105 転生者会議 その8
「いい話っていうのはね。国を譲ってくれないかってことだよ。クロちゃんのニャンタジーランドと、十二剣獣をね」
神国アマチカの君主である
「
「駄目でしょ? え、駄目なの?」
「え、だ、だって駄目でしょ?」
何が
――正直なところ、クロは国家経営になど興味はない。
もともとはただの女子高生だ。十年掛けてなんとか最低限の政治感覚は身につけられたものの、運営している国家はどうにも不安定で、民衆の不満は高まるばかり。
他国の圧力や転生者会議のギスギスを考えれば、尽きない寿命や首都がある限り蘇生できる身体は逆にデメリットだ。
――いっそ死んでしまえば、と願ったこともある。
だが死ぬのはどうしても怖かった。
そもクロの望みはそう多くない。
毎日を楽しく生きられれば、いや、元の世界に戻って温かい家でのんびり暮らせればそれでいいのだ。
だが、こうも追い詰められれば、民を守る責任やクロが率いる十二人の幹部たちにも興味はなくなる。
「それで千花ちゃんは私の国を奪って、私を殺すの?」
「殺さないよ? というか別に私はクロちゃんに興味はないし。あ、友だちってところとは別の部分でね?」
にこにこと笑っている神国アマチカの
とても降伏勧告を行っているとは思えないほどに。
クロにとって千花は友だちだ。お互い仲が良いと思っている。だが、国と国の付き合いともなればまた別だ。
(そもそも、なんで千花ちゃんは生きているの?)
クロの目から見て、廃都東京は最悪の立地だ。ただでさえ大きい土地でもないのに、殺人機械が闊歩しているせいで利用可能な土地が少ない。
鉄やコンクリートは取れるが、技術ツリーを進めるための木材や石材などの資材などは外部頼りのところが多い。
今でこそ食料生産国の位置を確立したが、それは他に道がなかったからできたこと。
――そもそも転生者会議では全員が全員、神国は滅ぶと思っていた。
殺人機械が出現しているいくつかの土地の君主は、神国アマチカ以外すでに滅亡している。
だからだ。だからクロは千花を
大規模襲撃中に不穏な動きをしていた魔法王国の軍を東京に向けて素通りさせたのも、クロが彼らにかまっている余裕がなかったせいもあるが、滅ぶと思っていたから通したのだ。
だが今ではその神国がニャンタジーランド内で開発の手を差し向けてくるぐらいに強力に成長している。
たった二年で国力を回復し、他国に手を伸ばすまで発展している。
(私は、私はどうすればいいの?)
クロは理解している。神国が山賊を自国に取り込んでいることも。それで人口を増やしていることも。
偵察を送って、インターフェースのログを見れば一目瞭然なのだから、大規模襲撃以前の千花のように、見えている情報を無視するわけにもいかない。
クロがわかっていて抗議しないのは獣人の
獣人は単純な種族だ。食べさせておけばとりあえず満足する。武器を与えて、適当にモンスターと戦わせておけば喜んでくれる。
――それでも国内の不満は高まっている。
それはくじら王国から受ける圧力によるストレスだ。
クロは王国がニャンタジーランド国内に反クロ勢力を育てていることにも気づいている。
裏切ろうとしているのが具体的に
美食、女、武器、珍品や金銀。部下の欲を煽って、王国はクロを暗殺しようとしている。
基本的に、インターフェースを持つ君主は不老不死だがその不死を破壊する方法がいくつかある。
それを王国は教えているに違いなかった。
(もう、決めなきゃいけないのかな……)
ニャンタジーランドをくじら王国へ譲れ、とはここ数年、くじら王国から言われ続けていることだ。
クロの安全と定期収入を保証するとも。
(でも、信じられない)
――くじら王国は信用できない。
クロは有能ではないが、それでも国内にはクロを
だから国を譲ってから暗殺される危険性はある。というか、クロはくじら王国の君主である鯨波のことが大嫌いだ。
とはいえ、仲が良いからといって、千花も難しい。
「で、どうするの? 別にうちはクロちゃんが王国に滅ぼされてから軍を進めて占領してもいいわけだし。北方諸国連合と手を結んで、くじら王国を叩くっていうアレでね」
(千花ちゃんに誰が入れ知恵してるの?)
天国千花はもっと頭が悪かったはずだ。クロだって別に自分が賢いとは思っていないが、千花には未来を見据えて、戦略を建てられるほどの視野はなかったはずだと確信できている。
それは、今の発言が物語っている。
アレとか頭の悪い言い方をしているのだ。誰かに注がれた知恵をそのままに話しているからこんな頭の悪い説得をしていることも……。
だが、だが……こうして神国からも申し出を受けてしまった以上、クロはどれかを選ばなければならなかった。
(くじら王国か神国アマチカ……それとも――)
北方諸国連合と手を結び、共にくじら王国を叩くか。
それともくじら王国と不戦条約を結ぶだろうエチゼン魔法王国に降伏してくじら王国と間接的な不戦条約を結ぶか。
ただしその場合は神国が食料の供給を止めたり、国内に作り始めている道路を使って神国が軍を進めてくる恐れもある。
神国と魔法王国は地続きではない。魔法王国はニャンタジーランドを守れない。
なにより、魔法王国に降伏すれば、今度は魔法王国とくじら王国の両国から搾取されることになるだろう。
(だけど遠隔地支配になる。魔法王国は千葉の統治に私を使う必要があるから、殺すことができない)
不便を強いられることにはなるが、クロ自体は生き残れる。
「クロちゃんクロちゃんクロちゃんちゃん。ねー、聞いてる?」
「聞いてる、よ?」
猫耳をくにくにと触られながらクロは千花に言葉を返す。
神国に降伏するのもさらに難しい。
神国は弱い。弱いはずだ。自分の国よりは強いが、王国よりは弱いはず。
どの国よりもクロを殺す危険性の低い千花だが、だからといって不安がないわけではない。
――神国は王国に勝てるのか?
王国がニャンタジーランドに攻めてきたときに、神国はニャンタジーランドを守れるのか?
クロが心配していることはそれだ。
自身の生命の安全。それに尽きる。
仲良し二人で手を組んだあげくに王国に二人とも殺される未来より、クロは非情に徹してでも自分の身を守らなければならない。
「あ、いたいた。お二人ともどうしたんですか?」
声が聞こえる。ユーリくん、と千花が声を上げてそちらを見た。
護衛が連れて行ったのが見えたが、どうやらクロが長考している間に戻ってきていたらしい。
神国のユーリ。神国の使徒服を着た子供だ。人間不信が極まって立場の弱いクロぐらいしか親しい転生者がいない千花が連れてきた彼女の使徒だ。
まるで恋人を迎えるように、小さな子どもに向けて千花が媚びた視線を向けたのを見て、クロは
――
確信も裏付けもなにもない、女の勘だ。
(でも……)
自分の護衛であるベーアンとラビィの二人がどうしてか、子供に向けて好意的な視線を向けている。
「クロ様、ユーリの野郎、マジでイカれてんすよ!!」
「クロ様、このクソガキちょっと生意気なんで、クロ様からも――」
側近二人がもう打ち解けている。今日の会議につれてくる前は、あの生意気なガキにガツンと言ってやると息巻いていた側近二人が、今ではユーリに従うようにその後ろに自然と立っている。
(怖い。怖いな……)
ユーリという少年はこの陰鬱な会合の中ではまるで異質だ。
背筋がピンと立っている。他人ときちんと顔をあわせて話してくる。
確信を持っているのか、クロを見る瞳には鋭い色が込められていて。
ユーリに見られるとなんだか腹の底まで探られている気分にさせられる。
「処女宮様、きちんと謝れましたか?」
「う、うん。クロちゃんは許してくれたもんね?」
「あ、う、うん。千花ちゃんを許したよ」
ほら、とまるで子供のようにユーリに報告する千花は、クロの前でいじわるに振る舞う千花とは全くの別人だ。
千花のその振る舞いは、好きとか嫌いとかじゃなくて、ユーリが力を持っているからに見える。
千花の部下のように見えるユーリはその実千花を支配していた。
(ユーリくんってこの世界の子供、だよね?)
知能のステータス値が特別高いのだろうか。わからない。自分もこうやって話していれば、そうなってしまうのだろうか?
クロは意を決して声を掛けてみることにする。
「ねぇ、ユーリくん」
「はい。先日はありがとうございました、クロ様。港の使用における条約の――」
「あ、う、うん。それは即決しておいたから」
「そうですか! ありがとうございます。すぐにでも貿易が始められそうで私も十二天座の皆様に顔向けが――」
「じゃ、じゃなくてね!!」
はい、とユーリが返事をすれば「ユーリ、そういうところがだなぁ」とベーアンがユーリの頭をぐりぐりと撫でた。
処女宮が慌てて「ユーリくんをいじめないで」と胸の内に抱えようとすれば「いいんです、処女宮様。ベーアン様は親愛を持って」「待て待て待て。俺ァ別にそういうあれこれはよぉ」と照れくさそうに大柄な身体の部下が鼻をこすった。
クロは自分が置いていかれるような気分になる。転生前の学校のクラスでもそうだった、自分を置いて、皆が会話を……。
落ち込んで口を閉じればユーリが自分を見ていることに気づく。
「クロ様、どうしましたか?」
きょとんとしたような皆の顔。何かあるなら言えと催促されているように思えてクロは「なんでもないよ」と苦々しい気分で笑ってみせた。
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