いたところで耳には届くまい。指示を出せない・・・・・・・

 だがスマホがある。SNSアプリを起動し――この状況で操作なんぞできるかッ!!

 片手は大盾を構え、片手はペガサスの手綱を握っている。指示を出すためには少なくとも魔法攻撃の隙間に行うしかない。

「だが、なぜ、こんなッ! 密度・・がッ!!」

 エデスタスが想定していたのは、磨羯宮カプリコーン人馬宮サジタリウスの部隊からの攻撃だ。

 それだって警戒すべきは磨羯宮の魔法ぐらいで、全てが弓術スキル持ちでもない人馬宮の部隊は警戒するに値しないと思っていた。

 だからこんな、一秒も間を置かずに次弾が着弾し続けるような状況は想定していなかった。

 まさか獅子宮と巨蟹宮も参加しているのか? だがスマホ魔法でこんな強力な魔法を撃ち続ければ即座に電力が枯渇するに決まっていた。

 エデスタスは訝しがる。ありえない・・・・・。奴ら、スマホの電力が切れて、スマホによる部隊間連絡ができなくなることが怖くないのか。

(ならば奴らの電力枯渇を待ってから、部下に指示を出す!!)

 大丈夫だ。ペガサスの体力は高い。スマホ魔法もそこまでは続かない・・・・

 エデスタスが構える大盾に激しい衝撃がかかる。もはや進んでいるのかもわからない。愛馬が防ぎそこねた魔法の衝撃で激しく揺れた。汗と血を激しく流し、高級士官に配布されている『鑑定ゴーグル』によって表示された愛馬のHPが、半分以上減少していることにエデスタスは驚く。

 手綱を握る手で、愛馬の首を優しく撫でた。


 ――耐えてくれ、頼む。


 エデスタスが率いるペガサスナイトたちの不幸はマジックターミナルを知らなかったことであるが、加えて言えば、殺人ドローンを落とし続けてきた神国兵が空を飛ぶ敵を撃ち落とすことに慣れていたこともあるだろう。

 丘から狙っているとはいえ、空を飛ぶ敵に魔法を当てるというのは、ある種の技術を必要とする行為だ。

 他の国が同じことをやったとしても少なからず命中率は落ちただろう。

 歓声が上がった。神国側の陣地からだ。


 ――丘にたどり着くことなくペガサスが次々と落ちていく。


 それは火球の衝撃で騎士が振り落とされたからであったり、火球を受けすぎてペガサスの体力が尽きたからでもあった。

 また騎士のHPがなくなったからでもあり、火球を連続で受け続けたペガサスが高度を落として地面に叩きつけられたからでもあった。

 せめて四千、いや三千もいれば状況も違っていただろう。それだけいれば、一万二千名からの魔法攻撃を彼らはただの一千名で受けることはなかった。

 今頃彼らは神国の上空にやってきて強力な突撃スキルや投げ槍スキルで甚大な被害を与えていたかもしれなかった。

 そう、ペガサスナイトは種族人間がつける職の中でも上級職だ。

 能力が高く、魔法に対する対策もしている彼らを魔法で落とすのは容易ではない。

 ゆえにエデスタスの不幸は、たった千名のペガサスしか率いられなかった――それに尽きる。


 ――こうして王国の有翼白馬部隊は全滅した。



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