098 転生者会議 その1
「じゃあ行こうか、ユーリくん」
ベッドに横になったままの
――『終焉地』に接続します。
――『処女宮@神国所属』が入室しました。
――『ユーリ@神国所属』が入室しました。
なんと言っていいのか、墜落した戦闘機や
錆びた銃や人の骨が転がっている有様は、この世界の最後に何があったのかを私に強烈に訴えかけてきた。
様々な国の言葉が書かれた文書やレーションパックの空き箱などが土に汚れている。触れてみようとすればスカスカと手が空を切った。
これは、幻影だろうか?
「リアルな映像だよねー。これってこの世界で作られた、ぶいあーるゲームって奴なのかな?」
「どうでしょう……私にはこれは……」
まるで、誰かが意図的に残したもののような……。
「まーまー、行こう。みんなもういるみたいだし」
私の手をとって歩き出す処女宮様の姿は、神国の枢機卿服だ。
国内での所持最大個数が決まっている代わりに、安価に作れて、なおかつ技術ツリーの文明レベルを無視して作れる強力な装備だ。
ここがお茶会と
今回は、私も似たような使徒服と呼ばれる使徒専用の豪華な装飾で彩られた服を着ている。
――この服がここで
前世のとある世界最大宗教の枢機卿が着ていたものに、少しの豪華さを加えたこの服からは神国の現在の文明レベルを読み取ることはできない。
お茶会のメンバーはそうやって私から文明レベルを隠していた。
ミカドの貴族のような和服は、いつの時代でも日本人の公家が着ていたものだったし、アザミのボロ服は文明レベルが逆に低すぎて本当の文明レベルが推測できない。
処女宮様からは、わざわざこんなことをさせるなんてと不評をもらったが、この人が気づいていないだけでこの集まりのメンバーも同じことをやっているはずだった。
私たちは揃って戦場に作られた道のような微かな跡を歩いていく。
大人数用のチャットルームの特徴なのか、お茶会とは別で、いくつも話す場所があるらしい。
「あんまり仲が良くない人もいるしね。だからそういう人たちを避けて話すんだよ」
にへへ、と笑う処女宮様は先程から不安げな表情を浮かべている。この人も帝国辺りから恫喝でも受けているのだろうか。
恐怖でか、私の手をにぎる処女宮様の手は汗で湿り、無意識が握る力も強くなっている。
――途中の物陰では他国の君主の姿がまばらに見えた。
そして道は終わった。
処女宮様につれて来られた先にはボロボロの軍の指揮所のようなテントがあり、そこには私たちを待っていたかのように一人の人間がいた。
成人男性の平均より一回り巨大な姿の男性。
頭の上には『クマオ@北海クマの国所属』と出ている。
「神国の処女宮、来たか……」
「てへへ、遅れちゃったかな?」
「いや、遅れてはいない。今回は……国内の人間を連れてきたのか」
「う、うん。ユーリくん。頭が良くて――」
「
処女宮様が私を自慢しようと、クマオ様に嬉しそうに話しかけるも、クマオ様は処女宮様に憐れみの視線を向けながら言い切った。
「俺に助けを求めても無駄だ。国が遠い。
「あ、う、うん。それはもういいんだけど……」
処女宮様がそう言えば、途端、顔を綻ばせてクマオ様は処女宮様に逆に問う。
「い、いいのか? 処女宮、お前、この前は本当に絶望って感じに俺に縋り付いてきただろ」
「な、何年も前のことをずっと引きずらないでよ! じ、自分のことだよ! わ、私だってなんとかしたもん!!」
「第一お前、今回はそんな大仰な服まで着て、今回は随分と気合入れてるじゃないか」
「あ、う、うん。ユーリくんに他の国の人と会うならちゃんとした服を着ろって」
「ほー、坊主。いいこと言ったな。この小娘は毎回、部屋着みたいな服で来やがってな。何言っても聞きやしないからこっちが困ってたんだ」
恐縮です、と私は頭を下げるだけにつとめる。
クマオ様は綺麗に刺繍がされた麻服に、獣の毛皮を羽織っていた。鑑定スキルがないからわからないが、おそらくはダンジョンボスか高レベルフィールドモンスターの毛皮で作ったものだろう。
示威行為の一貫だろうな。わかりやすい武力の提示は周囲への牽制になる。
はっはっは、と処女宮様に打って変わって気安く接するクマオ様は「さて」と手に持っていた、参加者名簿のような手帳を閉じた。
「そろそろだな。よし、転生者会議を始めるぞ」
おい、とテントの外にいた他の転生者らしき人物たちにクマオ様は声をかけると、インターフェースを操作し、声を張り上げる。
『時間だ! 全体会議を始める!!』
アナウンス機能があるのか。クマオ様の口から発せられる声とは別に、私の頭に響く声がある。
『転移するぞ! 備えろ!!』
そして私の意識は飛び――
◇◆◇◆◇
――崩れた円卓のような巨大なテーブルのある会場へと飛ばされる。
『だいぶ
大円卓についているメンバーからまばらに拍手が鳴らされた。
二十……いや、三十名前後か? まだ多くの国が残っていることに私は驚く。
不戦条約の効果が大きいのだろう。十年以上経ってもこんなに国が残っているなんて。
「ユーリくん」
「安心してください。
「う、うん」
私の目の前には処女宮様が座る椅子が見える。私の身長がもう少し大きければ彼女が被る大仰な枢機卿用の帽子も見えただろう。
『まずは何を話したい? いろいろと嘆願は届いているが……』
「茨城について頼む! いい加減くじら王国の不当な土地開発についてだな!!」
『北方諸国連合か、それは何年も話し合っただろう? 空白地については仲良く平等に開発しろと』
次々と君主が立ち上がる。七人だろうか? 女性や男性などが思い思いにクマオ様を罵るように言葉を重ねた。
「くじら王国が無視して開発してるんだ! 分割統治なんてできるわけがないだろう! 議長の貴方がそれでどうする! 我々の目的は自国の安全だ! 欲深い王国が強大になることは、度重なる大規模襲撃の被害にあっている我々の安全がだな!!」
「そうだ! 『恐山』という壁がある北海道の貴方には我らの恐怖などわかりようがない!!」
『北方諸国連合』は『連合』という同盟制度で、秋田、岩手、山形、宮城、福島、新潟、栃木の七県の君主が手を結んでできた連合国家だ。
(『連合』は強力な同盟制度だが……)
七ヶ国の君主が協力すれば、こういった場で確実な票数を確保し、また外敵に共同して防衛ができる。
一方で、いくつかの、しかし無視できない強力なデメリットが『連合』にはあった。
うちがニャンタジーランドと『連合』を組まないのはそのデメリットが致命的すぎたからだ。
ぎゃんぎゃんと七人から思い思いに弱腰を罵倒された議長のクマオ様はうんざりしたような口調でもうひとりの当事者に問うた。
『くじら王国はどうだ? 何かあるか?』
「弱い国が吠えるなよ! こっちはお前らがちょっかい出すせいで茨城にモンスターどもの砦ができて手を出せなくなってんだよ! 不戦条約が切れ次第、貧弱なてめぇらの国を一つずつ潰してやるから覚悟しろよ!!」
『挑発をするなくじら王国。冷静に会話を――』
「クマ牧場のクマがうるせぇんだよ! 俺は議長なんて認めてねぇんだぜぇえええええええ!!!!」
『議長! くじら王国は――』
『お前の横暴のせいで我々は!!』
『議長!』『議長!!!』『クマオ!!!!』
ヒートアップする会議。
北方諸国連合とくじら王国の争いから感情を差し引いて内容を抜き出せば、要は空白地となった茨城をお互いがまるごと欲しているというのが問題の根幹のようだった。
分割統治でもすればいいものの、くじら王国からすれば北方諸国連合という巨大な
結局、この数年の言い争いでも決着はつかず、さらに戦争に発展しないレベルの小競り合いもあり、お互いに対する嫌悪感は強くなり。
――その結果が、どっちかがまるごと茨城を手に入れる、という暴論だ。
くじら王国の君主は、若い人間の男性だった。
ユニーク装備らしき金糸で装飾された赤いマントに、王冠を被った男性が周囲を挑発しながら不戦条約の撤廃を訴えていた。
はやく戦争がしたくてしょうがないのだろう。
くじら王国の行動は一見無謀にも見えるが、勝てば茨城を始め、北方諸国連合の土地も手に入る。
それに、おそらく前回の大規模襲撃の様子からして、エチゼン魔法王国と共同での侵略をする密約ぐらいは交わしているだろうと思われる。
「ど、どうしようユーリくん……なんかみんな怒ってない?」
「怒ってませんよ。怒ってたら帰ってますから」
会議でくじら王国があんな挑発的に振る舞う魂胆はわかっている。
くじら王国は不戦条約の話が出る前にこの会議をめちゃくちゃにして潰したいのだ。
単純な若者だ。この世界が乱世になれば、あらゆる土地に自由に攻められると考えているのだろう。
――大義名分は重要だぞ。
我々がニャンタジーランドに侵攻しないのは、様々な都合もあるが、一番は攻める大義名分がないからでもある。
そんな風に会議を眺めていれば、クマオ様が怒ったような表情でガンガンと大円卓を叩いた。
『そこまでにしろ! この会議は皆のためのものだ。茨城についてはそのままにする! お前らが仲良くするまで誰にも手は出させないからな!! おら、次だ!!』
「無能」
ぼそり、と怒れるクマオ様の決定に誰かが呟いた。
処女宮様の隣にいる君主が声の主らしい。頭の上には『卑弥呼@埴輪文明』の文字が浮かんでいた。
彼女の背後には古代人が着ていたような麻の服を身に着けた屈強なイケメンの武人が二人揃っている。
「ねぇ処女宮、どう思う? くじら王国と接しているのでしょう? 貴女の神国も」
「え、えーっと、わかんないかな……」
「まだアッパラパーなの? 処女宮はいいわね。それで国が存続できてるって」
疲れたような美女の声に処女宮様がえへへと笑って誤魔化した。
そして我々がそんな話をしている間にも次の議題が上がっている。
お茶会メンバーであるアザミ、その鬼ヶ島問題のようだった。
「おいクマオ! いい加減、俺も不戦条約に加えてくれ。俺の国はなんだかわからねぇが周囲から攻められて技術ツリーが進められねぇんだ!!」
必死に見えるように訴えるアザミの言葉に、周囲の国家が即座に立ち上がって反論した。
「真っ先に一国を攻め滅ぼした奴が何を言ってやがる! お前のところの兵士がうちの領内で起こしてる問題について知らねぇとは言わせねぇぞ!!」
「だ、だから俺のせいじゃねぇんだって、攻められたから攻め返したら死んじまったんだよ!!」
「死んじまった、じゃねぇんだよ! てめぇのクソ適当な――」
眺めていれば坊や、と突然呼ばれた。この会議にいる子供は私だけだ。私のことだろうか?
きょろきょろと周囲を見れば、卑弥呼様が私を楽しげに見下ろしていた。
「楽しいでしょ? これがこの世界の現状よ。よぉく見ておきなさい。こいつら後で全部敵になるからね」
その言葉に、私は曖昧に笑うことしかできず。そんな私を見て卑弥呼は「つまらない子ね」とだけ呟いた。
――どうやら、不戦を結んだ十二年間で、全国でちりちりと火種が燻っているようだった。
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