103 転生者会議 その6
転生者会議二日目においても各国の足並みは揃わず、罵声と喧嘩腰の議論は続いた。
当然ながらそんな状態では神国アマチカも嵐に巻き込まれず、とはいかないようである。
「東京の神国アマチカは千葉のニャンタジーランド内において侵略行為にもとれる開発を行っていると聞いているがそれは本当か?」
クマオ様による詰問にはうんざりした色が混じっていた。
この議題の提案者がくじら王国の君主から出されたからだ。
「そーだよ。議長サマよー! 公平だっつーんならこれはどういうことだよ。ニャンタジーランド内での開発は他国への侵略行為になるんじゃねーのか?」
と、いうようなものだ。
クマオ様がそう神国に聞けば、くじら王国の君主様は「おら! 神国は答えやがれ! おら! おら!」と大円卓を叩いて挑発してくる。
「くじら王国の
クマオ様に質問に処女宮様はわたわたとした顔で、自分の席から離れた席にいるクロ様に視線を向ける。
「え、だ、駄目だったの? クロちゃんがいいって言うからやったんだけど……」
「え、う、うん!? い、いいよ! むしろ私からお願いしたいぐらいで……」
「だ、そうだぞ。くじら王国」
少女君主二人の言葉にくじら王国の青年君主鯨波様は顔を真っ赤にしてバンバンと大円卓を叩く。
「はあああああああああ? わかってねぇなぁクロォ。おめーは騙されてんだよ。処女宮はな、頭が悪ぃふりして殺人機械の大規模襲撃を二回も乗り切ってやがる。そんな奴が
「え、えぇ! ほ、本当なの千花ちゃん……」
「え、えぇぇ、う、うちだって苦しいのに、クロちゃんが大変だろうからって無理してるのにさぁ。なにそれ。シラけるよもー」
「え!? え!? ど、どっち!?」
処女宮様は慌てたようにあちこちに視線を向けるクロ様に向かってイラついた口調で言う。
「クロちゃーん。こういうの言われるのやだし、クロちゃんも信じてくれないし、私もう引き上げていい? 今日使者を送って
「え、えぇ!?
「え? なに? クロちゃんくじら王国から武器買ってるの? うちも苦しいけどクロちゃんになら武器売ってあげてもいいよ?」
処女宮様の背後で私は(お、アドリブだ)と思った。くじら王国の追求をかわすためなら、ニャンタジーランドとの取引を中止してもいいと先に言い含めたとはいえ(どうせ取引中止してもニャンタジーランドは泣きついてくるという確信があるからできることである)、この人もなかなか
意外だとも思ったが、この人はこの人で十年以上処女宮という立場にいるのだ。ある程度の前提さえ与えてあげれば、口はほどほどに回るようだ。
「おい、クロてめぇ。ここで頷いたらどうなるかわかってんのか? 不戦条約の更新してやらねぇぞ。てめぇが武器買わなけりゃ俺んとこがてめぇを生かしておく理由なんかねぇんだからよぉ」
「強気だな」
ああん? とくじら王国の君主である鯨波様は発言した人物を睨んだ。
発言したのは紅のマントを羽織った偉そうな成人女性だ。
「七龍帝国がなんだよ。これはくじら王国とニャンタジーランドと神国アマチカの話し合いだぜ」
「そうでもない。不戦条約の更新をしないというなら我が七龍帝国にも
その言葉に
ふと、あの大規模襲撃のことを思い出す。やってきた三ヶ国。彼らは距離も近い。となると、そういうことだろう。
「い、いや、くじら王国は七龍帝国とは条約を交わすぜ? なぁおい、強い国同士は仲良くしようぜ?」
「ふん。鯨波、あまり狂犬のような真似をするな。喧嘩を売るならうまく売れ」
――ああ、わかるよ。
私は笑ってみせた女帝の考えと同じことを思う。
こうも周囲に喧嘩を売っている奴を見ると同盟者であろうと攻め滅ぼしたくなるのだろう?
裏で組んでいるとはいえ、
「もういいか? で、どうする? ニャンタジーランド」
「え、へ? わ、私?」
「神国に注意してもいいのか?」
クマオ様の言葉にぶんぶんと首を横に振るクロ様。猫耳がふるふると揺れて可愛らしいと思う。
「ぜ、全然! 千花ちゃんには助かってます!! ものすごく!!」
「と、いうことだ。神国はどうだ?」
「迷惑だってんならすぐやめます。私も余裕ないし……っていうかもう
「ち、千花ちゃ――駄目ぇッ!! やだぁッ!! 見捨てないでぇッ!!」
ぐしぐしと泣き始めてしまったクロ様に向かって処女宮様は舌を出してみせ、私は処女宮様のその背中を椅子越しに蹴り飛ばした。
クロ様の態度にいらついたんだろうが、やりすぎだ。
(やりすぎですよ)
(ご、ごめん。つ、つい……)
神国はくじら王国の追求をかわしたかっただけで、別にクロ様を追い詰めたいわけではないのだ。
同時に神国が追い詰められていた理由もわかる。処女宮様は性根が曲がっている。処女宮様の
そんな我々の様子を見ながら、隣席の卑弥呼様が「援護はいらなかったようだが」と小声で私を見ると同時に処女宮様に「悪趣味だぞ」と突っ込み、処女宮様は「悪趣味?」と首を傾げてみせる。
無自覚で人をいじめるのか。この人は。
湿っぽく、そして陰鬱になった大円卓。
クマオ様が「さて、次は――」と言い出すまで、クロ様のぐしぐしという涙声が聞こえていた。
◇◆◇◆◇
「神国は交渉に強くなったのか?」
全体会議が終わったあとの近畿連合の会合にて、ブショー様の問いに私は「何がですか?」と首を傾げてみせた。
あれが強い? 強いのか? 攻撃をかわしただけだ。クロ様をやり込めたところで何の得もうちにはない。
「儂には処女宮が強く見えた」
「拙者にも見えたでござるな」
男性二人の言葉に私は「調子に乗ってただけです。ニャンタジーランドとの取引はこの貿易の前提ですので、くじら王国の追求は我が国にとってはピンチでしたよ」と私は彼らに神国で纏めた貿易案を書き記した紙を渡しながら言う。
「我々神国に戦争をする余裕はありませんので、くじら王国を挑発しすぎても問題でしたし。隣国ですからね。このままでは我が国とくじら王国の不戦条約もどうなるか……」
「私は帝国の余裕が気になったな」
ビスマルク様の指摘に私は「はい。気になりますね。おそらく王国と帝国は裏で手を結んでいるでしょう」と断言する。
「ふぅん、わかるの?」
私は卑弥呼様に頷いてみせる。
「ええ、王国が他国に挑発的に振る舞えるのは、帝国が攻めてこないとわかっているからでしょうし」
私と同じだ。ニャンタジーランドに全力を出せるのは、周辺国の動きを制す他の策を巡らせているからである。
「ではくじら王国は魔法王国とも手を組んでいるということだな」
ビスマルク様が眼鏡をくいっと上げて言って見せれば私ははい、と頷いた。
「山梨、埼玉、群馬の三国で同盟を組み、お互いで後背の安全を確保して他国へ侵略する。そういうことでしょう。あの国々は発展に成功しているようですから、強者同士で喰らいあうより、弱い国をまず襲った方が得というわけですね」
「強者に襲われている我々としては羨ましいことだ。さて、ユーリ。貿易はいつごろから開始できる?」
会話を交わしながらも貿易案を確認していたビスマルク様が問いかけてくる。
「そうですね。開始までは最低でも一ヶ月はいただきたいです。造船と訓練に最速でもそれだけはかかります。それと、どなたか海図はありますか? 千葉から三重の港への」
三重の服部忍軍の君主である服部様が手を上げる。
「あまり余裕はないでござるが、うちでなんとか航路を作成するでござるよ。ついでにそのままそちらに向かって貿易を開始したいでござる」
確かに、服部様から来ていただけるなら我々にとっても助かる。こちらから行く前提だったが、それならばすぐにでも貿易は開始できるだろう。
「やる気満々だな、服部」
卑弥呼様に服部様は「尻に火がついているでござるからな」と言葉を返す。
だったら、と私は彼らに向かって忠告をする必要があった。
「では、服部様。航海の際は神奈川と東京の海に注意してください」
「うん? 化け物でもでるでござるか? 海にもモンスターがいるとはうちの漁師からも聞いているでござるが」
「はい。おそらくですが、空母というものがあの辺りの海に浮いている危険性があります」
ぎょ、っとした顔をする彼らに私は続ける。
「東京のモンスターには自衛隊員ゾンビというものがいます。処女宮様が言うには、海にそれらの仲間が浮いている危険性があるとか」
「なる、ほど……それは危険でござるな」
「はい。大規模襲撃で亡霊戦車と呼ばれる、かつてのこの土地で活躍した巨大な戦闘用の車両も確認されました。それらの同族が海に浮いている危険性を考え、神奈川、東京の海は注意した方がいいと」
こくこくと頷いた服部様。私は四人が貿易案を読んだことを確認すると、使徒服に紙を仕舞って、それでは、と頭を下げた。
このあとは処女宮様が機嫌をとっているであろうクロ様に謝罪をし、そのあとにまた潜り込めそうな会合を探さなくてはならない。
結果を待つのが大事とは聞いたが、それはそれとして、私はこの貴重な機会を活用しなくてはならなかった。
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